ほうとう

 関東平野からは海沿いの道を行かなければ、どちらに向かっても 他国へは峠を越すことになる。
峠を越えた向こうには何か希望の持てそうな雰囲気がそこはかとなくあって期待に胸を膨らませる。

 例えば中央本線で西に向かうと小仏峠のトンネルを抜け、 更に笹子峠の長いトンネルを抜けると、パッと目の前に甲府盆地が開ける。
冬の間は枯れて茶色一色に寒々としている景色も、春を迎えると 先ず桃の花が咲き、辺りは桃源郷にふさわしい風景に転する。

  そして、あと少し日が経ち、そこかしこの山肌に藤の花が咲く頃になると、 そろそろブドウ棚に新芽が出揃って、盆地は緑のじゅうたんを 敷き詰めたようになって見えるはずである。
この季節は勝沼から塩山にかけて坂道を下る電車の中からも、白雪を載せた 南アルプスの雄大な姿が展望できる。その美しさをご想像頂きたい。

 

 さてこの辺りの名物を上げると「ほうとう」だろうか。
いわば味噌煮込みうどんだけれどもカボチャは必ず入っている。
何かに付けて、もてなしに出される「ほうとう」の手打ちうどんは大きな延し台の上で主婦がセッセと器用に延し棒を転がしながら作っているが、仕上りは随分太目のうどんである。

 実を云えばこれは相当昔の記憶なのだが、懐かしくもあり、最近出かけた折に 食堂に立ち寄り食べてみた、出された物はいささか記憶と違っていて 材料が上等になり過ぎていた様だった。

 桃色に包まれた果樹園から見る盆地を囲む山々は、昔と違って 随分と高い所までビニールハウスに占領されていたが、桃もブドウもハウスでの 促成栽培が盛んになっているのだろう。

 だが、頂きを連ねる稜線は昔と少しも変わらずに青空の中にあった。

 

(想い出落書き帖のTOPへ戻る)