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心臓がばっくんばっくんいってる。 その割に身体は驚くほど冷えているように感じる。 冷や汗ダラダラ、背筋はひんやり。 俺は自分をそうさせている原因――右手に持っている手紙――を凝視しつつ、かつ現実逃避したい気持ちを抑えつつ。 とりあえずそうせずにはいられなかったので……叫んでおいた。 「うおわああああーーーーっ!! すまん俺が悪かったああああぁーーーーーーっっ!!」 「うるさいぞ」 兄貴に怒られた。 『恐怖! 十五夜の日に潜む快・怪!?』 (元ネタ:わたしたちの田村くん) 真夏の暑さもおさまり、蝉のかわりに鈴虫の鳴き声が聞こえるようになってきた9月半ば。 のとある朝。 「…………おはよ田村」 「お、おは、よう……」 登校しようと家を出たら不機嫌顔の相馬にお出迎えされた。ビビって挨拶がどもってしまう。 美人が怒ると迫力あるという説は真実のようで、だから出来れば無視したかったのだが……そういうわけにもいかないか。相馬だし。 「……どうした?」 「どうしたって? この天気見て分からない!?」 おおう。かなりお怒りですね相馬の広香さんや。 さて……しかし、天気か。 周囲をちらり。朝だってのに日光なんて微塵も差してない。代わりにあるのは薄暗さと湿気。及びざぁざぁうるさい雨。雨。雨。 「土砂降りだな」 「そうよ雨よ! 田村は残念じゃないの!? 折角の十五夜なんだし、今日は一緒にお月見しようって約束してたじゃない……」 相馬は目を吊り上げて怒りをアピールし、かつ最後は寂しげな顔で俺に訴えかけるという強烈コンボを喰らわせてきた。 う……そんな寂しそうな顔されると……ちょっと、悪いなって気分になる。 だって、俺は今日が雨で喜んでる……というより安心してるから。 別に相馬と月見すること自体が嫌なわけじゃない。でも相馬の気持ちを俺は知っちまっている。だったら2人で何かするのは、松澤への裏切りになるんじゃないか? それに十五夜といえば満月で……満月は、というか月はどうしても松澤を思い出させるし、松澤に見られてるという錯覚すら感じさせる。 だから、俺は月見には全然乗り気じゃなかった。約束した相馬には悪いけど。 というか確かに約束はしたが、一方的に取り付けられた気がするぞ。 「そ、そんなことはない、ぞ?」 「じゃあ何で目逸らすの?」 俺の視線の先ではどなたかの家の壁がこんにちわ。はいこんにちわ良いお天気ですね雨ですが。 「……い、いや。けど、仕方ないじゃないか。雨、なんだし」 「……」 心中を悟られませんようにと視線を逸らして言ってみた。が、相馬は少し黙ったままでいて…… 「……そうだね」 ポツリとそう呟いた。同時に俺に叩きつけられていた視線が緩くなる。それで俺は安堵してしまって、 「だったら、代わりにカラオケ行こうよ。室内だし二人で遊べるし、いいでしょ?」 「あ、ああ」 「良かった。えへへっ」 あまり深く考えず、二つ返事で頷きを返してしまった。 それからの道は、2人とも途切れ途切れに言葉を交わすだけだった。 すっげー気まずかったけど……俺は松澤を裏切らずに済んだことで内心ホッとしてた。 だから、その時は気が回らなかったんだ。 教室に入る前に相馬が「ちょっと電話してくる」なんて言って妙に笑顔で、というかニヤリとした顔で携帯握り締めて歩いていったのを……気にせず見送ってしまったんだ。 廊下の端で電話する相馬の口元を読唇術で読み取っていれば――いや、そんなのそもそも出来ないんだが――あいつの口が『も し も し た か う ら く ん』と動くのを見て取れた筈なんだ。 筈、なんだ……。 で、結局水面下でナニが動いているか気付かなかった俺は放課後カラオケにドナドナされ……ってうわ。ここ、三Bの同窓会で使った店だ。 相馬さんや。これは何のあてつけですか。 引きつった顔で相馬の方を見ると…… 奴は無言で二コリ。いや、ニヤリ。 俺も頑張ってニ、ニコリ? そんな見た目だけは微笑ましいやり取りを交わした後、店員に案内されて部屋に入った。 その後は……もう色々忘れたかったから歌いまくった。 無心でボエ〜と歌いまくったさ。 月見の代わりだからと『十五夜お月さん』を歌った時以外はな。 「ちょ! 何で泣きそうな顔してんのよ!?」 「じゅうごやおつきさん〜♪ うう……」 だってこの歌、結構松澤の境遇とかぶる点があるし……そういやこうして相馬と2人でカラオケってのはまた松澤を裏切ってることになるのか……? ……ええい! 来てしまった以上考えるのは後だ! 「もいちどあいたいなあぁ〜〜っ!!♪」 「なんで投げやりに歌ってんの!?」 ◆ ◆ ◆ ……数日後。 微妙に後ろ暗い気分で毎日を過ごしていたところに、その暗澹さを一気に吹き飛ばすものが届いた。 手紙だ。 宛名は『田村 雪禎 様』。差出人は『松―― 「っしッ!」 ポストから取り出したその手紙を潰れない程度に握り締め、弾かれたように走り出す。 手紙! 松澤からの手紙! 玄関開けて靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がりってうわ痛ぇっ!? ……階段踏み外して脛打った。 だが、ええい! この程度の苦痛なんぞ松澤(の手紙)のためなら何のことも無いわ! 痛みをこらえ、立ち上がってダッシュを再開。階段を最後まで駆け上がり、部屋に飛び込んで扉を閉める。扉に鍵をしたいが生憎俺の部屋にそんなものはない。 邪魔が入らないよう祈りつつ、封筒を破らないように注意して開けた。 そうして出てきた便箋には、松澤のきれいで小さい文字が―― 「……え?」 ってあらやだナニこれ? 手紙の最後。 他の文字よりも少し小さく書かれてたその一文が、何故かすぐさま俺の目にとまり…… 『――ところで、相馬さんと2人でカラオケ行ったんだよね?』 叫んだ。 冗談抜きで心臓が止まりそうになり、全力で絶叫した。 視界の隅では、窓ガラスを通したその先で、真ん丸から少し欠けた月が黄金色に輝いていた。 <了> |