水夏SS、お嬢及びさやか先輩のネタバレ(微妙に)ありです。
出来る限り『水夏』プレイ後に読まれることをおすすめします。
では…。



その口塞げ!!






キーンコーンカーンコーン…

チャイムの音が教室に響き渡る。
それからすぐに教師が授業をやめ、室長の号令で挨拶。昼休みとあいなった。

そして皆思い思いの行動を取り始める。
購買へ行くのだろうか、教師が教室を出るより早くダッシュをかけ、マッハの勢いで飛び出して行く奴も いた。
ショートカットとばかりに窓から飛び降りる奴も。

………ここ、3階じゃなかったか…?
…まあいいか。
とそんな事を考えていると、不意にポン、と後ろから肩を叩かれる感触。

「稲葉。お昼にしようか」
「ああ。もうかなり腹減ってるよ」
「はははっ、そうだな。僕もだよ」
俺もいちいち他人を気にしている暇もないので、友人のすすめに従って昼食をとることにした。
こいつの名前は上代蒼司。おれがこの学園に編入したときに最初に友達になった奴だ。

蒼司がおれの隣の席の奴にことわりを入れ、おれの席とくっつける。
その間におれはバッグから弁当を取り出した。

稲葉のから通うようになってから、おれは毎日弁当を持って来ている。
言っておくが、誰かに作ってもらっているのではない。
妹も学園生活を始めるということで、二人で一緒に弁当を作っているのだ。

何故か3人分を。

お嬢は弁当作りを手伝ったりしない。
つーかあいつは毎日ギリギリまで寝てる。
毎日おれが起こしに行って、その度にちとせと華子に冷やかされ続けて早数週間だ…。

で、気がついたら何故か上代は自分の席からも椅子を持ってきていた。

「なあ、上代」
「何?」
「何でここには計3つの椅子があるんだ?」
「いや、まあ……ははは、いいじゃないか。とりあえず食べよう」
「…?? ………ああ、そういうことね。分かった…」
「頭の回転の速い友人で助かるよ…」

いや、だってお前、弁当二箱持ってるし。

こいつには彼女がいる。
しかも凄まじく美人の先輩が。
どこぞの先輩つながりで見た目はお嬢様なんだが、その中身は……

「蒼司くーーんっ。お昼食べよーーっ」

って考えてる間に来たよあの先輩は。
相変わらず能天気に教室の扉を勢いよく開けて。

そのまま周囲を気にせずにズカズカとおれたちの方に向かってくる。
いや、実際他の生徒たちも先輩のことを特に気にしてないが。
その理由は…

「こんにちは、さやか先輩」
「どうも」
「はろはろー、蒼司くん♪。それに、宏くんも。今日も一緒にお昼しに来たよー」

そういうことだ。
この人はほぼ毎日おれたちと(というか上代と)一緒に昼食を食べに来る。
上代も上代でちゃんと二人分の弁当作ってきてるし。
聞いた話では妹にメデューサの如く睨まれながら。
俺の数少ない友人に、Amen。



白河先輩はちゃっかり用意されてた椅子に座り、蒼司が持ってきた弁当箱の箱を開けた。
その瞬間の、嬉しそうな中に混じった微妙に引きつった表情を俺は見逃さなかった。
そりゃあ自分より遥かに上手い食事を、彼氏に作られちゃあな…。
彼女曰く「女の子のプライドを打ち砕く」料理らしい。

「う、うわぁー。相変わらず美味しそうだねぇ。さっすが蒼司くん」
「ははっ、どうも。それでは…」
「うん。いただきまー…」


「ちょっと待ってぇーーーーっ!!」


昼食、食べ始める前に中断。
…いや…というかな…。

俺は無言で席を立ち、たった今大声を上げた奴のところに向かった。
周囲は白河先輩の時と同様、おれたちにほとんど関心がないよう。
……それほどまでに日常化してるおれたちの関係者の行動がちょっと哀しい。
で、そいつはちょっと不満そうな顔で教室の入り口に立っていた。
その後ろでは我が妹が「ねえ、やっぱりお兄ちゃんちょっと怒ってるよ…」とそいつの袖を 引っ張りながら心配げな顔で話し掛けている。
妹よ、出来るなら事前に注意してやってくれると兄は嬉しいぞ。

というわけで俺が注意を。
そう思ってそいつの前に立った。

「おい、お嬢…」
「ひどいよ、ボクたちを待たずに食べようとするなんて!」
「お嬢……あのな…毎日毎日高等部までわざわざ昼食食べにくる必要もないだろっ!
それに教室に入るなり大声あげるなっ!!」
「うー……だって…」
「だって…何だ?」
「ごはん食べるときとか、出来るだけあなたと一緒にいたいんだもん…」

