チャンコ

 ジメジメして身体もだるく食欲も減退してしまう梅雨でも、来るべき暑い夏に備えて 体力を貯えておかねばならぬ。

 相撲の世界は5月の夏場所が終わった後暑い名古屋場所に備えて東京を離れた 関取達は地方巡業でひたすら稽古の汗を流しながら頑張っているのだろう。
程なく名古屋周辺では仮設の各部屋がいつも通りに神社や寺院などに 設けられる頃である。近頃では部屋の所在地がかなり遠くなってしまい、知多半島の 先の方とか犬山の辺りまで、電車で1時間はかかろうかという距離も珍しくない。
若い関取のタマゴが小さな風呂敷包みを手に座席にチョコンと座った浴衣姿も その季節の風物詩であろうか。

   その昔に住んでいたわがマンション近くの寺にも横綱を擁する部屋がいつもプレハブの小屋を建てたので、本堂前の土俵で稽古する力士達の様子を良く見に行ったものだ。

 激しい稽古で砂まみれになった関取は一風呂浴びて食卓に向かう。
あヽ、あれが『チャンコ』なのだなとコンロの上の大きな鍋を見た覚えがある。
ひとくちに『チャンコ』と言っても種類は無限らしく、部屋によっても、また時によっても 違うものらしい。

 同じ名古屋市内でのことだが、もとは序二段?まで行ったのだけれども・・・引退したと言う、 それでも頭にチョン髷を載せている気のいい男が造る「チャンコ」を食べたことがある。
<つみれ>はチャンコに欠かせない物だそうだが、煮え立った鍋に彼はニラを一掴み パッといれて、サッと煮えたところを鉢に取ってくれた。
これは単純だが味が染みて特別に旨かった。
その味はもと横綱のシコ名でかなり繁盛していた別のチャンコ専門店〈つみれを仰々しく 入れる〉の味と較べても、よほど本物らしい感じがしていた様に記憶している。

 しかし、地方にまわった小さな相撲部屋などはマンションのひと部屋を借りて寝止まりをし、 大きな部屋の土俵を借りるなんてことになるらしい。わがマンションにもそうした部屋が 入居してきて、エレベーターの中はチャンコ材料の生臭い匂いと、髪につけるビン付け油 の甘い匂いが混ざり合った空気が充満していて閉口したことがあった。

 チャンコは栄養学的にはとてもバランスの取れた料理だと言う。

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