揚げせんべい

 みやげに頂戴した名店の「揚げせんべい」を食べていた。一枚ずつ美しい印刷の袋に包まれ軽くて、 さくっとした歯ざわり、もちろん揚げ油や塩味も申し分なかった。化粧箱には相当な数が入っていたが カミさは「高カロリーなのよね」と云う、袋を開けても割ったせんべいの半分は小生に渡した。

 そうした会話があった五月晴れの朝、カミさんは毎週の予定通りに出かける日、思いついて小生は 一人で盛りのはずのバラを観にバラ園へ出かけることにした。
ザックにはスケッチブックやカメラを入れ、バラ苑の最寄駅前のコンビニで買ったペットボトルのミネラル 水をザック脇の子袋に挟んで陽当りの道をセッセとバラ苑へ歩いた。

 今回の目的地「生田緑地(向ヶ丘)ばら苑」は丘陵の上の木立に囲まれて拡がり、今や咲き誇るバラが 苑内一杯に拡がっていた。かつては遊園地の一角を占める東洋一の規模を誇ったそうだが、遊園地が 閉園となり 一緒に取り潰しになろうかというバラ苑を惜しんで市や住民ボランティアが維持存続するよう になった経緯は知っていた。

   4500株を超える花株数はもちろんだけれど、500を超えるその種類の多さには驚いた。
エクスプルワ、ウィミィ、オジリア、カクテル、ゴールデン・スリッパーズ、ゴールド・バニー、ショー・ガール、シンパシー、スブニール・ド・アンネフランク、スワン・レイク、ピース、マスケラート、モーニング・ジュエル、ローヤル・スカーレットにサクラガスミ・・・・・舌を噛みそうな名前も何故か花に相応しくそれらしい。

 その内のいくつかの花をスケッチ・ブックに収めた。

 白い紙には鉛筆で大きく咲いたビロードのような花びらや蕾などを写し取る、ボタニカル・アートでは ないから 花の線の勢いの良い動きを写し取るつもりだ。色は簡単に色鉛筆でメモ程度につける、持参 の水溶性色鉛筆は混色も出来るので適当に色付けし、家に帰ってから水を含ませた筆で水彩画の ようにのばす。
いつも花に向かい合い何分間か鉛筆を走らせながら、えもいわれぬ花びらの自然色はとても絵具では 再現出来るものではないと思う。

 苑内ではバラ苑を撮影する写真家が長いレンズを花に向けている、小さ椅子に腰掛けて絵を物にしている絵描きさんたちも散見される、その何れもが無口で一心に被写体と向かい合っている。
 週日だが家族連れ、クループ、特に熟年ご婦人方の多くが花を楽しまれていたけれど、スケッチをする背後を通り過ぎる折に聞えてくる会話が また賑やかで面白い・・・皆楽しげ、天日と満開のバラがそうさせているのだろう。
 

 生田バラ苑は多くのボランティアの方々の努力に支えられているようである。張られたテント近くで花を スケッチしていると「・・・この近くで造っているのだ・・・」というような客とのやり取りを小耳に挟んだ、後で テントを覗くと話題だったのは ビニールの大袋に包まれた「揚げせんべい」だったらしい。 カミさんとの今朝の会話を思い出し「カロリーが高いから」とつぶやくと、店番のボランティアのご婦人早速「じゃァ、こちらのほうが良いですね。」と中味が色の浅い袋を勧めてくれた。

 家に帰って袋を空けるとサラダ味のせんべいはバターの香りがしてカリッとする歯ざわり、一枚ずつ袋 に入っていなくても、やはりカロリーは高くても、揚げせんべい同様に後引きな味で我家の二人を充分 楽しませてくれたのだった。
                                                            (2008年春の話)

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