硬いパン

 近くの公園脇に新しい店が開店準備をしていた 。
大きな公園脇とは言うものの普段の人通りが多い場所には思えないので、皆は何のお店が出来るの だろう と興味津々だった。
キッチンの形が整った2ヶ月ほど前からはコック帽をかぶった数人の職人達が早朝から 仕事をしている姿が見え、そして一つ二つと窓辺の棚にパンが並べられるようになった。

 早朝に、と言うのは毎朝雨でも降らない限りウオーキングを続けているその公園に出かけ ている、冬の朝まだ暗い6時頃にはもう明かりを煌々と点けているので、道路からでも彼らの 仕事姿が よく見えるのである。
日が経ち次第に窓辺に並べられるパンの種類も多くなってきた、その頃には開店を知らせ るビラがガラス窓に張られお店の名前も難しいカタカナであることが判ってきた、 やはり近くにある有名な洋菓子店が新たにこの店を始めるらしかった。

 今までパンにはたいそうお世話になってきた。
お米の代わりに配給された真っ白なメリケン粉に貴重なイースト菌を使い 暖かいコタツの 中に寝かせて作った第二次大戦後のパンから始まって、学校給食のコッペパンや食べ盛 の頃には食パン1斤をペロリと平らげた頃もあった、今でも我が家の朝食の大半はパン食である。

 パンにもいろいろと種類があって、その成り立ちはそれぞれのお国や地方の好みなどの 歴史があるのだろうが、世界を旅行するとパンの味や形は随分と違うものだと感じる。
好みだから、当然どれが良いという訳ではないけれどパリのクロワッサンはとても旨かった、
ドイツの固いパンや、スイスのサンドイッチになっていたもっと硬い、それこそ口を怪我する のではないかと思われるようなパンだって好ましかった。
 ランチにとキオスクで買い、湖畔の景色の良い場所に腰をおろして頬ばる時の気持良さッたらない。

 ふわふわパンばかりかなと思っていたニューヨークには、ずしりと重たい感じのパンがあった。パンは世界中で限りないほどの種類が焼かれているのだろう、
だが、そのパンを手に入れることの出来ない子供たちや難民がいまや世界中に溢れているは痛ましい、思い返すと半世紀ほど前のこの国も事情は似たようなものだった のではないだろうか。
 

 たいそう長い準備期間を経て公園脇のお店は開店した、店に並ぶパンの種類はとても 多く、焼き具合やトッピングはとても美味しそうである。
有名なパティシェのお店だから程なく雑誌やテレビでも紹介されるかもしれない。
  栄養満点のこの国の人たちが健康を考えてか公園で懸命にジョギングし、そしてまた旨い パンを味わう・・・何とこの国は幸せなんだろうか。
そして、これ以上の食べ過ぎを戒めてか!? この店のショーウインドに並んだどの種類のパン達はとても高価な様ではあるが、みな心もち小振りの様である。

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