ウェディングケーキ
 外には冷たい風が吹き抜けていたが、そこだけは春の暖かい空気が満ちているかの様だった。
この日の午後花嫁の母校のチャペルでは厳かに結婚式が 挙行されていた。
 ヴァージンロードを静かに進む花嫁の母親の顔には誇らしさが、 主役である花嫁に左腕を貸した花嫁の父の顔には何とも複雑な気持ちが読み取れた。

 式は神父によって厳粛に執り行われ二人は晴れやかにゴールイン、ホヤホヤの新夫婦はメンデルスゾーンの行進曲に送られて祭壇を後にした。

 

  さてその日の夕刻、近くのホテルの広間には20ほどの円卓が用意されて盛大な 披露の宴が催された。わが恩人の一人息子の晴れの式とて、わが夫婦もお招きを 頂いたのだが このような大ホテルの宴とは云いながら、随所に新夫婦の気配りが 行き届いた和やかな雰囲気に包まれていた。
  正面席の左には天井に届くかとも思えるほどの背の高いウェディングケーキが飾 られて、ちょっとびっくりもしたが、仲人は花婿の恩師で壷をわきまえた口調で 具体的に二人の来し方などを紹介して下さったし、上司の方や年長者などの主賓 スピーチは さすがに納得できる素晴らしい内容があった。

 そして二人を祝う乾杯のあとに続いたのがケーキカット、しかしそれは正面右手に 置かれた「先程、花嫁が作った」ばかりの背の低い本物のケーキへの入刀であった。
  これを見ていた来賓者たちの心は一様にホッとしたように感じられた。

  紅白のワインもワイン好みの花婿が別注で取り寄せたと司会者から紹介され、 正直言って長いスピーチが続いたけれど、しかしそのどれもが具体的かつ個性的な 内容で、失礼な言い方をお許し頂ければ、珍しく飽きさせないものが揃っていた。

  さて、宴もお開きに近づき花嫁の友人のソプラノ歌手がイタリア仕込みの美声を 聞かせてくれた後である、定番なので遠慮したいものだと思っていたのだが、司会者 が来賓を招いた。
  花婿の同窓卒業生で母校の応援歌とエールを贈ろうということなのだが・・・
そう云う訳でいざ前に出てみると総勢30人ほどが並んだろうか、筆者も久しぶりに 手拍子に合わせて歌声を張り上げた。
 これは後日談だが、例のソプラノ歌手からも 好評を頂いたとか 「中年からの応援歌も肩に力が入らず、よかった」そうだ。

 若者は結構スマートに、気配り、手作りして型に捕らわれていない様である。
そして、頂いた手作りウェディングケーキの後味はとてもよかった。

想い出落書き帖のTOPへ戻る