竹の子、すいとん、乾パン

  「地震、カミナリ、火事、おやじ」昔の人はできれば避けたいものと順位をつけた。
もっとも最後のおやじの権威はこのところ信じがたいほどの凋落振りではあるが・・・ 

  子供の頃には「地震が来たときにもあわてないように」と寝る前には枕元にきちんと 着物をたたんで置くように、地震が来たら上から落ちてくるかもしれない瓦に気を 付けなくてはいけないよとか、地震の時の地割れを避けて竹薮へ逃げるのが良い とつねづね母親から言い聞かされていたものだ。
格言の中のオヤジに比べ母親の教訓は今に残っているのだから、・・・母は強い。

 竹薮と云えばその頃 近所には春になると朝堀の見事な竹の子を農家のお嫁さんが リヤカーで届けに来る程の大きな竹林もあり、当時 目黒の竹の子といえば東京では 珍重される立派なものだったと聞く。
  それが今では竹林が、それも保存林に近い形で区内の二ヶ所のみになってしまった そうである。
筆者の住まいは今でも子供の頃と同じ目黒区にあるが、その昔の郊外も 今やすっかり都市化してしまった。
 

 先日、近くの小学校の校庭で町内会主催の大地震想定の避難訓練を開くと参加を 呼びかける知らせが回ってきた。年に一回はあったようにも思うが今までは不精を 決め込んでいたのだが、今回は家内と二人参加することにして出掛けた。
  何時来るとも知れぬものと今までは自分自身を含めて参加してこなかったので 大きなことは言えないが、今回も訓練などに時間を割く余裕がないためか、あるいは 全く無関心なのか、参加していた僅かの参加者の大部分は老人たちであった。
トラックの上に設備した「起震車」での体験地震やら、テントの中を通り抜ける間の 耐煙訓練などが準備されていた。

 参加者には最後に「すいとんの炊き出し」が振舞われたが、これが主食であった 頃の味わいはなく すっかり上等の味がしていた。 帰り際には渡された種々の パンフレットと一緒に貰った「乾パン」の包みがあった。後刻この乾パンを開いて みたが記憶にあった昔のそれに比べれば一ヶがずいぶんと大きくなり、そして甘味なども加わって新しいものになっていた。

 「天災は忘れた頃にやって来る。」 安全は貴重な財産の一つだと思う。

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