マルガリータ

 フィレンツェの日中はカラリと晴れ渡った青空から強烈な太陽が降り注いで暑く、旅の疲れもあって体を動かすのも億劫なくらいだった。
 今朝はホテルに頼んで予約をしておいたアカデミア美術館へ行き勇壮なダヴィデの像を目の当たりにして・・・これまでシニョーリア広場やミケランジェロの丘に立つレプリカは何度も見てはいたが、屋内の綺麗な本物で闘志を燃やすきりりとした首筋や、緊張した筋肉が右手の投石布と左手に持った石つぶてを今にも動かすのではないかとさえ思える白大理石の原像を真近に眺め尽してきたところだった。

 さほど大きな美術館ではないがミケランジェロのこの像を観に世界中からの観客が集る。われわれの入館時も、そして退館の時も長い行列の入場順を待っているのだった。インターネットは便利だ、お陰で今回の旅行も出来る予約はすべて準備してきたので最終日前日の今日まですべて順調で愉快な旅を続けて来れた。

 さて昼時に近づいたので広場に白い傘を広げたピッゼリアのカフェ・テーブルに陣取ってカミさんと二人それぞれにピザを注文した。
ピザの原型はトマトとチーズを載せたマルガリータ、それを一枚、そしてマッシュルームを加えたものを一枚・・・冷たい白ワインの注文を忘れるはずはない、水はSTILL・・・ガスなしのナチュラル水・・・冷たい液体が喉を潤して暑さに火照った体を慰めてくれた。
 

 周りのテーブルにも次第に客が入ってカフェは賑やかさが増してきた。われわれの注文の品がテーブルに並び、二人がそれぞれの大きなピザの真ん中をナイフで切って、ピザ半分ずつを互いの皿の上に移し換えた・・・ふと視線を感じる、隣の席は親子連れ3人がニコニコとこちらを見ている、ピザのアッチコッチへの移動が面白かったのかもしれない。胃袋の小さなわれわれは折々皿をシェアして出来るだけ種類多くのメニューを味わおうと努めてきた。

 母親は「息子は日本人が好きなので」と英語でにこやかに言い訳をした。
そして「日本へ来たことがあるの?」というこちらの問いに「・・・まだない」と、「では、なぜ日本が好きに」には「アニメのゲームに夢中で」と答えが返ってきた。12歳で中学初年度になると言う少年は終始ニコニコとわれわれと母親との会話に目を輝かしていた、日本語はもちろん英語も母親の通訳に頼っていた。

 アニメ・ゲームの贔屓を聞くとちゃんと「何の何某」と日本名を答えてくれたのだが、残念ながらこちらにその辺りの知識が欠けていた、それからいくつかのアニメの話題をかわしたけれど・・・こちらの知識欠如は申し訳なく、充分に応じることが出来なかった。
ニコニコと見守る父親はカタコト英語の会話に参加することはなかったけれど、突然三本指を見せて「サン」と言う、数字の3のことらしく同意すると「いち、に、さん・・・から十」までを指サインに合わせて正確に発音して聞かせた・・・「そのほかの日本語は?」の問いには笑って頭を振ったが・・・

 そんな和やかな昼食には彼らも各自一枚ずつのピザを、飲み物はコーラを注文していた。しかし食事を終えた彼らの3枚の皿にはトッピングだけ食べたピザのベースが相当残されて、綺麗になったわが皿とは違っていた。
往々にして料理の量の多さには辟易するヨーロッパ旅行の場面だが、量を調節して食事をする家族もあることを知った。一家は週末を利用してここからは少し距離のあるミラノの北郊からやって来たそうたが、これから「ドゥオモ〈花の大聖堂〉」に行くといってカフェを出ていった。

 目と目が合うとニコッと会釈、それからこのような会話が生まれることの多かった今回の旅行、日本アニメの親善使節振りを体感したこと、街にきわめて太めな体格の目立つ中で料理皿のシェアもそれほど不思議な光景ではなくなったのだと感じた。

(2010)

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