甘い夢というのはどうも破られる為にあるものらしい。


 その日も終電に乗る三井さんに合わせて服を脱ぐのももどかしくベッドに 入った。
 何度も深く口付けした後、首すじを辿り胸の色づきを吸い上げる。そうする だけで、ここが感じやすい三井さんは俺の頭に白い腕を回し助けを求めるように 抱きしめてくる。耳元で零れる切ないため息に俺はたちまち熱くなる。
 その時けたたましくドアを叩く音が狭い部屋中に響き渡った。何事かと 飛び上がった俺たちは、不本意ながら、メロドラマの間男と不倫妻みたいに 暗がりの中でギュッと固く抱き合い、音の元凶を見た。
「開けろー仙道!この野郎、また部活さぼりやがって!」
 これは、今日も元気な副キャプテンの声だ。
「おい、あんまり乱暴するなよ」
「そうだよ越野」
 穏やかな植草と菅平はやっぱりたしなめ役にまわる。
「あいつのことだから寝てるかもしんないだろ。おい福田、お前も叩けよ!」
 あくまで強気のガードが応える。きっと口を「へ」の字に曲げているんだろう。
 それにしても、声はしないが福田まで来てるなんて、扉1枚隔てて 陵南新レギュラーの揃い踏みじゃないか。まさかサボりすぎたキャプテンを 吊るし上げに来たんじゃねえよなあ。
「出てこーい。お前の誕生祝いに来てやったんだぞ」
「…?…」
「…!…」
 立てこもり犯に向けられた意外な言葉に思わず互いの顔を見合わせた。
 叩き手が増えたドアはさらにやかましく吼えていたが、しばらくすると今度は 相談を始めた。
「やっぱり居ないみたいだな」
「あいつのことだから女の子とどっか行ってるんじゃないのか」
「どうするよ、ケーキ」
 ガサガサというビニールの音。どうやら目の前に行き場を失ったバースディ ケーキの袋を持ち上げたようだ。
「仕方ない、駅前のマックでも行ってバーガー食いながら始末しちゃおうぜ」
「こんなデカイのをか?」
「俺胸焼けするよ」
「ほら、女の子のグループがいたら『一緒に食べてもらえませんか?』とか 頼んでさ」
「おお!そいつはいいな。『俺たち部活で祝ってやろうと思ってたのに、 そいつ薄情モンでさぼっちゃったんですよ』ってかあ?」
「そうだな。この際、男は顔じゃない、ってことをここら一帯にしっかり アピールしといてやろうぜ」
「オレたちだって楽しまないとなー」
 話は思いがけない方向に進み、同級生たちは足早にドアから離れていった。 「昼行灯には明日ロウソクだけ渡してやろうぜ」とか言いながら。


