牛なべ

 すき焼きの専門店は沢山あって作り方や味付けにはそれぞれ特色があるようだ。
またご家庭でのすき焼きの際にはご亭主の味付けや給仕である場合が多いように思う。
今回のモチーフはすき焼きである。

 この店に初めて上がったのは随分昔のことになるけれど、もっとも明治の頃の創業である この店からすればそれはほんの最近の事になるかも知れない。
兎も角京都三条寺町通りの角にこの店はある。赤いべんがら格子の古びた店の玄関には 下足番が控えている。内部の作りは古風で赤い壁やじゅうたん、漆塗りの柱などは外人さん などにも喜んでもらえそうな雰囲気を醸し出している。
  廊下とを隔てるガラス窓の入った障子を開けて、仲居さんが案内してくれた小さな2階の 部屋の中央にはコンロを仕込んだ丸いテーブルがあった。

 ここのコンロは電熱器である。ニクロム線が赤く熱している、これが良いのだそうな。
料理はまず平底のすき焼き鍋に薄く砂糖が敷かれる、そして最初に載せられる霜降り肉は牛の胸のあたりにほんの一握りしかない肉だということ、サッと肉の色が変わった頃合に下地を少々「ジュ」と注ぎ「さ、(はように)お召し上がりやす」。
 タマゴの小鉢から牛肉をつまんで口に運ぶ時、これがすき焼きなんだと思う。
 

 その後普通の霜降りにの肉に野菜や豆腐などの材料も加わって楽しい時を過ごすのだ が、 どうにも悪い点は美味過ぎて「肉の追加」をした結果勘定書きの数字が上がってしまう 事である。

 昨年旧友と上がった時も昔と少しも変わっていなかった、 いかにも伝統を大切にする 京都らしい。
古いだけでなくこの店、犬山の明治村にも店の備品などを出展している、『牛なべ屋』が それである。
  永いこの店の歴史の中では味が絶対に変わらなかったとは言わない、あるいはその 時々の 環境が味にも影響を与えて来たのではないだろうか。
  飛びきりの肉は初めだけ、追加にも出てこなかった。
      でも次の機会にはまた食べられるではないか。

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