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寒さから逃れるように飛び込んだ駅ビルは休日の賑わいを見せていた。
何処へ行こうか…。
人波をかわしながら周りを眺めていた三井は、思わずワークブーツの歩みを止めた。
目の先にあるのは季節の風物詩、バレンタインのチョココーナー。熱視線で品定めをする女性客
たちの周りには、さっきまで見ていた冬枯れの景色とは違い、ピンクの霞が濃く棚引いている。
そんな、男もなかなか心が浮き立ってしまう狂騒も、今の三井には迷惑なものとしか映らない。
何故かというと、今年の元旦に、知り合いと顔を合わせる確率がかなり高い鶴岡八幡宮へ
二人っきりで初詣、という暴挙に出た男が横にいるからだった。こんな美味しい場面、
何も言ってこない訳がない。
ダッフルコート姿の自身の周りにも、こちらは妖しげな霧が湧いて出ているのに気付き、
三井は眉間に皺を寄せた。
「三井さん」
そら来やがった!
「遣らねえ、貰わねえ、静かにしろい!」
「はい?」と垂れ眉気味の顔が不思議そうに見下ろしてくる。
白々しい。
三井は黙ったまま顎で赤や金のパッケージが華やかな一角を示してやった。視線が追う。
仙道は意外にも、「やだなあ」という微苦笑を浮かべると言った。
「三井さんからチョコが貰えるとは思ってませんよ」
何でお前の耳は貰う方しか聞こえないんだ!
と喉まで出掛かる怒鳴り声を三井は慌てて口を押さえて封じ込めた。
そんなことを言ったらまた何を返されるかわからない。余計なことは言わないのが一番だ。
イベントをきっちりこなすのが好きなくせに。
信じらんねェ。
いつでもミルクのたっぷり入ったチョコのように甘い顔を前に、三井の眉間は一段と皺が
深くなった。
マイペースなチョコ男はこちらの様子を気にする風もなく話を続けた。
「画材を買いたいんですけど、上の階に付き合ってもらえます?」
「画材?何に使うんだ?」
「授業で。オレ美術選択してるんですよ」
「美術う?」
三井は皺を刻むのも忘れると、まじまじと仙道の顔を見た。
「あの、三井さん?」
「……魚拓作ってんの?」
「三井さん、そんなもの提出したら単位貰えなくなっちゃう」
仙道が目尻を下げて笑いを堪える。それを余所に三井は、
「単位な。貰えないと辛れェよな。けど俺は今、出席日数の方がもっと辛れェんだ。
日数稼ぎに自由登校で誰も居ない教室にポツンと座ってんだぜ」
ハーッと深くため息をつく。仙道は長い睫毛を伏せ頷いた。
「それは寂しいですよね。オレ学校休んで湘北に行こうかな」
「そうか、来てくれるか……。あ? ち、違げーよ!!バカヤロウ!!!」
気が付くと話を全く違う方向に転がしている。恥なことまで喋ってしまい、うろたえた三井は
自分の手を握り締めようとしているつんつん頭をグーで殴りつけた。
「痛っ。三井さん痛い」
「うっせー!何てこと言わせやがる。あのな、俺は、お前は音楽かなーって思ってたんだよ!
