休日の午後。美由希は海鳴市立図書館を訪れていた。
 何か面白い本はないかと並び立つ書架の間を歩くが、そうして幾つ目かの棚を巡った時にまず目に入ったのは車椅子の……

「って、あれ、はやてちゃん?」
「あや、美由希さん?」

 妹の友人と友人の姉は、読書好き同士ぺこりと挨拶を交し合った。





『ペンとか誤解とか』
(元ネタ:魔法少女リリカルなのは)





「で、美由希さんにオススメの本とか教えてもろてな」

 八神家の夕餉の卓。その場で、はやては今日の出来事を皆に楽しそうに話す。

「ミユキ……確かなのはの姉貴だっけ? あんま顔覚えてねーけど」
「……先日、花見の幹事をリミエッタ執務官補佐と共にやって下さった方だろう。忘れてどうする」
「うるせーな! たまたま覚えてなかっただけだろ!」
「まあまあ。ご飯時なんやからケンカはあかんよ」
「も、申し訳ありません」
「ご、ごめん、はやて」
「ええよ。でも、ヴィータは美由希さんのことは知っといた方がええなぁ。友達のお姉さんやし」
「なのはは別に友達じゃねぇ!」
「じゃあライバル? シグナムとテスタロッサちゃんみたいに」
「テ、テスタロッサはライバルなどでは……」

 二者二様の反応を返す2人。それを見たはやてとシャマルは満足したように笑った。

「あ、そんでな。美由希さんって家に代々伝わる剣術やってるんやて。シグナムも剣遣うて言うたら興味持ったようやったで」
「ほう。自家伝来の業を修めているなら相当の腕前でしょうね」
「美由希さんは謙遜しとったけどなー」
「でもあの悪魔の姉ってんならさ、実はやたら強くて手加減知らずなんじゃねーの」

 ヴィータが悪戯げな顔でもらす。
 だがその言葉で皆『全力全開』な光景を思い浮かべてしまい、

「……ありうるかもなぁ」

 一様に乾いた笑いを浮かべた。


          ◆  ◆  ◆


「え? なのはの家族、ですか?」
「ああ。剣術を修めていると聞いてな」

 あの日から数日後。
 フェイトと模擬戦を行ったシグナムは、休憩中にふと思い出したことを尋ねてみた。

「ええ、御神流っていって、凄く強いですよ。恭也さんに一度立ち合ってもらって体感しました。あ、勿論バルディッシュは使わずに。……攻撃と防御に殆ど魔力を使わなかったから、全然相手になりませんでしたけど」
「……なに?」

 その言葉に、シグナムは軽く驚嘆の声をあげた。それ程の実力とは思ってもみなかったからだ。
 しかも。

「攻撃と防御と言ったな。ならば身体行動には魔力を使用したのか?」
「はい」

 しかも、魔力を用いた速さを以ってしても圧倒されたというのだ。驚かずにいられる筈がない。

「それほどの遣い手とはな……」
「ええ、さすがなのはのお兄さんです」

 予想以上の話にシグナムは感心したように呟き、フェイトはどこか誇らしげに胸を張るのだった。



 その会話以来、シグナムは考えるようになった。
 何故フェイトは恭也に負けたのか、を。彼女の少々正直過ぎる刃筋が読まれたにしてもあの速度では限度があるだろうに。
 その理由がシグナムには分からず、彼女はしばらく悩める日々を送っていた。
 そんな折。

「あ、美由希さん!」
「はやてちゃん、また偶然だね〜。あ、シグナムさんもこんにちわ」
「あ、ああ、どうも」

 はやての付き添いで図書館を訪れたシグナムは、そこで美由希とバッタリと会ってしまった。
 冷静を装って返事をしたが、突然の最近の悩みの種との遭遇に内心狼狽する。

「今日はどないしたんですか?」
「この前借りた本を返しにね。後、また何か面白い本ないかなって」
「あ、そやったらええのがありますよ」

 楽しそうに会話を弾ませるはやてと美由希。それを見たシグナムは、2人の話の邪魔をしないよう、少し離れた位置から見守ることにした。
 そうして、再び思考の海に没頭する。
 何故、彼らの剣はフェイトを圧倒したのか――
 幾ら考えても答えは出ない。
 悩んで、悩んで。そうして彼女は思考のループに陥いっていく。

 ――その時だった。



「そーいや『ペンは剣より強し』って言いますもんねー」



 主が会話の最中に放った一言が、シグナムの耳を貫いたのは。
 ――な、ペンは剣より強し、だと?
 筆記用具が刃よりも強い? 馬鹿な。
 いや、待て。
 主はやては今、美由希殿との会話の中でそう仰った。
 ならば、先程の言葉が高町兄妹の強さの根拠となりうるものか?
 つまり恭也殿は木刀の他にペンを用いて戦ったから勝ったのか!?
 ……いや待て。ありえない。
 落ち着け。クールになれ烈火の将。
 先程の言葉の意味を考えろ。
 あれは単純な言葉通りの意味ではない。
 剣より強いのは、ペンによってもたらされるもののこと。
 すなわち、記された言葉と、記す為のもの。
 !!
 ……そうか分かった!
 こういうことか!
 つまり!
 要するに、強きはペンで書かれたものの集合、すなわち書物!
 書物は厚く重く、有効に使えば攻撃、防御、目眩ましにも使える!
 何より書物を突然武具として扱うなど通常考えつくことではない!
 あの言葉の意味は、本という日常的なものでも扱い方次第で剣さえ圧倒しうることを示すものなんだよ!!

 な、なんだってーー!?
 悩みまくって実はヤバイほど脳が疲れていたシグナムの脳裏にトンデモ理論を展開する眼鏡男が爆誕した。AAは省略だ。

「つまりテスタロッサは本を突然用いられ動揺し、隙を作ったのか。確かに隙があれば勝てはしない。美由希殿が本好きだというのもこれが理由かもしれん。だがそれが分かれば! ……美由希殿!」
「は、はいっ!? 何ですか!?」
「テスタロッサの雪辱戦として貴女に試合を申し込みたい!」
「は……はあ?」
「本は何冊用いられても構いませんっ!」
「はあぁっっ!?」

 シグナムの、決意に満ちた声が響いた。
 それは凛として、ひどく澄んだ声だった……。

 



 後日、冷静になったシグナムがあの諺の本当の意味を知って切腹したくなったりするが、それはまた別の話。
<了>



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