かも南蛮、蒸し鶏のフォー、伸びるアイスクリーム

 昔の会社仲間達九人のグループ展は秋の銀座で13回目を終えた。メンバーは激烈な高度成長時代の会社で活躍したサムライ達である、この会社では全社員を社友と呼 んでいる。

 銀座の展覧会場もいろいろな事情で転じて今のは三か所目になった 。まずこのグループ展を定着させてくれた恩人の画廊主の他界で最初の会場は終わった、次の会場は広くて設備が立派、贅沢なほど適当 だった会場だったのだが、世界的金融経済の荒波が世界中を覆う中で突然閉廊してしまった・・・理由は金価格高騰で貴金属店の家主の本業の地金取引が多忙になったためだ。


数寄屋橋通り
   そこで探し当てた現在の画廊は数寄屋橋の近く、今や建物 が「近代産業遺産」の泰明小学校の向かいにある。明治11年創立の名門小学校は、まるで住人など住んでいないような現在の銀座の繁華街の一角にあっても、 今でも350人を超える生徒数があって、小さな校庭や、屋上で元気に運動しているのを眺めることが出来る。


窓からの眺める泰明小学校

 その建物の裏側は高架の高速道路であり、水面に映っていた「君の名は」の数寄屋橋は消え去って、代わりの橋は高速道路の高架橋になった、それは日本初の高速道路であ る。フランク永井の「有楽町で逢いましょう」や「西銀座駅前」などにも唄われ…江戸城外堀の黒いドブ水になびく銀座のヤナギ、飛び交うツバメ、朝日新聞社々屋そして日劇の弧を描く外壁からの様変わりだった。

 九人の社友たちはそのような風景に始まる時代を走り抜けた、時には仕事を終えて西銀座の赤い提灯、のれんを潜って日中のうっ憤を晴らした日も多かったかも知れない。
小生達の新入社員教育などは5日間ほどの集合研修があっただけで、新人たちは全国各地の職場へ散って行った…考えてみれば乱暴な話で、業務資格取得の公式試験はあったものヽ、それ までは職場での実践研修と言う訳、小生が銀座の初任地に着任挨拶に行くと店頭にはベテラン女子社員がいた。ちょっと目には恐ろしく見えた彼女たちが、それから教えてくれた日常の商品知識は、その後の仕事の本当の基礎 になったと…今更ながら白状しなければならない。

 グループ展は新しい会場でも回を重ねた、会期の昼食には近所の蕎麦屋さんへ行く…前年の来展者が教えてくれた名店で、焙ったカモ肉と長ネギが香ばしい「かも南蛮」がすこぶる美味い、今年も第一日は相変わらずの注文をして楽しんだ、 ・・・と見ると、壁の張り紙に「かき南蛮」とある…季節でもあり二日目にはそれを注文、小ぶりながらプリプリと太ったカキの味が口中に広がった。
小学校前の路地を入った小さな木造店舗が並ぶ中ほどの店構えは小さなもの、店内も「西銀座駅前」の流行った頃を彷彿とさせるかも知れない。

 夕食は高速道路下の、その地下にアジア料理街を見つけた、昔なら外堀の水面下だろうか。中華や焼肉辺りまでなら アジア料理の知識はあっても、タイ、マレーシア、ヴェトナム料理になると・・・?
結局ヴェトナムを選びテラス風な店に入った、揚げ春巻きやサラダ類など、はじめ戸惑った強いハーブの香りにも次第に慣れて、仕上げは「混ぜご飯」やら「フォー・ガー 」となった。生鮮の素材が命といったヴェトナム献立を楽しんでデザートまで。これまでは行ったことのない南の国を想像しながら食べたフォー・ガーは蒸し鶏入りのヴェトナム麺、初体験だった。

 展覧会の最終日前夜の夕食にはトルコ料理店にマタマタ飛び込んだ、高速道路の下ながら 店は一階だから昔なら川岸道路から入る気分か。世界三大料理のひとつとは聞いていたけれど、トルコ旅行は未体験、これまで専門店に入ったこともなかったので、注文は・・・?と心配だった。
 ところがメニューには写真、短いコメント入りであり、そのうえトルコ人の従業員や女性のバーテンダーが実に親切で細やかにアドバイスをしてくれた、おかげでサラダ、肉料理、珍しいパンがテーブルに運ばれて楽しい夕食 になった。
なじめる味とたっぷりのボリュームに満足、デザートでは連れはメニューの写真を見ながら「これヘルシー?、カロリー高いかな?」と尋ねる、「とても甘いので、ヘルシーとは ・・・!?」と女性店員が答えたケーキを「敢えて」頼んでいたが、小生は唯一テレビ知識にあった「伸びるアイスクリーム」を注文した。

 半世紀以上を経たいま、在社の社友たちの働く環境が大きく変わっ ているのは当然だが、昔の様な夜な夜な紅灯の巷を歩き回るようなことはないらしい、仕事の舞台も世界に本格的に拡がって、社員の相当部分を外国人が占めるようになったらしい。景気の浮沈の中でも、これまで休むことなく発行され続けてきた社内誌「社友」 は、少し前からその半分の頁が英語版となり小生の手元にも届く。
 グループ展にはお世話になった女性社友も元気に来展してくれて、絵の前で昔話に花が咲いた。

(2010)

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