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一乃谷愁厳は、ふと思い出していた。 ああ、そういえばこんなことがあったな、と――。 『それは、瞬く間の』 (元ネタ:あやかしびと) とある平日の、放課後のことだった。 「そーいやよ。首斬られた奴がまばたき出来るのかって実験あったよな」 常のように、皆が生徒会室に集まっていた。 だがトーニャ君や双七君、すず君の姿は未だない。もっとも昨日の段階で掃除当番で遅れると連絡を受けていたので、別に心配することも目くじらを立てることもない。それは皆も承知の上だ。 よって急ぎ会議を始める必要も無く、彼らが来るまではと皆雑談などをして過ごしていたのだが…… その中で、突然刑二郎が先のような奇妙なことを言い出したのだ。 「あんたね……いきなりナニ怖いこと言い出すの」 「あー、昨日テレビでそういうのやってて、ちょっと思い出してな」 「ふふ、それはいいのですが、何故上杉先輩は僕をご覧に?」 相変わらずこの上無く悪そうな顔色で、愛野君が口を開いた。 む、いかんな。後僅かでも刺激を与えると吐血しそうだ。 「はぁ……まあいいけど。確かにそんな実験はあったわよ。幾つかある内で一番有名なのが1905年の、フランスのボーリュー医師による実験ね。ランギーユという囚人がギロチン刑になったんだけど、その時医師に指示されたの。斬首の後名前を呼ばれたら瞬きで返事をするようにって。で、その結果は30秒位の間に2回の返事。3回目の呼びかけに返事はなかっ…………みんな? どうしてそんな『うわぁ……』って目であたしを見てるの!?」 「あ、あはは……その、なんといいますか……」 「……すごいのです」 姉川君と新井君が、引き攣った顔で辛うじてそれだけ言った。 いや、気持ちは分かる。……ん? そうか。刀子も同意見か。 「……さくらちゃんも美羽ちゃんも、言いたいことははっきり言っていいのよ?」 「そんじゃ遠慮なく。お前よ、そんなグロくて気味悪ぃ話よくあんだけ細かく覚えてんな。もしかして趣味かって痛い!? はっきり言ったらグーで殴られましたよ俺!」 「刑二郎に許可した覚えはないわよ?」 七海君が拳を握り締めたまま、不適に笑っている。眼は全く笑っていないようだが。 ふむ、生徒会長という立場上暴力は看過出来んが……あれは一種のスキンシップだ。 刑二郎が痛がるだけで済むのだから、放置してよかろう。 「ふふ、首ですか。そうですね……僕も何度か首が取れたことはありますが、いつも痛みで気絶してしまいまして。果たして意識が残るのかという問いには答えかねますね」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………誰がお前のリアルホラー体験談求めたよ……」 愛野君の発言で皆が一斉にひいてしまった。 「お待たせしましたー! すいません掃除が長引い、ちゃっ、て…………あのー、何でこんなに静かなんですか?」 「双七くんが遅れたから怒ってるんでしょ。まったくもー」 「掃除が無駄に長くなったのはどこぞの管狐が不器用にもゴミ箱をひっくり返してしまったからなのをお忘れなく」 「誰が管狐よこの露西亜製陶器女!」 「落ち着け二人ともいやマジでお願いします! ……で、何があったんですか?」 「……いや、気にしないでくれ。是非とも」 遅れてきた双七君の問いに答えられたのは、俺だけだった。 全く、いつもながら彼らといると退屈しないな。 ――――。 ああ、そうか。刀子も、そう思うか。 本当に、そうだな……。 ◆ ◆ ◆ ああ、そういえばこんなこともあったな―― 一乃谷愁厳は、ふと思い出していた。 あの、なんでもない日常の一時を。 今、この時に。 この、逢難との、文字通りの死闘の最中に。 幾度も身体を貫かれ、四肢を裂かれ、首を飛ばされ続ける中に。 「斬首の後も意識は残るのか、か……」 実験にはまさに今が絶好の機会なのだろうが、確かめることは叶わない。 何故ならここは精神の世界。魂の宿り場。愁厳が意思を強く持ち続け、まさに死ぬ程の痛苦に屈さぬ限りは、仮初めの身体を幾度破壊されようとも瞬時に――魂が削られ塵とならぬ内、という制限はあるとしても――復活するのだから。 そう、瞬時に。それこそ瞬きをする間に、だ。 愁厳は思う。 全く、世の中はうまくいかぬものだ。瞬き終わる頃に首が戻っていては実験のしようがないな、と。 本当に、全く何事もうまくいかぬものだ…… 「ん? 何かほざいたか?」 「気にするな。戯言だ」 逢難の怪訝な声に、愁厳は平静な口調で返す。 それは対手に精神状態を悟られる愚を犯さぬ為でもあるし、また死闘の途中に雑念を持ってしまった自分に対する戒めでもあった。 雑念。 ああ、確かに雑念だ。 今身を置くこれは死闘。 愁厳にとって自分の命と身体、そして何より妹の全存在がかかった、天地が逆になろうとも負けてはならぬ戦だ。 勝機が万に一つも無いと理解していようとも、自らの魂を無にまで削られようとも、決して挑むことを諦めてはならぬ戦だ。 だからそのような中で、戦闘と刀子以外のことを思考の淵にでも巡らせていい筈が無い。 だが…… 「もし、生きてまた刑二郎達に会えたなら――」 ……だが。 それでも愁厳は、それもまた善しと、僅かながら考えていた。 先の致命傷を受けた際、復活までの瞬く間、頭に浮かんだのが仲間達との日常で良かったと思っていた。 刹那の時、否が応にも闘えなくなる瞬間に頭にあるのが、そんな暖かな思い出で良かったと思っていた。 何故ならそれこそが、そんな『瞬く間に思い描ける程度の些細な時間』こそが――今自らの心を決して折れさせぬ支えであるのだから。 そんな時をこれからも刀子に過ごさせてやる為に、俺は文壱を振るっているのだから! 「――教えてやるか」 ――首を落とされた時に出来たのは、瞬きなどではなく、お前達との思い出を頭に浮かべることだった、と。 愁厳はそう心中で呟き、斬撃を逢難に向けて放った。 そしてまた、幾百目かの、致命となる傷を―――― <了> |