美術って顔じゃないぞ、それは」
途端、左側頭部を押さえ俯いていた男は犬が懐いてくるような表情を見せた。
「やっぱ、歌とか上手そうに見えますか?」
「見えねーよ」
三井は『バカ言うんじゃねえ』とばかりに冷たく睨むと、
「お前はな、音楽の階段教室で陽ぃ浴びながら昼寝してるように見えんだよ。温室でぬくぬく育つ、
…あれだよあれ、鉢植えのチューリップ」
花の名前なんて三井は殆ど知らない。たまたま母親が日当たりのいいリビングの出
窓にそれを飾っているのを思い出して言ってはみたものの、仙道はパステルカラーを
した可愛い花とはあまりにも違う。
三井はプッと噴き出した。
「三井さん」
「でっけえチューリップ。光合成のし過ぎじゃん」
逆立った髪の先端を見ながら腹を抱えて笑う三井は、その下で仙道の黒い瞳がキラリと光ったのに
気付かなかった。
「でもオレ、ハローウィンのときにかぼちゃでジャック・オ・ランタン作ってたじゃないですか。
横取りした三井さんが、眉間ぶち抜いて、一つ目小僧になっちゃったけど」
あっ。
「クリスマスに、『一緒に作りましょう』って約束したのにひとりで組み立てたジンジャーブレッド
ハウス。両手で壁を押さえながらオレに助けを呼ぶ三井さんはすげえ色っぽくて感激だったけど、
あのピサの斜塔みたいな欠陥住宅の修理はかなり苦労でしたよ」
うっ。
黒のコートで包んだ長身がスッと寄ると三井の顔を覗き込んだ。
「忘れてました?」
くっ。
「困ったなあ」
クスリと笑うと、仙道は固まる三井の頬を長い指で触れてきた。背筋をチリッと怖
いものが走る。
「もう忘れたりしないように、オレ、三井さんの顔型を造ってバレンタインに顔チョコを
プレゼントしますね」
いつもよりヒンヤリとした指先が造作を確かめるように、ゆっくり頬を滑る。後ろめ
たさと怖さからウル目の波が打ちつけるがけっぷちにあっさり追い詰められた三井
は、とうとう音をあげた。
「か、格好良くないと受け取ってやんねーぞ」
仙道は顔を三井の耳元に近づけると声のトーンを落とした。
「なら、オレの顔チョコとペアでプレゼントですね。だってオレの隣に居る三井さん
は見るたびに惚れ直しちゃうほど格好いいですから」
ニッコリと花がほころぶチューリップ。厚顔な花弁を呆れ果てて唯見つめている茶髪。
その後ろではバレンタインコーナーのハートの風船が熱っぽく揺れている。
傍目には、チョコより甘く蕩けるような愛を囁き合っている二人だった。
そして当日。
仙「三井さん、どうぞ」
三「ゲッ、お前本当に作ったのかよ(゚o゚)」
仙「もちろんですよ。ささ、開けてください(^_^)」
三「し…しかたねえな(-_-;」
(恐々とラッピングを開く音)
三「へえー。上手く出来てるじゃん(・。・)」
仙「褒めてくれるんですか(⌒▽⌒)」
三「うーん。格好いいっていうよりカワイイだけどよ。いいんじゃねーの(^_^)」
(仙道、心の中で『アキラ感激』をする)
三「チョコの大きさがずいぶん違うな」
仙「オレのは髪を立ててますからねえ。で、三井さんの方は顔が小造りだし」
《上品で雛人形のお姫様って感じなんだよね》
(*チョコ製作中にそれに気付いた仙道は、男のくせにおひな祭りケーキの飾り用チョコも
ちゃんと作っていたりする)
三「お前の髪。これ、作んの結構大変だっただろ」
(仙道チョコを手にする三井)
仙「そうなんですよ」
三「俺、こういうの見ると折りたくなっちゃうんだよな。エイッ」
(パキッ、とチョコの髪を折る音)
仙「アッ!」
(仙道、頭を押さえる)
三「ウメエ!ん? どうした?」
仙「今折られた場所がズキズキと…」
三「そうなのか? うりゃ!」
(再びチョコの髪が折れる音)
仙「クッ!」
(仙道、頭を押さえて蹲る)
仙「み、三井さんー」
(三井、ニヤリと笑いチョコを箱に戻す)
三「なあ、この顔チョコで去年某掲示板に書かれたことを知ってっか?」
(仙道立ち上がりながら)
仙「いいえ」
三「店のショーケースに並べてあったのに、朝見たら俺のチョコの上にお前のチョコがキスしてる
みたいに重なってたとか、その重なった部分が蕩けてたとか書いてあったんだぜ」
仙「……」
三「全く腐女子はロクなことしか考えねえ…。オイ!何やってんだ、お前!」
(仙道、三井の肩に顎を乗せ、背から回した右手は三井のシャツのボタンを器用に外す。
裾から潜り込んだ左手は胸のあたりで散歩をする)
三「や、やめろ! バカヤロウ!!!」
(仙道、真っ赤になって暴れる三井を難なく押し倒す)
仙「俺たちもチョコみたいに熱く重なって蕩け合いましょうね〜」
三「い」
(三井残りの言葉はキスで塞がれてしまう)
後には寄り添う二人のチョコだけが残される。
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