ばいばい。
 またあした。





『茜色の時間』
(オリジナル)

<注:本作はお題SS5回目『日々日々平凡』の続編です。
  出来ればそちらから先に読まれることをオススメします>





 さて。
 僕と彼女は、物心ついた頃には既に互いを知っていた。所謂幼馴染というやつだ。
 家も近いし、何の因果か腐れ縁か通う学校もこの歳までずっと同じだった。
 殆ど兄弟姉妹のように育ち、僕らの間に遠慮なんてほぼ存在しないだろう。
 そういう気安さがあるからか、遊ぶ時も大概は一緒だった。
 普通、男というやつは小学校の高学年くらいになってくると「女の子と出かける」というのを嫌がる……らしいのだけど、僕は、僕らはそうはならなかった。
 何故かと自問すると、やはり僕が平凡平坦、日々平穏を望み、普通に変わり映えしない毎日を愛する人間なのだからだと思う。
 もし幼い頃の僕が「何故彼女とばかり一緒にいるのか」と聞かれたら、多分こう答えただろう。

 『一緒に遊ぶ相手? そんなの別にあいつでいいじゃないか。わざわざ変える必要なんてないんだし』

 と。
 でも……いや……だけど。
 最近になって、別の理由もあったかもしれないと思うようになったのだけれど。何故なら、僕は、彼女を、だから、僕は、彼女に……………。



 ――閑話休題。



 ……思考が僕らしくない方向にいってしまった。話を戻そう。
 幼少の頃から毎日のように一緒に出かけて遊んでいた僕らだから、その回数と同じだけ別れの挨拶を繰り返してきた。
 多分、少なくとも日本の子供の大部分がそういう毎日を送ってきたように。
 日が落ちてきて、明るく辺りを照らしていた太陽が夕焼けになってきた頃に、

 ばいばい。
 またあした。

 そう言って手を振って、さして離れていないそれぞれの家に帰っていくんだ。
 夕焼け小焼けで日が暮れて、カラスが鳴くから帰りましょとばかりに。
 茜色に染まった空の下で、今日の楽しさと明日への無意識の期待を胸に秘めて。
 だから赤い夕焼けは僕らにとっては今日の別れの象徴で、そして明日の出会いの約束を交わす標だった。
 流石に今のように成長してからは必ず日没前に帰宅するなんてこともないけど、それでも大抵の場合は、夕暮れ時が帰宅の時間だ。
 僕も彼女も今まで習い事の類は一切してきていないしという理由もあるし、遅くまで遊び呆けて親を心配させることもしないから。



 …………で、だ。

 さて、夕方だ。
 夏の夕暮れ時。
 今日は雲一つ無い快晴。
 美事なまでに綺麗な夕焼けが空に映える黄昏時である。
 だけど。
 僕は言えない。
 彼女は言えない。

『ばいばい』
『うん。また明日』

 なんて、いつものやりとりが出来ない。
 お互い微妙に視線を逸らし合い、何を話せばいいものかと言葉を切り出せないでいる。
 できることといえば、

「………………」
「………………あぅ……」

 などと、沈黙を貫くことだけ。
 頬をほんのりと赤くして。
 ……だって、こんな状況で言える筈ないじゃないか。
 ばいばい、なんて言って帰ることなんて出来ないじゃないか。
 このまま帰りたくなんて、ない。
 僕らがいる場所は、お互いの家ではなくその近くの場所でもない……その、アレな建物の中なんだから。
 平々凡々を好む僕が、あの日彼女に告白して、OKをもらって、付き合い始めてから初めて入った場所なんだから。
 だからここについて詳細なんて知らない。
 僕が知る筈がない。
 ただ何とはなしに入ることになったこの建物について、覚えていることはただ一つ。



『御休憩 \4,000〜』



 ……どうやら、夕焼けに新たな思い入れができそうだ。
 僕の平凡な日常が変わっていくことと、引き換えに。

<了>



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