デパ地下コーヒー 大学を卒業し社会人となった。入社した証券会社でひと通りの研修を受けて配属されたのは 投資相談部、それも 配置は銀座のデパートにあった営業所。戦後最大の熱狂的な証券ブームが 過ぎた後の事ではあったが、 未曾有の証券不況はそれから5年ほどの間、証券界は大変な 思いの日々を過ごさざるを得ない毎日が続いたのである。 小さな営業所の店頭での仕事は個人の投資家をお相手する個人営業で、先ずは応対
方法は
先輩を横目で
まねること、こまごました業務の知識はその都度 女性社員が教えてくれた。 入社3ヶ月の仮配属が過ぎると正社員、もう金庫の鍵を渡されて日曜日の店番が回ってきた。 会社は早くから
電子計算機(コンピューター)
を導入してはいたけれど、やっと計算書や
帳簿を
印刷してくれる位、それも社内便で毎朝夕、営業所に送られてくるだけ、株式などの日常の取引
注文は専用の黒電話のかじりついて本店へ出す、結果も電話で伝えてくる悠長なものではあった。
営業所の女性達は実に優秀だった、何でもできる頼り甲斐のあるお姉さまたちに映った。 遡って入社後、営業所配置が云われる前に母店の営業部の130人にもなる大所帯、春の社員 旅行は箱根湯本だった。社員旅行などと云えば今は昔だが温泉場の大宴会場では男女が旅館 の浴衣を着てズラリ居並ぶ壮観である。チョット新人には近づき難い雰囲気の女性達が何人か居る のが気になった。むしろ女性達はとても怖そうに見えたと云うのが近かったかも知れない。
コーヒーセンターは朝開店前からその日のコーヒーを仕込みはじめる、一日中コーヒーの香りと 隣り合わせの勤め場所だったが、今ではそのコーヒーの香り、一杯の値段など記憶に無いけれど、 小さな営業所での女性達から得た証券営業のイロハは我が証券人生の入口を造ってくれたのは 確かなようだ。 (2007)
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