「にゃっ!?」

 ……ドンッという音といっしょに目が覚めた。
 目を開いた先にあるのは、うちのリビングのソファと天井。
 寝起きのボーッする頭で考えてみる。
 ……あれ? わたし、何してたんだっけ……?
 ……えっと……ああ、そっか。
 くーちゃんが来てくれて遊んでいたらうとうとして……ソファでお昼寝しちゃったんだ。
 それでソファから落ちた、と。
 そこまで考えて起き上がろうとして、

「なのは……どうした? ……助けようか?」

 部屋の光を遮って現れた人影に、声をかけられた。
 逆光で一瞬顔は見えない。でも男の人の声だったからわたしは迷わずに……

「うん。助けておにぃ……」

 口を開こうとして、固まった。

「――――」

 目の前の光景が何なのか分からなかった。
 何が分からないのか分からない。
 だけど、何かが心の中から湧き上がってきて――

「――――。助けて、おとーさん」
「ああ」

 だから何も考えずに、口から言葉が出るままに返事をした。



 わたしをあっさりと抱き上げたおとーさんに、もう夕方だって言われて慌てて着替えた。
 ……ううん、お母さんに着替えさせてもらった。
 だって、浴衣はわたし一人じゃ帯とか締められないし。
 そう。
 今日は盆踊りの日で。
 おかーさんとおとーさんにいっしょに行こうって前から言ってたんだった。





『It is no use crying over spilt milk.but……』
(元ネタ:魔法少女リリカルなのは)





「〜〜♪」

 お祭り会場となった公園の中心に造られた櫓の方から、太鼓を叩く音がドンドンと響いてくる。
 その中をわたしは歩いた。カランコロンと下駄の音を響かせて。
 櫓の周りで盆踊りを踊っている人たちを見れば、後で踊ろうと期待を膨らませ。
 夜店を見れば、あれ美味しそう、あれ面白そう、と見てるだけで楽しくなってきた。
 年に一度の盆踊りをわたしはすごくはしゃいで過ごしていた。
 そんなわたしを、おとーさんたちは後ろの方からニコニコしながら見てくれてる。
 何でなのか、それが一番嬉しくて楽しい。



「にゃ〜……また失敗」

 夜店で何か遊ぼうと、輪投げをやってみた。
 でも一つも景品を取れないまま、あれよあれよいう間に残る輪っかはあと二つに。

「なのは、頑張れ!」
「うん! ……えいっ!」

 今度こそ入れと投げた輪っかは……やっぱり入らなかった。
 それどころか、今までで一番景品から遠いところに飛んでいって。

「あはははははははははははははっ!!」
「にゃ!?」

 同時に、いきなりすごく楽しそうな笑い声。
 ……わたしはその声に、驚いた。
 大声だから、突然だから、じゃなく、その声が、その声であることに。

「……アリサ、ちゃん?」
「あははっ! なのは、下っ手くそね〜!」

 声の方へ振り向いた先には……愉快そうに笑うアリサちゃんがいた。

「アリサちゃん……何で……」
「何でって、あたしもお祭りくらい来るわよ。お盆だし」

 あはははって笑うアリサちゃん。
 だけどわたしはそれに何も返せなくて、頭とか心とかがいっぱいになって……。

「……うん。そうだよね」

 ……そうして、ストンと理解した。

「あら、なのはのお友達?」
「あ、はい。アリサ=ローウェルです。はじめまして!」
「はい、はじめまして。なのはの母の高町桃子です」

 おかーさんとアリサちゃんが挨拶を交し合っている。
 おとーさんは……アリサちゃんとは一瞬だけ視線を合わせて、笑顔で軽く頭を下げあっただけ。
 2人のその時の顔が、すごく優しくて落ち着いていて……
 だからわたしは、今はそれを見なかったことにした。
 手に残っていた輪っかを思い出し、最後の一つを入れようとゲームに戻る。
 ……この、最後を楽しもうと戻る。

「あたしが見てるんだから頑張んなさいよ!」
「もっと落ち着くんだ。肩の力を抜いて」
「なのはー。景品、いいの狙おうね」
「うんっ」

 アリサちゃん達の声を受けて、わたしは最後の輪っかを投げた。



 その後は、アリサちゃんもいっしょにお祭りをまわった。
 夜店を見て、盆踊りを踊って。
 すごくすごく楽しい時間。
 だからこそわたしは……分かっていた。

 ――ああ、こんなに楽しいこれは、もうあるはずもない、夢なんだって……。


◆  ◆  ◆


「…………」

 ……ドンッという音といっしょに目が覚めた。
 目を開いた先にあるのは、うちのリビングのソファと天井。
 すぐに感じたのは……わたしの顔をつたう温かい滴。
 それでわたしは楽しい夢から覚めたことを理解して……だから泣いていることを、納得した。
 そこまで考えて起き上がろうとして、

「なのは……どうした? ……助けようか?」

 部屋の光を遮って現れた人影に、声をかけられた。
 逆光で一瞬顔は見えない。でも男の人の声だったからわたしは迷わずに……

「うん。助けておにーちゃん」
「ああ」

 いつもみたいに、おに−ちゃんがわたしをひょいっと抱き上げてくれる。
 その途中でわたしの顔に気付いて、おにーちゃんは少しだけ目つきを変えた。

「……泣いていたのか」
「あ……うん」
「怖い夢でも見たか?」
「ううん。楽しい夢。アリサちゃん……もういない友達と、おとーさんが出てきたの」
「……そうか」

 おにーちゃんはそれだけで分かったみたい。どうしてわたしが泣いていたのか。
 頭を無言で撫でてくれて、だからわたしは流れる涙を止めようとせず――しばらくおにーちゃんの胸に顔を押し付けて、泣いた。


 おにーちゃんが教えてくれた。
 お盆って、死んでしまった人たちが帰ってくる時なんだって。
 だから、やっぱり、って思った。
 さっきの夢は、アリサちゃんとおとーさんが帰ってきてくれたんだ、って。
 もう会えなくなったけど、この時期には夢でも会えるんだって。
 おにーちゃんに話したら、そういうこともあるな、って言ってくれた。
 わたしは、うん、そうだよね、って言って……
 ……だからもう一度だけ、嬉しくて悲しくて、泣いた。

<了>



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