『ぼくと彼女は変わらない?』
(元ネタ:オリジナル)

<注:本作はお題SS4回目『日々日々平凡』、8回目『茜色の時間』の続編です。
          出来ればそちらから先に読まれることをオススメします>





 ぼくは平凡に生きてきたと思う。
 穏やかな、という表現が最も似合うだろう、劇的な変化とは無縁の平坦な時間。
 そんな日々をずっと過ごしてきた。
 勿論そのことに不満なんてない。
 それは、ぼくの育った環境がそう思わせているということもあるだろうし、またぼくの生来の性格が平穏を好むものだからということもあるかもしれない。
 だけど、その、ぼくが現状に不満を覚えない最たる理由は……
 それは、多分……ぼくが好きな、彼女が、いたから。

 小さな頃からずっと一緒だった彼女。
 彼女はぼくと一緒にいてくれて。
 ぼくも彼女と一緒にいて。
 ぼくらにとってはそれが普通で。
 だからぼくは退屈なんて感じなかったんだって……冷静になって思い返してみれば、そう思う。

 事実、彼女と過ごす時間は退屈しなかった。
 例えば、今はさすがにやらないけれど、小さな頃は所構わず走り回って遊んだものだ。
 それだけでも、彼女がいてくれたから楽しかった。
 そして、小さな頃からの遊びといえばもう一つ。
 まず彼女がいきなりぼくに手を差し出してきて、何だろうと思いながらもぼくがそれに自分の手を合わせる。する彼女はぼくの手を優しく握ってくる。そうして繋がった手を上下に振って、何が楽しいのかにこーって笑うんだ。
 最初にこれをやられたのはいつだっただろう。
 思い出せない。それくらい小さな頃だったと思う。
 この、何の意味があるのか分からない、遊びといえるのかも分からない行為。
 何故か彼女はこれが好きみたいで、突然手を差し出してくることがよくあった。
 正直、ぼくはこの行為を別に楽しいとも思わない。
 だけど、彼女が楽しそうに笑う顔は好きだから……
 結局ぼくも、実はこれが結構好きってことになるのかもしれない。



 さて。
 だけどこの行為、最近あまりやらなくなった。
 それは別にぼくと彼女の仲が悪くなったとかじゃくなく……
 実は、彼女にちょっかいを出すやつが現れたからだったりする。
 いや。現れた、というのは正しい表現じゃない。
 だってやつは、彼女ほどじゃないにしろ、小さな頃からぼくや彼女とよく一緒にいて遊んだ、友人なんだから。
 ……やつは、結構いい奴だ。
 一緒にいて楽しいと思えたし、だからこれまで仲良くやってこれた。
 ……だけど、最近になってその認識が変わった。
 ちょっと前から、やつが彼女を見る眼が変わったからだ。
 やつは明らかに好意を込めた瞳で彼女を見るようになって、以前よりも長く彼女の傍にいようとした。
 彼女もそれを嫌がらず――残念ながら、やつはいい奴だから――その結果、やつと一緒の時間を増やしてしまった。
 となれば、自然とぼくと彼女が一緒にいられる時間は減ってしまう。
 それに伴って、彼女がぼくの手を握ることも少なくなったように思う。
 ぼくに向けられる彼女の笑顔が、少なからずやつに取られたように思う。

 …………なんか、嫌だ。
 それは、なんか、嫌だ。
 ああそうだ。
 気に食わない。
 ぼくは彼女が好きだし、彼女もぼくを好きでいてくれるだろうけど、やっぱり気にくわない。
 あまつさえ、やつはぼくの見てる前で彼女の手を握ったこともある。
 そして、彼女に笑いかけてもらったんだ。
 ぼくと彼女がそうする回数は減ってしまったというのに。

 ……ああもう! そのことを考えるだけでなんだか腹がたってきた。
 まったく、本当に気に食わない!


          ◆  ◆  ◆


「おじゃまします」
「うん、いらっしゃーいアンドただいまー」

 学校帰り。
 僕らはそう言って、彼女の家に上がった。
 それと同時に、廊下の奥のリビングから飛び出した小さな影。
 この家で飼われている小型犬だった。
 小さな足音をたてて、廊下を一直線に駆けてきた。
 彼女の声を聞きつけて、いつものように出迎えにきたんだろう。
 出迎えというか、じゃれつくためだろうけど。

「あ、ただいまーっ」

 彼女は微笑を浮かべると玄関でしゃがみこみ、走ってきたそいつを迎え入れた。
 ふんわりと柔らかな体毛に包まれた身体をひとしきり撫でる。
 そうした後で、「お手」と言って右手を差し出した。
 するとそいつはふかふかの肉球のついた前足を元気に彼女の掌に乗せた。
 彼女はにっこりと向日葵のように笑い、そいつの手をそっと優しく握って小さく上下に振りだした。

「握手、あーくーしゅー」

 なんて言いながら。

「ていうか、君は昔からそれが好きだな」
「んー、そうだよー」

 一回やったら妙に楽しいっていうかハマッちゃってさー、とは何年か前の彼女の弁。
 確かに、彼女の意見も解らなくもない。
 一度僕も試しにやってみたが、肉球の柔らかさやふわふわの毛に包まれた前足の感触、それらとこの犬の可愛らしさが相俟って、中々手を離し難い幸せな気分になってしまったのを覚えている。
 だが……

「最近僕はそれをしたことがないんだけど」
「なーんかこのコに微妙に避けられちゃってるもんねー」

 そうなのだ。
 何故か僕は最近こいつに避けられている。
 こいつが彼女の家にもらわれてきてからずっと僕なりに可愛がってきただけに、実は結構ショックだ。
 ……僕にも懐いていた筈なのだが。

「あははっ。実は妬かれてたり? ほら、このコあたしが一番好きだからさー」
「はは、まさか」

 確かに避けられるようになったのは、僕と彼女が付き合いだしてからだ。
 それにこいつが彼女に一番懐いているのは事実だけど……まさか、な。
 犬にそんなこと解るわけないか。

「そんなことないだろう」

 苦笑で彼女の言葉を否定して、僕は未だ彼女と握手を続けているこいつを見下ろした。
 ――瞬間、眼が合った。
 それは何故か僕を睨んでいるようで。
 何かしただろうか? と僕は本気で悩みだした。 

<了>



お題SSぺぃじTOPに戻る