さしみ定食

 ランチではサシミ定食は比較的高額で、ボリュームも 案外少ないような気がしていた。
と云ったところで値段で云えば僅かの差だが サラリーマンの昼食である。
行きつけの飲み屋でも昼食に提供もしていたが、だからマグロ沢山の「づけ丼」を注文 する ほうが多かった。
  江戸時代には現在の様な運搬手段や冷凍設備の無い中でマグロを寿司ネタとして出す のには醤油に漬け込んだマグロ、「づけ」で提供していたらしい。この店は寿司屋さん ではないので白飯に海苔を敷きそれらが見えないほどにずけをタップリ載せて、ゴマ 風味 の醤油 たれをかけるものだった。

 勤めもリタイアした近頃は毎日が日曜日、だから時折 近くの寿司屋さんのランチ を 食べに出掛ける事がある。うれしいことに品書きに懐かしの「づけ丼」があったので注文 すると、ここは寿司屋さんらしく寿司飯に海苔を散らした上にマグロの「づけ」がタップリ並 べてあった。ここにはサシミ定食もあるし同じ値段なのだがまだ注文したことが無い。

 何時も個展などを開いている銀座の画廊近くには、銀座らしく当然たくさんの飲食店が ありランチ時ともなると今日のメニューに迷うほどだけれど、これまでなぜか向かいの 飲み屋さんにはランチを食べに入ったことが無かった。
  この秋のグループ展の折りメンバーの一人が「向かいのさしみ定食はたいしたもんだゼ」と ご満悦で帰ってきた。聞けばテイクアウトも造ってくれるというのでその夜のメンバーの 会合用に刺身の盛り合わせをとってみることにした。
  毎年、当番で応援してくれる女性陣も交え展示の絵を批評しあう「合評会」を 一夜開くのである。

 という訳で取り寄せた刺身は居合わせた全員が驚くほどの刺身の種類と味で皆の味覚 を魅了したのである。
もちろんこうした会合につき物の予算に充分満足を与えたことは申すまでも無い。
  もっともこうした交渉に熟達したある女性の交渉力に拠ったのかも知れないが・・・ 当然用意した酒類は瞬く間に次々と空瓶と化し合評会は大いに盛り上がったのである。
 

 とはいえ数日後この店のランチを試すことにした、注文は「さしみ定食」・・・折とてランチ タイムの始まり、看板の逸品は時を待って用意されていたらしく直ぐに目の前に並んだ、 そしてビックリ・・・数種類の赤身、白身の分厚いサシミが小鉢にどっさり、それだけで腹が 膨れるのではといった量に見えた。
  さて、味は既に紹介済みではあるが、改めて気が付けばもう何年も画廊通いをしている のに灯台下暗しも甚だしい、毎朝店の前には沢山のスチロールの魚箱が積み上げられ いたのである。
 知る人ぞ知るこの店で少し、「さしみ定食」の観念が変わったのである。

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