ピーナツ

 落花生、南京豆・・・「エ〜、おせんに、キャラメル」などと声を掛けながら混雑する 劇場の通路を首から紐で吊った箱に入れたお菓子を売り歩く売り子が昔はいた。
テレビが登場するまでの映画館は娯楽の代表で、少しでも評判高い映画がかかると 劇場には観客の行列が幾重にもグルリと取り巻くようなことだってあった。
  「風と共に去りぬ」、「白雪姫」、「砂漠は生きている」・・・・などなど、それからシネラマや 70o映画などのワイド画面の見世物風なものや、シネマスコープと言った横長な画面も テレビがとても追いつけない仕組みを売り物にしていたが、なんと言ってもきれいなカラー 映画はとてもテレビが追いつけない頃だった。
  「総天然色映画」とポスターには描いてあったし、それは街の角々に作られた映画館の 広告板のポスターの上で大きく我々の眼をひきつけていた。

 都心のロードショー館はともかくとして街の映画館では出し物が毎週替っていたし、 二本立てや三本立てで入れ替えなしに映画を上映していた。
その頃でも映画のプログラム売りはそれを胸に抱えて静かに通路を歩くだけだったが、 短い時間で成果を上げたい菓子の売り子は大きな かけ声で売り歩いた。
  やがて上映開始を告げるブザーが鳴り、場内が次第に暗くなり始めると勇ましいテーマ音楽 を流しながらニュース映画が回り始め、正面の白いカーテンが静かに上がってスクリーン には週間の出来事を伝える画面が現れるのだった、アナウンサーの独特の口調も懐か しい映画館の上映開始であった。
  小生が年間250本以上映画を見ていた頃まで・・・それは名残のような形ではあったが 続いていたように思う。

 何故そうだったのかは判らないけれど、売り子が売るピーナツは三角形のセロファン袋に入っていた。とても小さなもので中身は数えてみればどれくらいの粒数だったのかと思えるほどで、今どきのスーパーに並ぶ物からはとても想像できない、それでも何故か香りもとても高くてピーナツと言うより「南京豆」のほうが似合っていたように思う 。

 芸能界で「ピーナツ」は沢山のヒット曲を飛ばしていたけれど、その後の政治汚職では 金額をピーナツで例えたと言うような忌々しい事件も記憶にある。
  大きな殻に入っていてパチンと殻を押すと真っ二つになってピンクのうす殻で出てくる、 今どきはいろいろな趣向でピーナツを口にすることが出来るが、何故か小さな三角袋から 口にしたような懐かしい香に当る事が少ないような気がする。

 たまにそんな貴重品にお目にかかると ほんとに懐かしく一粒一粒のうす皮を丁寧に 指でむいて口に運ぶのだ。
最近でもたまに訪ねる銀座のあるバーでは自慢の南京豆が手に入るとママが小皿に 出してくれる、本当に南京豆らしい香ばしさなのだが、空になった小皿を恨めしく眺め 追加を頼んでやっと三角形のセロファン袋に入っていたくらいの量になる貴重品である。

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