ロック喫茶“マキタさんとミッちゃんトコ”でLIVEとLIVEの合間に「許されない愛」で始まる「LP 沢田研二GLORIOUS20」をレコードプレイヤーで聴かせてもらった・・・2005/10/17
針を落としてチョットノイズの後確かにCDとは違う丸みを佩びたレコード音のジュリーである!
最近はCDMDで何かをしながらでしか聴いていなかったジュリーをレコードでじっくり聴く・・・いいものである。
納戸の奥に眠るLPレコードを探し出しレコードプレイヤーにレコードをのせて針を落として聴いてみました。
チャコール・グレイの肖像 1976/12/1
沢田研二のLPが我が家に何枚あるのか・・・
秋でもあるのでその中の1枚チャコール・グレイの肖像を選んでみた
久々に手にするLPはCDMDに慣れてしまったせいか・・・けっこう大きいと感じる。
金網の向こうからこちらを見ている油絵のような雰囲気のあるジャケットだ!・・・
帯に“沢田研二全曲作曲による意欲のオリジナル・アルバム”と書かれている
裏ジャケットもレンガ塀の前でジーパンのポケットに4本指を入れ親指を出し視線を地面にやったジュリーの上に
10曲のタイトルが並ぶざっと見て・・・「コバルトの季節の中で」しかわからない・・・
このレコードが出た頃は発売と同時に買って繰り返し聴いていたはずなのに・・・
レコードを出してみるけっこう綺麗だ!レコードの他にはジャケットサイズの二つ折りのポスターが入っていた
二つ折りを開いてみるとジャケットと同じシチュエーションで長いレンガ塀にジュリーが小さく一人でいる
もう1枚ジャケットサイズ両面1枚に歌詞が書かれたものが入っている
プレイヤーを33回転に合わせて針を落としてみる
ノイズの後1曲目小谷夏さんが書いた「ジョセフィーヌのために」INOUE TAKYUKI BAND の音だ!
それを感じながら絨毯に腰を落としてソファーを背もたれに横たわる
ミディアムテンポのロック、ハードなロック全10曲沢田研二なのだが
どれ1曲にも違和感を抱かすことなくジュリーだ!
歌詞を追いながら聴くにつれ思い出される曲・・・何曲かは自然に一緒に歌える
そしてゆっくりゆったりレコードのジュリーを楽しむ
こんな聴き方をしたのは数十年ぶりかもしれない・・・
解説があるわけでもないジャケットサイズの歌詞カードを目で追い作詞家を確認して
それぞれを書いた作詞家とジュリーの密度の濃さを想像する・・・
5曲が終わりカートリッジが自動に戻されレコードが止まる・・・
起き上がりレコード盤をA面からB面に変えて叉針を落とす・・・
なんともいえないレコードならではの幾つかを感じ1っ曲1っ曲を曲と歌詞だけの世界の中で聴き入る
最後の曲はドラムのテンポがリフレーンかのように叩かれる中
ジュリーがサリーの書いた心情を切々と語るように歌う・・・・
あのままだよ 岸部修三
そう 俺はあのままだよ 学校に 行きたかったのは
お前と話をしたかったからだよ そう 俺はあのままだよ
学校に行かなくなったのは お前と歌っていたかったからだよ
おとなしいこの俺がだよ 家をとびだしたのは
お前と夢を追いかけたかったからだよ
俺の体の中にいた あの時のお前の夢に
俺の体の中にいる 今そばにいるお前の夢に
俺はいたのだろうか 俺はいるのだろうか
そう 俺はあのままだよ 誰にでも好かれるなんて
そんなに俺は 器用じゃないんだよ
そう 俺はあのままだよ 誰にでも通じるように
そんなに器用に 歌えないんだよ
外へ出かけていくのは お前と夢を追いかけたかったからだよ
俺の体の中にいた あの時のお前の夢に
俺の体の中にいる 今そばにいるお前の夢に
俺はいたのだろうか 俺はいるのだろうか
そう 俺はあのままだよ
ザ・タイガー・・・それぞれが京都から東京に上京したあのままに戻ることがあれば・・・?
