まぐろ丼

 まだ暗く街頭の明かりが照らす朝五時前の道をトロリーを引いて最寄り駅へと急ぐ、トロリーがアルファルト道路で立てるゴーゴーという音が響きご近所様に気がかりである
新幹線の初発車両がホームで待っている、乗る前にホームのキオスクで買ったおにぎりとペットボトルの暖かいお茶が朝食である、右手窓外に富士山の雄姿が見える頃には車内販売のホット・コーヒーが飲めるだろう

 乗り継ぎの関西・紀勢線、名古屋駅のホームでは特急「南紀」には車内販売が無いので乗車前に用意しておくと良い・・・とアナウンスしている、確かに発車進行後の車内や乗降客の様子、そして停車駅の移り変わりを見ていると とても車内販売が経営できるような環境ではなさそうに見えた

 目的地、この辺りの中心地である新宮駅に到着したのは家を出発してからやがて7時間後の昼前だった、
思い切って改札口の可愛らしい女性駅員に尋ねてみた「お勧めの昼食場所はありますか?」・・・すぐにプリントした周辺マップを取り出し、男性駅員の同意を確認して 親切に駅隣のお店を紹介してくれた

 お店贔屓は駅周地元に問題ないのかな?・・などと思いながらも改札口を出て周辺を眺めると ひと気の少ない駅前広場の周りはとても静かな雰囲気だった
お勧め店は寿司和食の立派な店構えで、入ると大きなカウンターの向こうの調理場には大将、自然木一枚の無垢テーブルが立派で、店内は既に先客何組かで賑わっていた
お勧めランチのうちから選んだのは 「マグロ丼」・・・マグロ産地ならでは との思いで選択、早朝車内のおにぎり朝食以来の食事、暖かいすまし汁とともにおいしく頂いた
 

 食後店を出てから駅前広場の一角にあるレンタカー会社までは100mほど、 並ぶ商店は皆閉まっていて空家同然、売り家札を貼った店先もあり寂しい光景の昼日中だった
取材目的のひとつ本州最南端の潮岬へレンタカーで向かう沿道に大学の水産研究所があった、クロマグロの完全養殖に成功したという報道でマグロ資源枯渇下に期待の施設であることは知っていた

 さて、紀伊熊野周辺の三日間の取材を終わり新宮駅発17時28分の特急に合せて駅前営業所にレンタカーを返却し、それからの長時間の列車中では駅弁でも開いてビール缶を傾けるのが好都合と の予定で駅舎にやってきた
駅はJR西日本管轄で世界遺産を控えた関西圏の行楽地だ、その上JR中日本の特急が乗り入れているという拠点の認識だったが、駅内を見回しても駅弁売り場が見当たらない、キオスクのお嬢さんに訪ねるとこの駅には駅弁はないという、 代案をとコンビニの所在を聞けば歩いて20分は掛るだろうという、先日の昼食場所は駅の目の前だけれど列車待ち時間が中途半端だ・・・という訳で、仕方なくキオスク のケースに並んでいた「マグロ焼きサンド」とビール中缶、おつまみにミックスあられ、ついでにカップ日本酒を買い込んで帰途の特急乗客となった

   名古屋までの乗車時間は約3時間半、行きは午前中だったので窓外には景色があったけれど、帰路の窓外は時折流れ去る灯の他は漆黒の闇ばかり、名古屋駅で新幹線に乗り換え帰宅すれば  やがて日の替わるのも後僅かと言う深夜になっていた

 だが旅を終えたいま、取材旅に出るなら 早出、遅着をいとわず、日中を余さずに歩き回りたい、今回も思いも寄らぬ好天気に恵まれた 道中や、土地の方々とのふれ合いの素晴らしい思い出の方がより強い記憶で残り愉快である
                                      (2014)

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