河田地蔵番外編


 コトリと櫛が置かれて
「終わりました」
 という声。渡された鏡の中には白い顔をした俺がいた。
「まあ、なんて綺麗な…。見事にお支度出来ましたこと」
「私も長くこの仕事をしておりますがこれほど美しい花嫁御寮は始めてでございますよ」
 御苦労様でした、という介添え役の声を聞くとも無しに聞きながら目を入口に向ける。 閉じられた襖には新春らしく梅の花が描かれている。


 結局、俺は眠っている仙道を残し、秋田長持唄を地蔵の背で聞きながら山を下りて、 美紀男の待つ河田家にやって来た。
 河田家は藩の御用を務めるほどの裕福な商家で、特に名字を名乗ることも許されているという ことだ。
 大きな屋敷は突然の婚礼に沸き立ち、使用人が忙しく立ち働く声が遠く奥まったここにまで 微かに流れて来ている。


 突然、静かに襖が開くと、そこには留袖姿の一人の女性が座っていた。年の頃は四十を少し 超えたくらいだろうか、色白で小太り、小さな目に温和そうな光を湛えている。
「初めまして三井さん、雅史と美紀男の母のまきこです」
 部屋に入って俺と向かい合うと、にっこり微笑んだ口から思いがけない言葉が告げられた。 慌てて指を付いて挨拶を返す。着慣れない白無垢の帯が苦しかった。
「雅史に聞いてはいたけれど、佳麗というのがぴったりな方。三井さん、突然こんな事になって しまってまだ気持ちもなにも落ち着かないでしょうけど、美紀男はあなたと一緒になれることを 大変喜んでいるんですよ」
 ああ、この人は河田とは似てねえな、美紀男という奴は大人しいとかいうことだから性格や顔も 多分母親似なんだろう。
「……婚礼の前に是非お話ししておきたかったものだから。ではまたお式で」
 おっとりとした声で美紀男についてひとしきり話をすると、まきこは介添え役と一緒に出て行った。 部屋には俺ひとり、仙道のことは考えないようにした。そうしないととても座っていられねえ。


「刻限です」という声がして再び襖が開かれ、長い廊下を介添え役に手を引かれ祝言の行われる 広間へと向かう。左右に並ぶ客の視線に出迎えられ、人いきれとざわめきの中を花嫁の席へと 導かれた。隣に座る男の姿は深く被った綿帽子で袴の膝のあたりしか見ることが出来なかった。
 三三九度に高砂、流れるように時間は過ぎていく。


 寝所に案内された俺は、やがて来る夫を待っている。伸べられた絹の布団の艶かしい皓さが 否も応も無く眼の端に入って、これから過ごす時間への覚悟を促していた。
 蝋燭の灯りを揺らめかせて美紀男が部屋に入ってくる。頭を下げて
「寿です、どうぞよろしくお願いいたします」
 と挨拶をした。河田もまきこという母親も悪い奴じゃねえ、きっとこいつも……。大丈夫、 俺は幸せになれる。
 暗示をかけながらじっとしていると両手を取られた。思わず震えるそれを宥めるように、 大きな手が優しく包み込んでくる。そのままからだを起こされ綿帽子が取られる。
 つんつんした髪、下がった眉尻と落ち着いた黒い二重の目、にこにことした……
 花婿の姿をした仙道の見慣れた顔が目の前にあった。


「三井さん」
「あ、せ…仙道!お、お前…お前……」
「酷いじゃないですかオレに黙って行ってしまって、ずいぶんとあちこち捜したんですよ」
 言葉とは裏腹な相変わらずのんびりとした口調。
「い、いったい、なんで」
 舌が硬直して言葉が続かない。
「知らないんですか? 河田地蔵の言い伝え」
「知ってる、だから…」
「カップルのどちらかに片想いしている奴がいるときは、勝負して勝った方が新しく カップルになれるんですよ」
「え!!」
「オレは美紀男さんと籠球勝負して勝ったんです」
「じゃ…、じゃあなんでお前さっさと言わねえんだよ!  俺こんな格好させられちまったんだぞ!!」
 どうしてくれるんだと言いながら、眩しそうに向けられる仙道の視線に、頬が痛いほど熱くなる。
「オレ、三井さんの花嫁姿が見たかったし、三井さんと祝言が挙げたかった」
 長い腕に抱き寄せられ、頬に口づけを感じながら俺はそっと瞼を閉じた。





終わり



HITOMIさまからのコメントですv


「『卒業』みたいな結末になるの?」という某様のお言葉に、そういうのも素敵、と書 いたもうひとつの結末ですが、『卒業』彰ちゃっかりバージョンですねえ。 白無垢姿(もちろん短髪)のみっちゃんはすごく楽しかったです。


花嫁(?)略奪バージョンをありがとうございました。今度は 本当に仙道が式場に乗り込んで美紀男と対決する場面も見たいなー、なんて おねだりしちゃダメですか?(笑)     from りんこ@管理人


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