A-1.ジョセフィーヌのために 小谷 夏
A-2.夜の河を渡る前に 阿木曜子
A-3.何を失くしてもかまわない 藤公之介
A-4.コバルトの季節の中で 小谷 夏
A-5.桃いろの旅行者 桃井かおり
B-1.片腕の賭博師 荒木一郎
B-2.ヘヴィーだね 沢田研二
B-3.ロ・メロメロ 沢田研二
B-4.影絵 松本隆
B-5.あのままだよ 岸部修三
♪ レコードで聴く沢田研二 いいですヨ ♪

対 談 ライバル!! TT戦はつづく
1973年2月11日に沢田研二主演の《同棲時代》がTVで放送された、その直後のジュリーとシューケンの対談です。

沢田研二ーJ 萩原健一ーS
1971年 1月24日タイガース解散、5人はそれぞれの道を歩き出す。
沢田研二はサリーとバンド活動を選ぶ、スパイダースから井上孝之・大野克夫、テンプターズから萩原健一・大口広司が参加しPYG(ピッグ)を結成する。
ライバルであるジュリーとショーケンのユニットはそれぞれのバンドのファンには賛否があったと思うが、GSが好きな私にはどんな形でもジュリーが歌いつづけることが嬉しく、夜のヒットスタジオで・ブラックナイト・を聴いたときには、GSがロックバンドへカッコ良く進化したことを確認して期待できると思った、しかし元GSの看板を背負ったPYGは人気が完全に衰えたGSの影を取り払うことが出来ないまま活動を鈍らせてしまいジュリーはPYGから井上孝之バンドとなったバンドを自分のバックバンドとしてソロ活動を《君をのせて》で開始、72年《許されない愛》で歌手、沢田研二を確立させる。
ショーケンは72年《約束》でスクリーンデビューを果たし、TV《太陽にほえろ》で井上孝之バンドのテーマにのって走り役者、萩原健一を確立させる。
二人はタイガース,テンプターズの呪縛を自らの力で払いのけお互いを刺激しあう、よきライバルと認め合い、ジュリーはショーケンの・太陽にほえろ・にゲストで出演、天地真理主演の・虹をわたって・に出演する・虹をわたって・にはショーケンも出演している。
虹をわたってはタイガースの3本の映画の延長線上にあるアイドル映画であったが映画で歌われた君をのせては天地真理のヒット曲と共に楽しめた(私的には天地真理のファンでもありなんども映画館へ行ってしまった映画でDVDにでもならないかと密かに願っています)そして73年ジュリーは本格的な演技を要求される・同棲時代を撮り2月放送された。
同棲時代にもショーケンがワンシーン出演するなど、当時の二人は公私共に行動を同じにしていることが多かったようで、良きライバルはどん底から自分の進むべき道を見つけ最高にノッテいる時期を迎えていた。
そんなジュリーとショーケンの対談です。
パート T 同棲時代は台本が良くないネ

J 見た?
S おう、見た見た。
J それでどうだった?
S やっぱりスタジオだからネ、なかなかノレんわネ。正直に言わせてもらえば、ある面のヒットもあったしある面の不満もあったけど、同棲時代の 沢田研二は素晴らしかった。ある面で不満があったというのは、しょうがないと思うんだよ俺は。まあ、能書き言わせてもらえば本(台本)が悪いな。同棲時代の場合は。
J 完全にテレビむけになっているからネ。
S ネッ!!
J でも、あれ以上のものは出来ないよ俺は。
S いや、そうでもないよ。
J いや、本当に・・・・。
S 精いっぱい?
J 精いっぱい。慣れないからネ。慣れないからっていうより難しいもん、芝居ってのは・・・・・。
S まあ、俺はワンシーンだけだったからサ・・・・・。
J (ハッハッハと尻上がりに大きな声で笑いながら)あれ知ってる? ショーケンが出たの知らないっていう人がいたの?
