せいろ膳

 毎朝、雨が降っていなければウオーキングをする、もちろん健康維持のためだけれど、何よりも暖かい寝床から抜け出てして約 5キロの朝の運動に出ようと思い立つ、気力こそ健康のバロメーだと思っているが師走も近いこの頃の出発はまだ表は薄暗い。
 急にやって来た冬のようなこの日の朝はピリッとした空気の中を歩きだした。公園の何時ものコースではケヤキの葉も色づき、足元からはカサカサと落ち葉がスニーカーに蹴飛ばされる音がする、とても気持ちよい晴天の朝だった。
 コースを周り帰り着くと門前でラジオ体操をする、それを玄関の上がり框で飼いネコの「ルイ」が見つめるのは毎朝の恒例である。 カミさんが言うには小生が門前で押す帰着のドアホンの「ピン、ポン」が聞えると大きなノビをしてからルイは一直線に玄関まで出迎えに出るのだという。

 ルイに出迎えられて家に上がればインターネットを開き富士山の ライブ映像を見るのも何時ものこと、都の西の富士山がスッキリ見えるときはその日の東京は良い天気だろうという 思い込みもある・・・そして、その日はモニターには秀麗な富士山の姿があった、そこで 箱根辺りからの富士山と紅葉を眺めようと思い立った。

 ところで、「ルイ」は小生達の外出の気配を察すると特別の鳴き声や仕草をみせる、「さみしいよ!」とか、「行か ないで」・・・とでも言っているようだ。そして「行ってきます、留守番をよろしく!」を聞くや否や一段と高い声の特別の鳴き声をあげるのだ。「寂しいから出かけては、イヤッ!」とでも言っているかの様だ。そして我々は車で出発したのだが、その日はルイの念力が通じたのかも知れない・・・箱根に近づくにつれて上空にはかなり厚い雲が覆い富士山見物は早くも諦め状態なってしまった、しかし紅葉は箱根湯元から旧道を登るにつれて沿道を包み見事さをまして来るのだった。

修学旅行            今のパンフレットから

 元箱根では恩賜箱根公園を久しぶりに訪ねた、幾度となく訪れた箱根山だがこの小さな丘に登
るのは小学校の修学旅行以来かも知れない?・・・とあやふやな記憶を辿って見るだけだった。

 ここは素晴らしいロケーションである、群青色の芦ノ湖、箱根の山々そして雲の空、晴天ならその向うに富士山の雄姿が聳えているものをと、恨めしく 思いながらも案内所で貰ったパンフレットの写真をかざして想像上の富士山を眺めていた。
 来ようと思えば直ぐにでも来れる我々と違ってロンドンから来たという中年のご夫婦も展望台から眺めていたが、一番良い眺めをみやげに出来ない今日のお天気だから "I'm sorry."としか言いようが ない、"Holiday"で来たといっていたが"Retired"の小生の旧職について話が良く合ったからCity辺りの仕事なのかも知れない、15歳のときから働いた・・・とか言っていた、折からの世界的金融危機で大変だと言った時の大きなゼスチャーが真に迫っていた、"Have a nice trip!"。

 昼は看板に引かれて街外れ、バス停前のレストランの「せいろ膳」にした。小さなセイロの中にはキャベツが敷かれ、載せて豚肉、鶏肉、たまねぎ、きのこ、かぼちゃ、にんじん、ジャガイモなどが彩りよく収って蒸されている、ごまだれかポン酢を好みに味をつける。蒸してあるから油分を落したさっぱり味、ふかした玉葱やカボチャの甘みも好ましい まことに単純だがヘルシーな食事だった。
 膳には他にピクルス、吸い物、サラダ、豆腐、デザートのティラミスがつき充分な昼食になった。
食後店外の看板を改めて見るとおなじみの太目のテレビタレントがお膳の側でにっこりと箸を持つ写真も飾ってあった。

 紅葉の季節だから週日でも箱根山の道路が混んでいる、しかしそれを避ける道を選べば1時間半もあれば帰宅できる。箱根山を降りれば青空が輝いていた。
 ルイは留守番にすっかり飽きてしまっていたらしい、留守番をさせられると心配になるのか何時も食欲が増すようで毎度決まって食事皿はピカピカ、彼女の食事はずっと変わることなく魚系のカン詰食料が続いている。
  或る秋の一日のお話でした

(2008)

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