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『ゆきだま』 (元ネタ:とらいあんぐるハート3) とある冬の日。 天候は雪。 ゆきだるまマークで埋まった天気予報を裏切らず、雪は明け方からずっと淡々と降り続けていた。 海鳴大の食堂で昼食を摂っていた忍は窓の外を一瞥してそんな様子を見て取ると、呆れと感心が混ざった声で呟いた。 「わ、結構積もってきたね」 「そうだな」 その声に、同じく昼食中の恭也が応じる。 「今日一日降るらしいし夜には結構積もるかも。ね、いつもの鍛錬って大丈夫なの?」 「問題ないよ。むしろ好都合だ。美由希にはいい経験になる」 忍が案じたのは、恭也と美由希の深夜の実戦訓練のことだ。積雪による足場の悪化を気にしたのだが……恭也にとっては歓迎すべき事態のようだ。戦い難い状況、という訓練の条件を増やせるのが良いらしい。 「相変わらずのスパルタだね」 「厳しくなくては鍛錬にならないからな」 「あははっ、美由希ちゃんも大変だ。んー、でもホントどれだけ積もるかな? 雪合戦が出来るくらい積もったりして」 「……月村、もしかして雪合戦したいのか?」 「ううん全然。忍ちゃんは根っからのインドア派ですから」 そんなおどけた風な言葉に、恭也はくすりともせず真顔で「だろうな」と返す。 だが直後、不意に何かを思い出したような顔になると、 「しかし、雪合戦か……」 遠い目で、ポツリと呟いた。 そう口にした恭也の瞳は哀切を湛えていて、視線は何処かを遥かに見遣ってるよう。 そのように、忍には感じられた。 「た、高町くん? 何、どうしたの?」 常日頃から無表情という言葉を体現している恭也だ。そんな彼の突然の表情の変化に、忍は何事かと驚いた。 内心の焦りでどもりつつ、訝しげに訊ねてしまう。 「いや、昔、とーさんと雪合戦したことがあったな、って……一度、だけ……」 「……あ」 しまった、と忍は思った。なんてことのない会話のはずが、気まずい話題を振ってしまった、と。 知っていたのに。彼は父を尊敬し、ずっとその背中を追い続けていることを。 そんな父との一度きりの思い出。とても大切で、今では少し胸を刺すような大事なものなのだろう。 きっと彼は懐かしそうに、しかし隠し切れない寂しさを確かに滲ませてその記憶を語る筈だ。 そうさせてしまうだろうことを忍は申し訳なく思った。だからその前にさりげなく、しかし深い謝罪の念を込めた「ごめんね」を言おうと口を開き…… 「もっともその一度で十分過ぎたわけだがな……!」 ……その前に発せられた、「あんにゃろう」と言わんばかりの怨嗟の声で口を半開きのまま止めてしまった。 えーと……あれ? 懐かしさは? 父との思い出に対する切なさは? 遠い目が、いつの間にか睨むような目になってるよ? 「あのー、高町くん?」 「ああ、すまん。少し思い出し怒りをな」 そんな言葉は無い。 「その、まだとーさんが俺を連れて旅を続けてた頃の話なんだが……」 ◆ ◆ ◆ 「さて、今日くらい鍛錬は忘れて親子らしく遊ぼうじゃないか」 「…………待て」 「折角雪があるんだし雪合戦なんてどうだ?」 「…………待てといっている」 「ん? 雪合戦、知らないのか?」 「そうじゃなくて!!」 苛立ちを隠しもせず恭也は叫んだ。 周囲……具体的には吹雪とか吹雪とか猛吹雪とか、とにかくこれでもかというくらい冷気に支配された世界を見渡しながら。 「ここはどこだ!」 「雪山」 しかも真冬の北八甲田連峰。雪中行軍は死の香り。 「何で俺達はそんな所にいる!」 「そりゃ山篭りだからな。雪で足がとられる環境での修行も大切だぞ」 そう主張する士郎に無理やり連れて来られ、雪など二度と見たくなくなるほど恭也はしごかれたわけだが。 「何でそんな所でわざわざ雪遊びしなくちゃならないんだ……大体今日の鍛錬は休みってとーさんが言ったんだろう」 士郎が天候を見て「今日はさすがに鍛錬はやめとこう」と言ったのがほんの一時間前だったりする。 「だから『鍛錬は』休み。『遊びは』やるけど」 遭難しろバカ親父。 「……中で筋トレする」 付き合ってられるかと恭也は士郎に背を向け、仮宿としている無人の小屋へと歩いていく。 その背中には年齢一桁の少年とは思えないほど苦労と哀愁が漂っていった。 が。 「せいっ!」 ――ビュン、と音がした。 小屋の扉に手をかけた恭也の耳を、何かが凄まじい速度で掠めていった。 その『何か』はズガンッ! とけたたましい音をたてて扉に衝突。それでようやく恭也は『何か』が何なのか悟った。 雪玉だ。剣の達人の超握力で固められ超強肩で射出された雪玉――否、既に『白い岩塊』――だ。 それの激突で扉は無惨に破壊され…… 「…………」 恭也は、頭のどこかがブチンと切れる音を聞いた。 無言でしゃがみ込み、雪を集めて両手でギュッ。 一つ造ればそれを傍らに置き、次の雪玉をギュッと握る。 ギュッ、ギュッ、ひたすらギュッ…… 「あー……恭也?」 息子の様子に、さすがにふざけすぎたかと不安になった士郎が恐る恐る声をかけた。 恭也はそんな父に対して、普段は全く見せない笑顔をにっこりと浮かべると、 「……そんなにやりたいなら好きなだけ味わえ!」 子供離れした握力で思い切り固めた雪玉を、全力で投げつけた。 ◆ ◆ ◆ 「……それで雪玉の投げ合いになったんだが、やはり身体能力差は如何ともし難くてな。身体中に何十発も銃弾のような雪玉を食らって……少なくとも三回は昏倒したよ」 「…………」 「その後は後で、両手の霜焼けがひどくてな」 「…………」 「結局乗せられて雪合戦をした俺も悪いんだろうが……二度とあのバ、いや、とーさんと雪山には行くまいと誓ったよ」 「あ、あはは……」 拳をギリギリと握り締め虚空を睨んでそう呟く恭也を前に、忍は引き攣った笑いを返すことしかできなかった。 雪合戦ができそうなくらい雪が降り積もった、ある冬の日のことだった。 <了> |