S Oh Oh!そいでいいわけだよ。
J まぁ、難しいネ。
S もう巨匠だとか言ってないでさ、我々で何か作りたいね渡辺プロが金出してくれればさ。いつでも作りたいけど、森本クン(ジュリーのマネージャー)聞いてる? 同棲時代の話がきた時の感想は?
J うん、なんとなくいいなぁと思った。原作の時は今日子の方に魅かれてて、次郎の方はあまり見ていなかったからよくわからなかったけど台本を見たら台詞がものすごく多いので感じが違ったのは確かよネ。
S 確かに台詞が多すぎるよネ。俺のやった「祇園花見小路」なんか台詞の数かぞえたら21ぐらいしかなかった。同棲時代は、若いということをさ、すごく武器に使っているじゃない。それだけであって演出の効果だとかさ、本の良さだとか、ドラマを見ている人たちに暗示させるようなものは欠けてたと俺は思うね。素材として沢田やさ、梶芽衣子さんを使ったてことで、完全にあれはそれに頼り切っている番組だよ。そういう面で、俺はちょっと不満があったわけだ。本の良さだとか演出の良さとかいうのはやっぱ必要だと思うしね。
やっぱしネ、次郎はあんなに喋っちゃいけないよ、ネッ!!あの役はすごーくインテリジェンスのある男だからさ。でも、俺はある面の感動はあったんだ。「太陽に吠えろ!」だとかにジュリーにも出てもらったけどさ、あれ以上にうまかった。でも、あれは、やっぱ本が悪いよ。
J 完全に日常会話でない台詞じゃない、だから余計にやりにくかったネ。
S 音楽でもいいメロディーが、スローのメロディーを弾くのが一番難しいんであってさ、ロックがガチャガチャやってる方が簡単だというようなことと同じでサ、大変に難しいよな。
J もう、ケイコのときからすごくやりにくかったよネ、やりだしたらそうでもなかったけど・・・・・。それに集中できたからネ。
S ずいぶんやったらしいネ。一週間?
J ケイコいれて一週間ぐらい。
S 最近思うんだけどさ、俺は演出したくなっちゃうんだ。斎藤耕一さんや市川崑さんや、そういう人たちによっては、ある面では自分の欲求だとか自分がこうしたいと思っていても、彼らは「こうした方がいい」と説得力があるわけだよ。だから自分のやっていっることに責任もてないわけさ。そういうものの不満はあるね俺は。やっぱし演出家っていうのはカット割を考えていくだけじゃあなくて、役者を酔わせてくれなきゃあね。そう思わない?
でも、俺みたいに図々しけりゃさ「こういうようにするよ、ああするよ」とか、カット割まで考えてきちゃうとか、なんとかはするけど、現代はもっとナイーブさ。そのナイーブさをもっとわかってほしいわけだ、俺は。一から百までわかっているような面してさ、やるっていうのが、俺は気にいらないわけよ。
J あれを見てね、ボクが地でやってるって言う人がいるわけよ。でも全然違うもん。台詞の言いまわしからね。芝居にするから・・・・・。
S いまニューシネマの時代になってきているじゃない。芝居を押しつけるってことは、俺に言わせると、とても腹が立つね。俺はすぐケンカしちゃうけどネ。
J でも、視聴率が良かったしね、それ以上に評判もいいわけよ、視聴者の人たちの間で。テレビに関してはあれが正解かも知れないけどネ。ああいう割とオーソドックスに「抱いて、もっと」とか(ワッハッハッハ)、簡単に言われることさえも出来ないけど、ボクは・・・・・・。
S 同棲時代の最後ネ、腐れ縁で終わっていくじゃない。あそこのところもっとデリケートに撮ってほしかったな。それはまあ、TBSのデレクターかも知れないけど、あんなのミソにもクソにもなんないよ。もっとデリケートなんだから・・・・。まあ我々の気持ちを出せば視聴率は上がらないしネ。レコードが売れないのと同じでさ。
このへんで、現実の話をする?

