うどんすき

  今年も師走があっという間にやって来た、年々歳々時が経つのが速くなって今年の正月がつい一週間ほど前のことのよう・・・酷暑が続き早く涼しくなって欲しいと思っていたのが一昨日位の事としか思えない 程だ

 今回の小文の題名は商品の登録商標だけれどここはお許し頂く、小生がその店名を聞き知ったのは半世紀ほどまえの仕事場でのこと、業務に絡んで 「大阪で有名なうどん屋さん」の店名を調べる必要があり職場で得たヒントをもとに大阪に詳しい先輩たちに聞き合わせると、「・・・かな?」と出てきたのがこの店の名、早速に電話番号を調べ連絡を取るとまさに正解 、ご主人との間で無事用件を進めることが出来たのだった。

  数年の後に小生は大阪へ転勤となり北御堂裏の本店を初めて訪れることが出来た、木造二階建ての店先で白い割烹着姿の「ご寮はん」が出迎えてくれる…それが名物の老舗だった
それからは友人、知人達と度々訪れては二階に上がり、火にかけた大きな錫鍋の贅沢なうどんを美味しく頂いたものだった
日本経済の高度成長の波に乗りお店は順調に繁盛して近畿は云うに及ばず東京にも進出を果たした。
こんな昔話は些か霞の向こうを見ているようでもあり、サラリーマン転勤族として日本各地を回った小生の思い出の中でもほんの少し昔の出来事のような気もする

  閑話休題、ある日近所を我がカミさんと自転車を連ねて走っていると路端で熱心に写生をする男性が目についた、それは会社でごく近しかった仕事仲間の姿 だった、お互いにそろそろ第二の人生に差し掛かる頃のこと、既に個展を開いて展覧会経験もあった小生は思わず それならばグループ展でもどうかと展覧会開催を勧めたものだ
身の回りには入社前から絵を趣味としていた御仁や、年賀状に自作作品を印刷してくれる元上司・・・片隅には受賞の語句も見える、などなどの同好の士の面々に声を掛け、あるいはお誘いをして集まったのが同人9人、 搬入期日に会場へ作品を持ち寄りそして始めた展覧会「午前の会」、時は経ち、続けて今年も先日幕を閉じた

 初回の銀座四丁目会場は 絵では小生唯一の師匠が開いた師こだわりの画廊、貸出一コマ埋めのつもりだったが展覧会の結果は「大成功!」、嬉々とした打ち上げ会の席上メンバーの一人が画廊主に問うた「先生の目でこの会は何年続きますかね?」、師は即答して「5年でしょうか!?」と言う事だった 、わが集団をどのように見て下さったのか? 岡目八目の正論だったかもしれない
   グループ展の開催要領はルーチンに入ってしまえば繰り返し、毎年会期に合わせて一通りの準備をすればよかったが、肝心の展覧会場は変えざるを得ない事情が次々にやって来た、それは画廊側の事情によるものだけれど 会も銀座にこだわり四丁目から一丁目へ、次が六丁目へと・・・幸いにメンバーはお互いに譲り合いの精神の持ち主だったからか[?]、毎年の秋を目指して歳々の作品を持ち寄っては楽しんで過ごしてきた
 

 今年は再び場所を替えて京橋に会場を移し恒例の秋を迎えた、いつもの様に搬入当日に作品を持ち寄り、 会期中は初回以来いつも縁の下を持ち揚げ続けてくれた奥様方の助太刀も特に大きく会期は成功裡に進んで、準備した15回記念の絵はがきセットもご来展の皆様の手に次々と手渡され多めの準備数も底が見えてきた
思えば15年よく続いたものだとの思いが頭をよぎる、新会場の予約も既に2年先まで手配済みである・・・今会期で新会場経験も全員が得るだろう、今後に役立つはずだ・・・

   会期終了近くに催す恒例の合評会ではメンバーが忌憚なくそれぞれの作品について互いに感想を披露する、旧仕事仲間だからあるいは辛口の物言いがあっても…それを受け流す術も備わっているから和やかさを失う事は無い
今年の合評会々場は会場近くにあった「うどんすき」店に設営した、会期中唯一のそれも飛び切りの大雨の中を店に向った
例年に較べて少しエクスペンシブな設営ながら15周年記念である
この店舗は東京進出の第一号なのだが、その計画段階の頃に知り…その後を傍から見ていた時間がもう半世紀近くになるという、気が付けばこの展覧会も15年を過ごしてきた

  鍋を楽しみ、折から解禁のボージョレーやお好みの燗酒などが次々に空けられていった・・・丁度良い節目に若手に推進幹事役を渡せる、 この夜皆さんにそうお願いをしたものだ
満腹を抱え、盛り上がった会をお開きにして店を出ると既に雨も上がっていた
  翌日午後からの搬出は晴天に恵まれる下、無事に第15回の作品と皆を会場から送り出して速い時の流れの1ページを閉じたのだった

(2012)
想い出落書き帖のTOPへ戻る