 まいったなあ。
 腕の中を見ると三井さんは笑いを堪えており、震えが肌を通じて伝わってくる。
「お騒がせしちゃって」
「さすが私立だな、大人しいもんだ」
「そうですか?」
『男は顔じゃない』発言がちょっと引っかかった俺は眉を寄せた。
 三井さんは浮かべた涙を指先で掬いながら、「ああ、うちの奴等だったら ドアの前で宴会を始めちまうぜ」と言った。
 確かに桜木を筆頭に宮城、流川ならやりかねない。
 もっとも見た目とっつき難くても実は慕いやすい三井さんだけに出来ること だろうが。
 それに、マックで男にすごく人気があるセンパイの話をしたって女の子は 引っ掛けられないもんなあ。まあ、流川がいれば何とかなるか。でも宮城も 桜木もマネージャーひと筋と聞いてるし。
 余計なことに注意をそらしているうちに心地よい感触がスルリと腕から 抜け出る。右膝が俺の足を跨ぎ、向かい合った三井さんは掛け布団の上から こちらの腿に座り込むと、楽しそうに揶揄ってくる。
「呼び戻さねえの?」
 俺は微笑んだ。
 そんな悪い冗談。
 少しはマシになったけど、まだきっとGパンはチャックが苦しいだろうし、 三井さんだって。
 目の前で煌く琥珀色から視線を外し暗く沈んだ色をしている自分の左手を チラリと見た。
 そこの濡れた感触を覚えている指先。
 それに普通に部屋に座っていたとしてもやっぱり同席するのは三井さんに とってマズいよね。バスケで顔を合わせたことがあるだけだから、俺たちって。
 お祝いしてました、という痕跡ありありなテーブルもある。
 三井さんを失うような馬鹿を出来る訳ないでしょう。
「やだなあ」
 困ったような顔をして、適当に冗談で返そうとして、言葉が止まった。
 二人の周りにはそういう事実や事情や打算はもちろんあるけど……。
 俺は顔を改めた。
「三井さん。俺ね、さっきすごく嬉しい気持ちになったんですよ。 練習ばっくれたのにわざわざここまで来てくれて」
「いい奴等だよな」
 三井さんは、自分にも同じ気持ちにさせる仲間がいる、という口ぶりをした。 俺は、互いにね、という意味で頷いた。
「ええ。あいつらともう1年一緒にバスケが出来る。俺、神奈川に、陵南に来て 本当に良かったって思ってる。でもね…」
「あいつらには悪いけど、俺、三井さん、あなたといる方が俺はもう、 どうしようもなく嬉しいんです」
 だから呼び戻したりしないんだ。


 初めて言う言葉じゃない。そして口にする度、「よくそんな恥ずかしい セリフ」と殴られる。
 だから「だって俺には三井さんが一番だから」と冗談まじりに仄めかして 済ませてもよかったんだけど、部活帰りの疲れた体で、居るかどうかも 分からないのにわざわざ訪ねて来てくれた4人のことを思うと、 やっぱり正面きって自分の本心を伝えたかった。
 そして同じようにいい仲間を持つこの人にもそれは正しく伝わったようで、 三井さんは黙って真剣な表情をしたまま俺を見詰めている。
 突然、伸ばされた右腕が今日は素直に下りた俺の髪をクシャと混ぜた。
「泊まってく」
 掠めるキスが囁いた、初めての言葉。
「三井さん」
 抱きしめて覗き込むと、照れ屋なひとは視線を合わせない睨み顔というのを 見せてくれた。
「俺はこれ以上授業休むと卒業出来なくなっちまうんだ。明日は始発に乗る からな、目覚ましかけてしっかり起こせよ」
「もちろんです」



   ついばむようなキスから始めて再び互いの体に灯をともす。
 またひとつ通じ合った気持ちはドキドキと余裕を無くして、背にきつく しがみ付いてくる三井さんの中で俺はあっけなく弾けてしまった。



 俺の傍に初めて寝顔を見せるひとが居る。その規則正しい寝息までもが 愛しく聞こえる深夜。
 目覚めたまま夢を見ているから、俺はもう、今日は眠らない。


 ねえ三井さん、やっぱり明日は起こさなきゃ駄目ですか?
 卒業、ヤバくなったら俺が校長室でもどこでも押しかけて、許してもらえる まで謝るから。
 このままずっとあなたを抱いていたいから。
 でも本当は、俺があなたに包まれていたいから。



 ねえ



 三井さん。




     Happy birthday, Akira.

  




■HITOMIさまのコメントです

これをご覧の方は「マックで男にすごく人気があるセンパイの話で 引っ掛けられる女の子」ですね。
二人の幸せを願いつつも、溺愛する愛娘(笑)に彼が出来たと知らされた父親のよう な気分にもなる私にしては甘くしたつもりなんですが。はてさて。



HITOMIさま、まさに甘〜い二人のお話、どうもありがとうございました。
何やかや言われても仲間に大事に思われている幸せな二人なんですよねvv
誕生月には少々遅れてしまいましたが、アップできて幸せです。
これからもどうぞよろしく〜(オイ……)




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