白ワイン

 旅行は楽しい、旅には計画、実行そして思い出と三段階の楽しみがあるという。
子供の頃から旅行を楽しんでいた。
 
交通公社の分厚い大きな時刻表と旅行ガイドブックには随分お世話なった、ページをめくり目的を見 付け出して日程を組み立ててゆく、その作業の間も既に旅行気分で時刻表を繰りガイドブックを読む間にも次々に新しい発見があり、当然ご当地に就いての知識が得られる、旅行では実現した計画を楽し んで思い出の源となってゆく。

 この作業はインターネットの登場で実に容易になり 国内、海外とも差がなくなった。ガイドブックを傍らにパソコンの前で計画を何回でも練り直しながら予約する。今では何でもネット予約が出来るが、幾つもの旅行関係のサイト を比較し気に入ったホテル、航空券、国際列車の座席、美術館入場券など必要なら何でも予約可能なので、最近多くなった取材目的の気ままな旅行には特に大助かりである。

 とはいえ長い日数の旅行では大きなスーツケースの移動もつらいし、言葉などの不安がありそうな目的地がない訳ではないので 時折はツアーに参加させてもらう ことになる。
ツアーで一番お世話になるのはツアー・コンダクター、これまで同じツアコンさんに重ねてお世話になった経験はないけれど、それでも十指に余る程のツアー旅行で はツアコンさんの奮闘振りに感謝の念を抱かずに終わった旅行は一つとしてない。
  平たく言えばこれまでの我が旅行は「ツアコンさんに大当たり」、「外れなし」だったと断言できる。

 小生はと云えば観光中でもスケッチブック片手に歩き、ちょっとした間を見つけては風景を描く、ガイドさんの話を聞きながらも向こうに見える景色を紙に描き留めている。
自由時間になれば真っ先に何処へともなくフラフラと景色を求めて団体を離れて行ってしまう こんなメンバーはツアコンさんのお荷物に違いない。

 最近のイヤホンガイドなる無線機は大変便利、イヤホンから説明が飛び込んでくるから耳を傾けなくても良い、電波が弱いので少し離れると聞こえ難くなるから 皆と離れたことに気が付くし、それがスケッチの間でもガイドの説明を聞けるのだ、その上イヤホンの音が大きくなる方向に向かって辿って行けば皆さんに 追い付くことが出来る方向探知機のような働きをしてくれるので便利だ。
 その様な勝手なメンバーがいればツアコンさんはやはり後方が気になるだろう、迷惑客なのかも知れない・・・

 ヨーロッパの空気は乾燥しているから小生は旅行中よく喉がやられる、その様なことがあったスペイン旅行でのこと、ツアコンさんはチョッとインド系のような容貌の美人だった、失礼ながら尋ねたものである「日本の方ですか?」
彼女からの答えは 「良く聞かれるんですが、ちゃんと日本人ですよ!」 だった。
国立の女子大出身だと 云っていたが、旅行コース中の彼女の献身ぶりは見事で、参加のメンバーは楽しく旅行を続けていた。小生はやはり喉をやられてしまい咳が日に日にひどくなってしまったが彼女は 「うがい薬を持って来ています」 と届けてくれた。

   旅行も最終番になって帰国便はフランクフルト、ここで成田行きの便に乗ればもうツアコンさんの我々に対する仕事の99%は終わったようなものだ、空港でのトランジットの時間に空港レストランで少しお礼の気持ちをと彼女を誘っ て見た。「少し飲みましょうか?」、「OK!] となり彼女の希望の白ワインをザワークラウトを肴に乾杯をしたものだ。

 白ワインは冷たく美味しかったが少し遠慮して小デキャンターを注文して置いた、ところが その入れ物はサッと蒸発した如くに空になってしまった。「追加しましょうか?」 の小生の問いに間髪を入れずに「大きいデキャンターにしましょう 」と応えたのは彼女! それからは更に追加が続いた・・・  
 ツアコンさんもあとは成田までの一っ飛び、もう安心とホッとした気持になったのだろうか?
トランジットの待ち時間もあっという間に過ぎたが、機中で小生はアテンダントからマスクを貰いそれを着けて良く眠ったので成田までの時間はとても短く感じ ることが出来た。
 空港のターンテーブルからスーツケースを降ろし、ツアコンさんには 「旅行中はお世話になりました有難う、さようなら。」とお別れをしたが、彼女も機中は ゆっくりと良く眠れたのだろうか?
 

(2009)

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