同棲時代
1973年(S48)2月11日、《同棲時代》放送日、私は職業修行時であり放送時間にTVの前にいることが出来るはずもなく見逃してしまいました、何故か同じ職業の修行をしていて後に結婚した妻は見ていて、今でも《同棲時代》の話になると内容、もちろんショーケンの出演など何一つ記憶はないのですが・・・・「私は見た」と誇らしげな態度を取ります・・・その度に悔しい思いをします。
ここで当時の梶 芽衣子さんのコメントを載せておきます。
大変熱心で真面目で、俳優さんでも黙っていてあの雰囲気のでる俳優さんはいないほど魅力のある人でした。
あの負けず嫌いと熱心さが、今日の人気を保っているのでしょう。芝居をyやっていけると思うけど、やはり歌っている彼はいっそう魅力的だから、一まわりも二まわりも偉大な歌手になるように・・・・影ながら応援しています。
パート U オレだって女抱きたいよ なぁ!!

J 別にどっちでもいいや。あんまり関心ない。同棲するぐらいなら結婚するしネ。でも実際は、そんな人っていないんじゃないですかネ。現実にはネ。「束縛されない、いつでも別れられる」とかいう利点があるみたいなことは言うけども、確かに理屈はそうだろうけど、やっぱり一緒に住んでりゃ情も移るしネ。と思うんだ
そんな無責任に、いつでも別れられるということを前提になんて出来ないですよ。
S 疲れるネ(とポツリ一言)
J それは体験談?
S (またポツリ)疲れるよ。
J どのように。
S いま、俺は女と生活はしてないけどさ、やっぱしネ。酒飲んだときにこうファッとした気持ちが、愛でも何でもあればいいわけよ。それが同棲っていうと非常に現実的だからネ。生々しくってさ。やっぱ俺には合わんね。
J どっちかが一生懸命になればコッケイに見えるみたいな・・・・。
S きっとね、そのへんは沢田研二と同じなんだ。同棲するくらいなら結婚すべきだと思うんだ。
J 一生懸命なった方がバカに見えるっていうのは、やっぱ良くないや。
S ところで女の方はどうかい?
J 順調。
S 順調かい?(クックと笑う)俺もできそう。できそうなんだけどこわれそう。
J 嘘つけ!公私混同しちゃダメ。
S そうか!しかしヤバイんだよ。学生から夜中に電話かかってくるんだよ。この間、俺が銀座で女と歩いてたんだよネ。奴らは混同しているわけだよ。いつも素朴でワイルドで、野郎とバッカンバッカンけんかして、居直っているみたいなさ。そういう萩原健一像みたいなものがあるわけよ。で、女と歩いていると「もってのほかが」と言うわけよ。でも俺だって、やっぱし女抱きたいしさ、女抱きたいよ、なあ。
J そりゃそうだ!!
S 俺、思うけどさ、男のファンの方が、女より面倒くさいネ。女のファンならさ、面倒くさけりゃ「てめえバカヤロー」で済むけどさ、男の場合は・・・・。
J でも女の場合でもあるぜ。
S エッ?でもそんなの屁にもならないんじゃないかよ。屁にも・・・・。やっぱ車が一番いい。
J 車は嘘つかない。
S 同じ乗りものでも車は嘘つかない。そう思わない? 調子悪けりゃさ、調子悪いって動かないんだからさ。女はさ、気使っていろいろ言うじゃない。それが積もり積もってさ発散した時にぁコワイゼ。そんなのワシいやじゃ。
ところで、俺この間ね、市川もりかつと倉本崇とさ、一緒に俺ん家で見たんだよ。「紅白歌のベストテン」
J ああ月曜日の。
S ちょっと太ったんじゃない?
J 太った。ヤバイな。
S 倉本崇が嫉妬してたよ。「沢田研二は太っちゃいけない」って、俺も太ったけどネ。
J 酒飲むと太るんだよ。
S ウ?
J 酒飲むと太るの(ひとこと一語一語正確に言う)。
S 酒飲んで女抱かないからネ。
J 酒飲んで食うからネ、俺は。
S 食って女抱くわけ?
