紙版より言い訳2%ほど増量
Webpaper

 こんにちは。21世紀最初の夏コミがやって参りました。谷口りん子です。 のっけから新刊を落としてしまいましたが、今回、ショート・ストーリーを載せた特別ペーパーを 発行することにしました。こ、これでお許しいただければ嬉しいのですが……。書きかけていた 原稿はオンリーで日の目を見る予定ですので、しばしお待ち下さいませ。
 それにしても、とうとう6月にはゲーム本を出して しまいましたが、ゲームの方は、ことによるとWeb のみの展開となるかもしれません。そのときどきでノ リが違うのでそんなことを言った先から本が出ていた りしたらかなり笑えますけど。
 ともあれ、SDも今年のオンリーを迎える頃には7 周年を迎えることになるわけで、よくもこれだけもっ ているな、と思ったりしています。それくらい三井と 仙道の2人は私の中で大きな存在となっているのだと 思います。
 ということで、まだまだ続く仙三ワールドですが、 今後もおつきあいいただけたら幸いです。

          2001年 盛夏  谷口りん子

 そこは見たことのない場所だった。
 初め、彼はそこをどこか高い位置から見下ろしていた。遙か下には何人もの人間が集まっている。 服装はさまざまだ。ジーンズとTシャツ姿の者もいれば、ジャージを身に着けている者もいるし、 学生服姿の者もいる。そしてその制服は彼の通っている高校の制服とは違っていた。判別できるのは それくらいで、下でどんな事態が進行しているのかまるでつかめなかった。音が全く聞こえなかった からかもしれない。
 そこで彼は視線を周囲にめぐらした。
 ぼやけた視界の中、その空間の様子をおぼろげにつかみ取ることができた。
   体育館だ。
 バスケットボールのコートを一面取った上である程度余裕の出る広さは、平均的な学校の 体育館といった風情だった。それがわかっただけで、見知らぬ体育館からよそよそしい雰囲気が 払拭される。気がつけば床にはボールが点在していた。両端のゴール、狭い観覧席。初めて見た はずのその場所に、彼はなぜか不思議な懐かしさを感じ、深く息を吐いた。
 その瞬間、彼は木のフロアに吸い寄せられるように降下した。非常に強い引力が働いていて、 抗うことができなかった。
 それまで妙な浮遊感だけしか感じていなかったのに、痛みに近い感覚さえ覚えて引き寄せられる。 やがて彼は人の輪の中心に到達し、そこにいた人物に吸収された。
 その瞬間、雑多な感情が流れ込んできた。
 後悔、無力感、苦痛、懊悩、悲嘆、怒り、羨望……だが、嵐のように渦巻くその感情はたぶん もう通り過ぎたものなのだということが、何となく理解できた。そういった強い負の感情をすべて 抑え込むように、同一化している人物の、ある切実な想いが彼の胸を突き抜けたからだ。
 バスケがしたいです  
 その強い想いを、彼を包含している人物は気持ちのままに口に出した。いままで音のなかった 世界にそれは悲痛に響き渡り、そして  
 瞬時に嘘のように嵐は収まった。
 言いたくて、言えなくて、抑えつける力がひずみを生んで、後ろ向きになって、追いつめられ、 全身にまとった刺で必死に守っていた心。刺はおそらく内面にも向いていたのだろうが、 その萎縮した本来の心が、たった一言でまるで慈雨に晒されたように ほぐれていくのがわかる。
 簡単な一言を素直に口に出すことができなかったため回り道をした彼は、それでも最後には いちばん簡単で的確な方法で呪縛を解いたのだった。
 もうわだかまりはほとんど姿を消した。こぼれ落ちる涙とともに洗い流されてしまった。 奥の奥の部分に拭いきれずに残った悔いを除いては。
 失った月日を惜しみ、悔いる気持ちだけはたぶん残っていくものかもしれないが、それでも心が 凪いでいるのがわかる。
 よかった……。
 軽くなった気持ちが浮き上がり、泣いている彼と分かたれる予感がした。ふわりと体が浮遊する。 再び天井の方へと上昇していく。離れ際、それまで気持ちを一にしていた彼の顔を見た。
 オレ?
 幾分大人びているものの、自分を見ているような気がした。だが、それを確かめる術を彼は 持たなかった。体が浮揚する感覚とともに、意識は急激に薄らいでいった。


 目を開けた。
 気がつけばそこはいつもの病室で、いい加減見慣れた白い壁があるだけだ。体を起こす。 窓から差し込む光がちょうどベッドの裾のあたりを斜めに走っていた。周囲には見舞いの品として もらったものが飾られて、本来殺風景な個室を飾っている。花はともかく、正直ぬいぐるみなどは あまり置いてもらいたくないのだが、半ば母の趣味で小山になっている。どうも昼食をとった後、 横になっていてうたた寝をしてしまったらしいが、それにしても妙な夢だったと思う。
 陵南高校一年生、三井寿。部活でやっているバスケの練習中に膝を傷め、入院生活を強いられて いる。幸い順調に回復し、今後慢性的な故障として悩まされることはなさそうだった。
「バスケがしたいです……かあ」
 夢の中で聞き、やけに印象的だった科白を口に出して、苦笑した。それは彼の気持ちそのもの だったからだ。
「したいよなあ、やっぱり」
 もう一度口に出し、きっと午前中に見舞いに現れた池上と魚住のせいであんな夢を見たのだと 独り決めした。
 確かにその通りかもしれない。
 チームメートの顔を見ればやはりやる気は喚起されるし、ライバルたちの動静が耳に入れば なおさら気持ちが逸る。それにその日は、来年入ってくるかもしれない東京の中学生の話も聞いた。
 彼は陵南を見学している最中に盲腸で倒れたのだそうだ。偶然この病院にかつぎ込まれた というから、暇つぶしの相手にはなるかもしれない。いや、それ以上に、同じ境遇のバスケットマン 同士、話が合うはずだと思った。
 三井は松葉杖を頼りに立ち上がった。盲腸なら、たぶん一階下の病棟に入院しているに違いないと あたりをつけ、エレベーターで下りると病室入り口の名札を確かめてまわった。ほどなく、 その名前を見つけることができた。
   仙道彰、だったよな。
 心の中で名前を確認し、中へ入る。
 名札の位置と符合する一番手前のベッドに目をやれば、ベッドから突き出た足が、相手の正体を 明かしているようだった。
 傍若無人なようでいて、実は繊細で臆病なところのある三井の警戒心は、その所在なげな足を 見てあっさりと解けた。
 ゆっくりと枕元に回り込む。
 その音を聞きつけて、仙道の目が三井の方に向く。
 何と言おうか?
 そんなことは考えてこなかった。
 だが、初対面の二人がやることはどこの世界でもだいたい決まっている。
 自己紹介して、少し話をして、気が合えばもっと話をして  


 そしてバスケのできるやつならば、敵味方は関係ない、いつか一緒にバスケをしよう。





Ryonan Boys #0

 Ryonan Boys世界と原作世界とを一瞬くっつけてみました。こ、姑息かしら。
 パラレルワールドが存在するなら意識の共有みたいなことがあってもいいかなー、と思ったり。 SF音痴なのでつっこまないで下さい……(^^;) いや、その前にSFじゃないですけど(苦笑)。



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