まんぷくうどん

 奈良の秋恒例、正倉院展は多くの入場者で行列はとても長いと聞いていた。だから日暮れ 前頃を狙ったのは成功だった。 とは言え入場券を買う列が無かっただけで、会場内には熱心 な観客が満ちており、 ケースに収めた秘宝拝見には前列の観客の肩越しに単眼望遠鏡で 眺めなければならなかった。

 ライトアップされた興福寺の五重塔は猿沢の池に映えて幻想的な雰囲気だった。
ルーツが奈良県とはいえ、振り返れば奈良市中には 生まれて初めて泊まる。池畔の日本旅館 では晩朝とも食事は仲居さんが部屋へ運んできた、近頃では珍しいサービスだと思う。
  珍しいといえばこの時期に奈良の旅館では「まちかど正倉院」と称し 宿のお宝をロビーなどに 陳列する企画が街ぐるみで開かれているのは趣向だった。

 明けると今秋一番の冷え込みと天気情報が伝えていたが、このうえも無い上天気で眩しい 青空が久しぶりの奈良見物を歓迎してくれていた。
レンタサイクルを借りたのは初めてのこと、上天気に誘われてのことだった。奈良の市街は東に少しの丘陵地はあるものヽほとんどが平坦地で地域も大きくは無い、小道を選んで走る。
今回は季節や 街角を訪問目的にしていたので借り自転車のママチャリで十分だった。
 奈良町や辺りの古寺の小路は自動車では無理である、徒歩では一通りの見物が精一杯だ。
それに比べ自転車なら見る方向や、光線具合など考えて何度でも行ったり来たりだってできる。
街角もよく整備されており、格子戸の向こうに見える旧家の復元公開施設や保存町並みを巡り ゆっくりと見て回ることができた、レンタサイクルの選択は成功だった。
 紅葉の季節にはまだ少し早いのは残念だったが、新薬師寺ではおおらかな薬師像や取 巻いて十二神将が居並ぶ仏像達との久しぶりの対面もしたし、その先の山手 にある白毫寺 (びゃくごうじ)からは奈良盆地を一望し、はるかな生駒、信貴の山並みの光景を楽しんだ。

 さて、奈良公園一帯へ戻ると昼過ぎの人出は平日ながらすさまじかった。
昼時には少し遅れてはいたが、店の中からは表のガラス戸越しに三月堂や、隣の二月堂が 見えるであろうと考えてこの店で休むことにし、入口のメニューケースから品を決めて入った。
 東大寺でも三月堂に向かう上り階段を描く絵は数多い。 この階段上 右手には茶店があって 外観は今までの通りの様に思えたが、内装は最近改装されて麺類を 供する店になっていた。
選んだ「まんぷくうどん」、・・・注文するなり店の女性「大丈夫ですか?」と問う、聞けば二た玉の うどん入りだという、重ねて 「でも、女性でもペロリと召し上がる方も居ます」とのこと、初志は 貫徹 することにして注文した。
 注文の品がやって来た、小型洗面器くらいの器に中身がたっぷりに見える、店の女性は 「器が大きいだけですよ」とやヽなぐさめ気味にテーブルに置いて去った。隣席からも感嘆の声 が上がる。トッピングは油揚げの細く切った物、揚げかす、かまぼこ、緑の野菜少々といったと ころだが 汁は関西らしくとても薄味、キツネと、タヌキとが同居しているといった品、さしたる苦労 もなしに食べた、だが確かに「まんぷく」だった。
  隣席の女性四人組の間でも「まんぷくうどん」の何たるかが話題だったが、彼女たちの注文は 「何とかうどんと焼きおにぎり2個」なので、量はそのほうが多かっただろうと思う。
 生まれて初めて口にした「まんぷくうどん」、面白いネーミングではあった。

   二月堂から大仏殿裏に下りる坂道は振り返ると奥に二月堂を配した絶好のスケッチポイント である。
 熟年男女生徒さん10人ほどが道に陣取って風景を絵にし、先生が丁寧なアドバイスを していた。今日はほかの各地でも幾組かのキャンバスを立てるグループに出会ったものだ。

 午後の陽射しが正倉院の森など色付きかけた木々を照している、今日は穏やかな一日だった。

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