J サァ?
S 抱かないだろう。
J たまに・・・・。
S たまに、そうかい(大声で)こりゃ、ヒューッ。最近、いい女いない?
J 俺はそういうの知らない。
S そういうの知らないっていうんじゃなくてさ、自分がこうイイなっていうの。
J 最近は(ちょっと口をにごしながら)いるよ。
S あらー(ビックリした顔で)いるの?でも女っていやらしいだろ。
J サァ・・・・・。
S なんか、久しぶりに逢ったけど、逢ったって気しないね。
J 話きいてるからネ。いろいろと・・・・・。
S 沢田は、これからドラマもどんどんやっていく?
J 出来るやつならね。出来ないものの方が多いしね、いまのところは。
S どういうものやりたい?
J やっぱり一生懸命やんないと出来ないような役じゃないと嫌だネ。夢中に出来るっていうこともあるけど。軽く軽く出来るってのは嫌だネ。かといって出来る出来ないは別としてあたりさわりのない役とか、あまり健康的じゃない方がいいネ。

俺だって女抱きたいよな!という(女性にしてもそんなことがあるのかは定かではありませんが?)永遠のテーマは当時の二人でなくても男仲間でよく話したことを思い出しますが当時から30年近く経つと、永遠のテーマも酒でも飲まないと口に出来ないテーマになってしまいました。
当時のジュリーの順調な女性!
後に語っていますが、ザ ピーナツのエミさんだったんですね、21才からつき合い始めて27才になる少し前の6月4日に結婚、極秘中の極秘つき合い、この対談があった時がジュリー24才・・・つき合い絶好調の頃だったのでしょうか?ハナ肇さん宅がデート場所だったとか?ショーケンがそれを知っていたのか知らなかったのか?ジュリーの順調な女性がエミさんだったのか?後にしてこの対談を読むとジュリーの「順調」とショーケンの「疲れるネ」は当時の二人の女性観が窺われ興味深いものです。
当時から太るということはスターにとってはヤバイことでダイエットの手段が「女を抱くこと」とは、正に若者発言で楽しく感じる。
今、ショーケンはかなりの距離ウォーキングをしてウエイトコントロールをしているようです。
ジュリーは・・・・・???・・・・
スターには年齢を超えていつまでもカッコ良さを求めてしまいまうが。・・・・私は男のファン!・・・それほど面倒くさいとは思わないのですが。
パート V タイガース対テンプターズのたたかいだよ
S 話はまた前にもどるけどさ、これはゴマスリでもなんでもないけれども「太陽に吠えろ!」の時ね、表面的な評判ね、一般市民の表面的な評判は、正直言って俺の方が良かったんだ。だけど、ある作家やある俺の知っているインテリたちはね「お前があの沢田の役やった時、あそこまでもつかい?」って言われた時、俺はゾッとしたネ。
やっぱしね、世間では沢田が静で萩原健一が動だとわけているけど、その通り静・動とわけたときに俺の役、俺はあの時点では止まっていたわけだ。やっぱ沢田の方が動いているという感じがするわ。それは見る奴が見ればわかるよだから俺の芝居の小器用さとか、何とか言うのは、俺はうぬぼれじゃないけど、沢田研二が俺より歌が上手いと同じように、俺は沢田研二よりは芝居をうまいよ。だけど、この世の中というものは、芝居のうまいへただとかいうものじゃなくてネ、素直をさというものが・・・・わかるかい、素直さというものが受けてくる時代だしネ。そういう面での勝った負けたをいえば、俺は負けたと思う。しかし、俺はね芝居をやらせたら誰にも負けない自信があるよ。たとえ勝新太郎でも負けないよ。でも、いまはそういう時代じゃない。
でもそれがね、俺が芝居をやります、ジュリーも芝居をやりますということになった時には、芝居じゃないんだから。あれはタイガースとテンプターズの戦いなんだから・・・・。両方がタイガースとテンプターズになった時は、俺は非常に優越感があるけれども、そうじゃないんだよ。あれは戦いだね。今だにあるわけだよ、あの中に。タイガースとテンプターズの戦いが・・・・。
