干し芋
 
 久しぶりに干し芋を食べた。カミさんが きれいな袋入りをスーパーで買ってきた。
  早速 おやつにオーブン・トースターであぶり 香ばしい芋を口に入れて チョッピリ粘り つくような 歯ざわりと芋のうす甘い味を楽しんだ。

 つい先日のTVでも干し芋は茨城県が大産地だと伝えていた。 きれいな袋にも茨城産と 印刷があったから、テッキリそうだと思って良くラベルを読むと、茨城産の芋を静岡の会社 が加工製造したものだと判った。加工が何処でも良いのだが 今のご時世だから製造にも 衛生面での配慮はきっと充分だろうと思う。

 思えば 干し芋は少し火であぶると何とも云えない香ばしさが出てくるし、身も軟らかく なるので 好ましい。サツマイモ、お芋さんが馴染み深かった終戦後は我が家の庭ですら 芋畑になったり カボチャ畑となっていた。芋の蔓は畝を這い 芋は地面から掘り出すが、 カボチャは屋根に向かって 架けられた竿や縄を伝って蔓が這い上っていたから、夏なら 縁側に日影を作ってくれる 今時で 言うならさしずめクール・ビズだったろうか。

  父親には農業経験は無かったし、一生懸命だった割りにその成果は思った程では なかっ たので、我が家の庭先農業はそれほど長続きはしなかった。
 当時、米に代わる食料の王様はサツマイモで、食糧事情が一番悪かった頃は芋蔓まで 食料に なたという。芋の品種も食料不足を補うために大増産できる農林?号とか言う 種類が奨励されていた、しかしこれは思い出して見ても最悪だった。白身の芋は異常に 水っぽくて 軟らかく、味などは無いひどいものだった。それに較べ金時は身は黄色が鮮や かでポクポクと して甘く 煮ても、焼い ても、蒸かしても最高だった。

 それにしても米の代わりに配給される農林?号だ、よりおいしく食べ ようと願って 家でも 干し芋に 加工したりもしたが、どうしても期待した成果は得る事は出来なかった。
お店で買う干し芋も 白いものや黄色いものなどいろいろあったけれど、味較べをするなら やっぱり芋の素性は争うことは出来なかったようだ。
  干し芋は蒸かし芋を薄く切って、筵の上に並べて天日干しをするので、当時は芋に藁が 食い込んだように付着していた ものも多かった。

 白い粉が吹いた干し芋は焼かずとも噛むと何ともいえない味があるものだが、 わが家では 火に炙る様にと言いつけられていた。母親が云うには どんな所で、どんな作り方したか、 干し方をしたか判らないのだから・・・と云うのが 理由だったけれど、食べる前に火鉢の金網 に載せると干し芋の香ばしい 匂いがして来る 丁寧に裏返し火を通すと、 プチプチと膨れた 芋の肌に焦げ目が付く、そして その熱々を口に入れるのだった。
 焼いた後 少し冷えてからの焦げた芋の歯ざわりと 少し硬く固まったような噛み心地に とても甘さがあり、その 記憶で少し硬くなった 焦げ干し芋を口にするのが好きだ。

                                                             (2007)

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