私の家には私が生まれた時に買われて来た育児・家事用のアンドロイドが居る。
彼女、無機物であり性別など関係のない彼等だが、外見が女性型である事からここでは彼女と記そうか。
彼女は私が生まれた時から共に在った。
眠る時も目覚めている時も泣いている時も笑っている時にも、排泄の後始末の時にも授乳の時にも彼女はそこに居た。
長じるにつれ彼女と居る時は減っていった。だが、幼少期から私の家族との記憶の中には彼女が居た。
未だ顔のインターフェスが未発達な時期に購入されたアンドロイドだった事から彼女は笑顔になる事は無かったが肩に置いてくる手の僅かな仕草から温もりを感じられた。
彼女は、産みの母と対になるもう一人の母だった。
15の時、両親が彼女を廃棄して新型のアンドロイドを購入しようかと相談していたのを聞いて私は激しく反発した。
もう一人の母である事以上に、彼女が私の傍から離れるのが嫌だった。それは、容認できない出来事だと感じられたのだ。
結局、私はバイトを始めた。廃棄処分を止める替わりに私には彼女を整備してコンディションを整える義務が生まれたからだ。
18の時、学校で告白された。
その時私は完全に冷めていた。その子のどれほどの想いを込めたであろうか解らない言葉をたった一言。
「ふぅん・・・」
これで打ち砕いてしまった。その子には当然泣かれその後その子の友人の女子達から非難され、男の友人達からも色々と言われた、「もったいない」とか「酷い奴だな」とかいうのが大半だったように思える。
そしてその日、家に帰って彼女を整備している途中で、彼女に言われた。
「もう18年、貴方に仕えさせていただいて私は同じ型の仲間の中では、多分、一番の幸せ者です。でも、この頃とても怖いんです。”私”は何時まで貴方におつかえできるのか、と」
私は言葉に出来ない「何か」が胸に込み上げてくるのを感じた。腕は、気がつけば彼女を抱きしめていた。
それが、いつのまにか彼女を母としてではなく一個の女性、異性として愛し始めていた。いや、愛していた自分に気がついた。
しばらく、彼女と今までどおりに顔を合わせるのがなんとなく気まずかった。彼女はアンドロイドなのだから別にそう言う事は無いだろうが、私のほうはそうもいかなかった。
そして、はたと気づいた。
「私」は”人間”で「彼女」は”機械”だ。
暫く私は悩みを持った苛々を彼女にぶつける日々を過ごした。それでも彼女はすこし悲しそうで、私を心配する風情を見せるだけだった。それが私を余計に責め、苛んだ。
そんな日々の中、私は変わった友人を得る。彼はまぁ、一般に言う両刀だとか言われる分類の人間だった。彼が余りにも節操が無いので聞いてみたのだ。
「そんなに男女の別なしに愛を説くが、周りの目は気にならないのか?」
と、そうしたら、彼はこう言った。
「他人は僕に男を好きになるなという!何故だ!?僕は男しか愛せないわけじゃないぞ、僕が愛せればそれは女だろうと男だろうと牛だろうと馬だろうと月だろうと、僕が愛情を向ける相手以外は文句を言える筋合いじゃない!そんなこと言う奴等は単なる投石器だ! 無駄に人の恋路に社会的倫理とかいう名前の岩の障害物を作る投石器だ!投石器では邪魔はできても僕を止める事は出来ない!僕を止めて恋路を断つ事ができるのは相手だけ、だ!」
彼は何故か自信を持ってそう言い放った。彼は、その岩に潰されない確信を持っているのだろうかと思ったものだ。
人の出生率が低下し、倫理とは別の次元でも男女が愛し合う事が良しとされるこの時代においても、彼はそれを堂々と叫んだ。
そして気障にこう、締めくくる。
「神様がどうとか旧来の倫理がどうとか人口がどうのとかそんなことどうでも良いんだ。というか、僕は、そんなことに縛られる程度の恋は、したくない。不用だ!」
まぁそこで私は「相手に嫌だと言われたくらいで引き下がるなら、それこそどうでも良いんじゃないか?」と聞いたのだがあっさりこう返された。
「それは一回くらいじゃ諦めないさ、でもね、相手が本気で嫌がっているのが解ったら僕は自分から身を退くんだ。本気だからこそ、諦められるって事も、あるのさ。
完敗だった。
それから私は彼女に告白する。しかしそれは新しい悲しみを知る。
彼女にとって、人間は「マスター」「マスターの為に友好的にもてなすべき人々」「マスターに害なす人々」この3種類しか居ないのだ。
彼女は「私」が「私」で在るがゆえに愛するのではなく「私」が「マスター」で在るがゆえに愛するのだ。
決して
「私」という”存在”を
愛する事は無いと気づいた。
確かに、それに気づいた時私は虚ろになった。しかしそれでも、湧きあがる想いは尽きない。
たとえこの想いが私の独り善がりの単なる彼女に対する依存だと言われても、私には抑える事が出来ない。
そして私は「人でなし」になった。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
そして、現在の私。あれから彼女は各部部分部品の使用耐久年数を超過したため一切動く事はなくなった。
動かせないと言った方が正しいだろうか。
そして私は毎日毎日。彼女であり、彼女であったそれぞれの部品を磨き上げ、接吻する。
私は、人でなしだ。
完
この話しは続かないし続き書く気も無いし、なにより誰もこんなのの続きいらんだろうということで。
書庫に戻ろう・・・ここは、危険だ