やっぱし俺が芝居で頑張っていると同様に、ジュリーが歌を歌っていることは、素直にお互いに嫉妬感もあるだろうし「負けてたまるか」というエネルギッシュなものがあるからネ。今だに健在だと思うんだよネ。だから誰もこわくないよ。だって俺たちほどナルシストでさ、もの言っている奴っていないぜそう思わないか、沢田? 「女と寝たい」って言えば寝ているんだし「女は嫌いだ」って言えば嫌いなんだし。
(ジュリー大笑い)
J やっぱり素直にネ、両方ともうまく行ってればいいわけ。でも両方ともすごーく欲張りだからそのへんで嫉妬するってわけよ。できればスーパーの方がいいわけだけど、歌も出来て芝居もできてね・・・・。なんでも一番になる方がいいわけよ。友達だしね、お互いにうまくいってるし、僕は嬉しいです。だけじゃないわけよ僕らはもう。
スキを狙ってっていうところが・・・・。
(ジュリーとショーケン顔を見合わせて笑う)
だからいいかも知れないしネ。まあ認めているところは認めているし、ハッキリ言われるからネ。「もっと芝居うまくなって」なんて・・・・。すると「クソ!」なんて思うわけよ。やっぱナァナァになっちゃ駄目だと思うしね。
S なんて言うのかなあ、お互いにこわごわものをハッキリ言ってる感じだからネ。
非常にストイックだよ、彼も俺も・・・。たとえば「もっと芝居うまくなれよ」と言ったとすると、彼はもっと歌うまくなれよ」と言うしネ。もちろん、それは他人に言われたらぶんなぐられることだよネ。ヤッパ、彼は素直だし絶対に裏切ねない友という感じがするよ。もちろん、それは井上孝之という一人の人間を通してからかも知れないけど・・・・裏切れない友であり恋人なんだ。俺、ホモじゃないけどネ・・・・・・・。
(おわり)
タイガース、テンプターズの影をあっという間に二人は振り払う、この対談の年、ジュリーは《危険なふたり》で日本歌謡大賞を受賞し歌手沢田研二はそれ以後タイガースのジュリーでなくジュリー沢田研二になって次々NO1ヒットを歌いつづける。
ショーケンもテンプターズのショーケンでなく俳優萩原健一となり本格的な映画に進出・化石の森・青春の蹉跌・雨のアムステルダム・とそれまでの日本映画の役者には見られなかったナイーブな若者をショーケンらしさで演技した、それはそれ以後スクリーンTVで演じられる演技スタイルの原点となり影響を受ける役者が次々出てくるがショーケンの個性を超える役者は少ないと思う。
ジュリーは役者としてもショーケンに嫉妬させつづける演技を見せた。
映画・炎の肖像・(S50) TV・悪魔のようなあいつ・(S50)映画・パリの哀愁・(S51)に主演し 映画・太陽を盗んだ男・(S54)では報知映画賞主演男優賞を受賞する。
ジュリーはショーケンに役者として嫉妬させつづけたと思うが、それ以上に歌手ジュリーは成功を収めつづける。
時代背景、音楽状況から見て、70年代の沢田研二を超える歌手は20世紀では、いないと思う。
ジュリーはライバルは誰?と聞かれると「ショーケン!」とかなり最近まで答えていた。
今ではほとんど会うことも無いのかもしれない二人だが、この先何処かでジュリーとシューケンが共演する映画、1日だけのPYG・・・・見てみたいものです、そこには孝之さんもいて・・・・・。

炎の肖像
悪魔のようなあいつ パリの哀愁

青春の蹉跌 雨のアムステルダム

太陽を盗んだ男
《歌手》沢田研二は多くの現代ポップス歌手の原点であり多大な影響を与えた。
《役者》萩原健一は多くの現代芝居する役者の原点であり多大な影響を与えた。
そして今も二人は歌手として、役者として光っている。

歌手 沢田研二 俳優 萩原健一
☆ ☆ ☆ 嫉妬をエネルギーに変える二人は、いい顔です!! ☆
☆ ☆
ちょっと懐かしショット
女性のジュリーファンには・・・・・・私には最高のトゥーショット!

