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『賢者の贈り物』という話がある。 多分誰でも1回は聞いた事がある話しだと思う。 粗筋は確か、 『あるところに貧しい夫婦がいた。クリスマスに夫婦は互いに贈り物をする。 夫は妻の髪の為、大事な時計を売って金の櫛を買った。妻は夫の時計の為、髪を売って時計の鎖を買った。 結局互いの贈り物は無駄になったが、相手を想うその心は夫婦にとって何よりの贈り物となった』 と、こんな感じ。 いい話だ。うん、実にいい話だ。 すれ違っても相手を誤解しないあたりが、特に。 『そして2人は花を見て』 (元ネタ:この青空に約束を) 「あ、星野」 「さえちゃん」 梅雨の、雨上がりの夕暮れ。 帰宅しようと校門を出たとこで、さえちゃんとばったり会った。 結構珍しい偶然だ。 「何でこんな時間にいんのよ。もう7時だよ?」 「雨止むまで待ってたら、さ。ほら、今朝は珍しく晴れてたじゃん? 傘が無かったんだよ」 「もう。天気予報くらい見ろっての」 だってもう二人で同じ家に、つぐみ寮に帰ることはないから。 普通の「先生と生徒」が待ち合わせて帰ることはないから。 だからこれは偶然。 「そういうさえちゃんはどうなんだよ?」 「……き、教師には色々あるの!」 でもそれは決して望んでないことではなく。 俺達は顔を見合わせると、自然に並んで歩き始めた。 俺は自宅へ、さえちゃんはアパートへ、それぞれ道が分かれるまでの一緒の帰り道。 その道を、二人話しながら、進む。 「なんだ。さえちゃんも結局雨やど」 「うるさい!」 遮られた。 「それより、こんな長い時間一体何してたの?」 「雅文たちとだべってた」 「ずっと?」 頷くと、さえちゃんは大袈裟に溜息一つ。 「他にやることあるでしょ、受験生アンド生徒会長」 説教口調になりつつも、さえちゃんの顔は小気味よく笑ってる。 俺達はずっとこんな感じだ。この程度しかできない近さ。 半年前に「卒業までは教師と生徒」でいると決めて、3ヶ月前につぐみ寮の皆と別れてから…… 俺達はずっと、こんな「ちょっと仲の良い先生と生徒」な距離感を保ってきた。 間違っても恋人ではなく。 と、そう柄にもなく考えていると。 「あひゃっ!?」 突然さえちゃんが悲鳴を上げた。 「どうした?」 「星野ぉ〜、いきなり首に冷たいのが……」 さえちゃんはうなじに手をやりつつ、顔を上に向けた。 俺もつられて見上げると……って、あー、あれか。 「あじさい?」 「あれから雫が落ちてきたのか」 色鮮やかに咲いた紫陽花がたっぷりと雨水を纏って、塀を乗り越え歩道にせり出ていた。 塀の向こうはこっちより地面が高いのか。 「はー……こんなとこに咲いてたんだ。知らなかった」 「俺も。毎日歩いてるのに」 ま、目線より高い位置なんてあまり見ないし。 「……」 さえちゃんはしばらく紫陽花に見惚れてたけど、ふと何かを思い出したか小さく、あ、と呟いた。 そして少し寂しそうな顔をして、 「……ねえ。あじさいの花言葉って知ってる?」 なんて訊いてきた。 花言葉って、そんなの俺が知ってるわけ……いや。確か隆史さんに、 『花に興味ない女の子はいても嫌いな子はまずいないからな。覚えとくのに越したことはないぞ』 とか言われて、花言葉の本を読んだことがあったんだ。結局あまり読まなかったけど…… 「あー……多分、知ってる」 おぼろげだが、少し記憶があった。 「へえ、知ってるんだ」 意外ー、と言って、からかうような顔になる。でもその眼には寂しさが僅かに、 でもってそれより少しだけ多く、何か期待するような彩が含まれてるように見えた。 だから俺は隆史さんに感謝しつつ……「先生と生徒」でもありうる程度に、 多分さえちゃんが望んでいるだろう言葉を、 「今の俺達にぴったりの言葉だよな」 と、さりげなく、でもはっきりと口にした。 で、こう言えば愛すべき駄目人間なさえちゃんは…… 「……ほ・し・のぉ?」 って一瞬ですげー怒ってらっしゃる!? 「え、俺変なこと言った!?」 「星野……」 さえちゃんは応えず、こっちをジロリと一睨み。 「あんた……さっきの本気で言ったの?」 いつになく怖い声で、目尻に涙まで滲ませ迫ってくる。 なもんだから、落ち着かせようととにかく返事を、 「う」 「ばかぁぁっっ!!」 「ぐはっ!?」 しようとして、でも『うん、そうだけどちょっと落ち着いてくれよ』の最初の一語を口にした途端、 さえちゃんのビンタが顎にクリーンヒット。 「もう、この、星野なんかぁ! うわぁぁんっ!!」 静みたいな癇癪を起こして走り去るさえちゃん。 で、その姿をぎゅるぎゅる回る視界の端に捉えながらも。 「顎は危険……」 俺は追うことも出来ず、地面に突っ伏した。 「さー雨上がったよレオパルドンお散歩だよってうわ! 誰か倒れてるーって 航くんわたるくんわったるくん!? どしたのこんなとこで! 新手の遊び!?」 「……茜、俺何か悪いこと言ったかな……あとうるさい……」 「いきなりそんなの言われてもわかんないしっ!?」 ◆ ◆ ◆ 後日。 紫陽花の花言葉には複数の意味があることが、会長との電話で判明。 『あんたが考えたのは「耐える愛」の方。多分さえちゃんのは「移り気」とか「変節」の方じゃないの? きっと否定して欲しかったんだろうねぇ』 「……う」 『うろ覚えなら知らないって言った方がダメージ少ないのに。航……相変わらず馬鹿だねえ』 「うがーーっっ!」 その後、互いの意図の違いによる誤解を解くのにさえちゃんに謝り倒す羽目になった。 その際会長に頼ったことを知られ、改めて大激怒されてまた顔に紅葉をつくることになったが。 ……俺たちはどうやら賢者にはなれないようだ。 「うわ、航くんわたるくんわったるくんだー! 何でまたあじさいの下で寝てるの!? やっぱ新手の遊び? この島の風習とか!?」 今度は文句言う気力も無かった。 紫陽花、嫌いだ。 <了> |