お酒
木戸を開けて入ってくる足音が勝手口にに近づき「チワー・・・!!」と御用聞きの大きな声が聞える。
魚屋さん、八百屋さん、酒屋さんがこの町にもあって、午前中にはそれぞれがその日の注文を
伺って回ったものだ。
魚屋さんは朝早く築地で仕入れた魚を手押しポンプで汲み上げた冷たい井戸水を使い 魚を
捌いて店先のケースに並べた。冬なら八百屋のおばさんは壷焼き芋の壷に火をくべるので白い煙
が道に
たなびいていた。
勝手口に御用聞きを迎えた母親は 「こうつと・・・今日はお醤油とお味噌、お願い」と空の一升瓶
を手渡す。午後には注文の品が配達される、勘定は月末の晦日払いだから品物はそのままポンと
台所口に置いて行くだけだ。肉の包みは竹の皮、魚は経木に、野菜は新聞紙に包まれていた。
魚や、肉は野良猫に盗られないように気をつけていないと 「あ~ァ」と言う結末が待っている。
猫好きだった母親はいつも猫を飼っていたが、上がりカマチに置かれた包みでも全く手をつけず、
枕にさせても盗らなかった賢い猫もいた。もちろん猫は魚や肉は大好物で自分の皿に盛られれば
むしゃぶりつく様に食べているのには感心していた。
酒屋さんの店先では棚に置かれた小さな杉樽に差込まれた木栓を注意深く 「キューゥ!!」と
鳴らしながら弛め、漏斗に載せた一合枡で計り、枡を傾けて一升瓶に醤油を流し込んでいた・・・
ハカリ売りは当たり前の光景だった。
後年になり酒飲みになった頃に知ったのは店先の上の棚に詰まれた幾つもの菰かぶりの酒樽の
ことだった。音を立て栓を緩めるのは醤油樽と同じだったが中味は酒、店では顧客の好みを知って
いて甘口樽、辛口樽から酒の量を按配して 「あの旦那は辛口好みだから、この位ずつ」・・・
と混ぜ合わせて客の好みに合った酒を調合したのだそうだ。
これが今で言うブレンドで、その上手下手で客の喜びも、店の儲けの大小にもつながったと聞いた。
この町に魚屋さんはとうの昔になくなり、八百屋さんも細々、そして最近向いにコンビニが出来て
酒屋さんもついに戸を閉めてしまった。随分昔に御用聞きの仕組みは無くなっていたけれど電話で
「お酒二本届けて・・・」と言えば夕方遅くでもバイクで届けてくれてはいたけれど、スーパーと便利
なコンビニに打ち負かされてしまったようだった。
隣町に残った八百屋さんは年寄り夫婦がやっていて、品物の並べ方は昔の通りゴチャゴチャでも
商品には自信があって「今日のミカンは旨いよ」とか、はっきりと「今日のは良くない」と「ジャム用に
今日のイチゴ、どう?」と大安売りの掛け声を通りがかりのうちのカミさんにかけるそうだ。
イチゴは見た目にそれほど悪くは無かったが、我が家ではお奨めの通りにイチゴジャムになった。
巷で酒は安くなり一時流行った海外旅行土産、免税店の酒よりはまだ安い。しかも今はどれもが
缶や瓶詰めだからどの店で買っても品物に変わりは無いはずだ。
我が家は今も酒は電話注文だが電話をかけると<オペレーター>のお嬢さんが出てくる、当方の
電話番号を伝えると住所や前回までの注文もコンピューターに記録されていて 「前と同じ」と云った
だけで二時間も待たず
に家まで配達される、代金は現金払いだが まったく便利になったものだ。
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我が家の大切な家族 ねこの「ルイ」はこんな時代の変化を知らぬげに毎食決まった缶詰の魚と固いドライフーズを食べ続けている。
鼻先に生肉や鯵の干物をぶら下げても 「なに、それ?」と言うような顔をして向こうに行ってしまう。
それでも頃合には近くにやってきて正座し、声も立てず私たちを見つめ続ける。 「おやつの時間よ、オカカ(ないし食パン)頂戴!!」 というわけだ。 |
だが・・・ルイはいったい何処に、どんな時計を持っているのだろうか? と不思議に思う。
50年も経てば町は大きく変わる、この辺りも郊外と思っていたが、今では都心になったらしい。
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