天地真理&沢田研二 《虹をわたって》より
沢田研二のひとり言
1974年(S49)、前年・危険なふたり・でレコード大賞を取りこの年も・追憶・をヒットさせノリノリのジュリーが楽譜本の下欄に1ページ一言づつひとり言が書かれていますので紹介します、当時が少し見える気がします。
*初恋は小学5年の時、ずっと想い続けていたけど何もいえなかったのです。
*昭和23年6月25日、鳥取県で沢田研二が生れた。
*ボクの家族は、両親と兄、妹で銀閣寺の近くに住んでいます。
*ワンパクが功してか(?)中学時代にはケンカが強く“岡中三羽烏”と呼ばれていた。
*昭和42年2月5日、タイガースとしてポリドールから“僕のマリー”でデビュー。
*鴨沂高校では空手部に入るが、まじめな生徒ではなかった。
*本は殆んど読まないが、時々マンガを読む。
*ボクがステージ・マナーを守っているんだからファンもマナーをわきまえて見てほしい。
*ボクは満足してもらえるステージ作りの為、歌に全力投球している。
*コンサートで必ず歌う曲は“気になるお前”です。
*タイガースの時は、ファンのことや曲のことでメンバーといつも議論していた。
*小学5年の頃から野球に夢中になり、岡崎中学では野球部に入った。
*食事は全て外食、料理は出来るが洗うのがめんどうだから。
*車はモスグリーンとブラックのセドリックで運転手付です。
*ボクのサイズ、B83センチ、W72センチ、H?です。
*生れてすぐに京都へやって来て、ずっと京都育ちです。
*性格は短気で、すぐにカッとするが素直なのですぐにカラッとした気分になれる。
*ショーケンとはGS時代からの親友です。
*休日はあまりないので、1日位だったら自分の部屋でゴロゴロ、2〜3日位あればどこかへ出かけて身体を焼く。
*ファン・クラブは東京都渋谷区笹塚1-47・京王重機ビル内/渡辺プロ友の会。
*ファンの気持ちは大体わかるつもりなので、ことさらファン・レターやプレゼントはいりません。
*新聞と自分に関する記事は必ず目を通します。
*錦林小学校ではワンパクで先生の注目の的。
*化粧品は一切使用しない、整髪料も全く使わない。
*タバコは喫わないけどラークを愛用します。
*ボクの身長は171センチ、体重は54キロです。
*今のボクが人気にのまれないのはタイガースがあったからこそです。
*寝る時はいつもパンツ1枚で、部屋をまっ暗にして寝る。
*“危険なふたり”以後ボクの洋服は早川クンのデザイン。
*芸能界でゴルフをやらないと宣言したのはジュリーと郷ひろみの二人。
*仕事の面でも最高の状態にあるとき、ボクは結婚したい。
*靴はワシントン、下着はVAN、飲むのは「タロー」。
*ボクのジーンズは青山のEIKOで殆んど揃えます。
*将来の夢は、自費出版でレコードを作り、自分のスタジオを持つこと。
*足のサイズは23,5センチ、視力は良くて両方とも1,5.
*昭和46年“花太陽雨”でショーケンと一緒にPYGでデビュー。
*ギャンブルは勝つとは限らないから一切やらない。
*スポーツは野球と空手、そして水泳もマアマア出来る。
*“危険なふたり”は100万枚も売れて、ボクの大ヒットです。
*只今、中野ブロードウェイのマンション10階の住人。
*三枚目の関西ヤクザ“股ずれの研”は十八番の役柄です。
*井上孝之バンドはボクにとって最高のバンドです.
*お酒を飲むと少しだけいつもより陽気になるタイプ。
沢田研二のひとり言・・・完 5/22!!