あーー……その…何だ。
上目遣いで、寂しそうな顔でそんな事を言うのは…その…反則だ。
そうだった。こいつはそうだった。
今まで多くの人々の哀しみを見ながら、ただ独りで魂を運び続けて。
そんなこいつが、自惚れるわけではないが俺を好きになって。
おれも本気でこいつが好きになって。
そして、やっと死神をやめて普通の生活が出来るようになった。
そんなこいつにそんな顔をされるとおれは何も言えなくなってしまう。

「はぁ…」

短く溜息を一つ。

「分かったよ。ほら、上代たちもいるんだし、一緒に食おう」
「あ……うんっ」
「はーいっ」
おれの言葉に、お嬢とちとせは二者それぞれの笑みを浮かべ、可愛らしい返事をした。
それを見て俺は苦笑した。

二人を連れて自分の席に戻る。
上代と白河先輩はまだ食べずにおれたちを待ってくれていた。

…いや、上代。
その冷やかすようなニヤニヤした顔はやめろ。
お前だって白河先輩とやってることは同じようなものだろ。

「こんにちはーっ。さやか先輩」
「今日もお邪魔します」
「うん、こんにちは。お嬢ちゃん、ちとせちゃん」

お嬢たちはさっさと挨拶を済ませ、席についた。
………何で二つ椅子が追加されてる?

「あ、ちゃんと二人の分も僕が用意しておいたから」

納得。





「………それでねそれでね、蒼司くんったらねぇー」

その後他愛も無い話をしながら昼食を皆で食べ続けた。
殆どを食べ終わった現在、白河先輩ののろけトークが続いている。
やれこの前街でデートしただの、やれ“恋人同士の肖像画”をお互い向かい合って描いただの……。
まさに白河先輩前回だ。
はっきり言って聞いてるこっちが恥ずかしい。
いくらいつもの事と言っても。
上代は「あのさやか先輩そのへんで…」と真っ赤になって止めようとしている。
が、この先輩はそんな事全く聞きはしないのであった。
お嬢は興味津々で、ちとせも頬を染めながらもやはり興味ありげに相槌を打ちながら話を聞いていた。

ふと思う。
この場に上代の妹や、あのツインテールの子…確か若林とか言ったか、彼女らがいたらさぞ凄まじい 惨状になっていただろう……と。

「それでねー。蒼司くん、お休みの日は毎朝うちに来て私を起こしてくれるんだよー」
「へー、ボクと一緒だね」
「お嬢ちゃんも? それじゃあちとせちゃんは?」
「あ、私は朝はちゃんと一人で起きてまし、お嬢ちゃんはお兄ちゃんに起こして欲しいそうですから」
「うん。それにね、ボクはお休みの日だけじゃなく毎日起こしてもらってるんだよっ」
「おいっ!お嬢っ!」

黙って聞いてればこいつは何を言い出すんだっ!
そんなの教室の中で喋られたら…



ザワ ザワ… ザワ ザワ…

(おい、聞いたか。稲葉って…)
(毎朝あの娘を…そういや妙に仲いいしな…)



あああああ……。
転校してから築き上げたおれの地位が…。
また一つ崩れていく…。
ちなみに最初に崩れたのは、ちとせとお嬢の二人に抱きつかれて登校したとき。
それを聞いた白河先輩が羨ましがっておれたちのまねをしたのはご愛嬌。

「うう…いいなぁ……あ、そうだっ♪ねぇ、蒼司くん♪」
「無理です無茶です不可能ですお断りします」
「えぇー。何でー」
「俺は毎朝先輩の分のお弁当まで作っているので先輩の家に寄ってる時間はありません。 それ以上に、早い時間に出かける理由を妹が知ったら今度こそ俺はどうなるか…」
「うーん…分かった、諦めるよ」

マジで神妙な顔をして、というか恐怖に震えて言う上代の言葉に、渋々といった表情で白河先輩が応えた。
おれ……妹からの慕われ方が普通でよかったな…。

「えへへー。じゃあボクだけが好きな人に起こしてもらってるんだねー」
「なっ!?」
「お嬢ちゃんっ。今そんな事言っちゃダメだよ」

全くだ、妹よ。
白河先輩の方を見ながら心配げに言わなければもっとよかったぞ。
そんな挑発するような事言うと白河先輩が…。
あ。ほら、ひきつった笑顔。
上代はそれを見て青くなってるし。

「へ、へぇー。でもまだキスしてもらったことはないよねー」
「キス……? ああ、ちゅーなら毎日してるよ」
「って言うなーーーっ!!!!」



ザワ ザワ… ザワ ザワ…

(おい、稲葉ってもしかして…)
(今までそうじゃないかと思ってたけど…)
(ああ…ロ○コンかな…)



ふふふ…俺の評価ガタ落ちだぁ…


サワ サワ…

いや、その擬音違う。



「お、お兄ちゃん…」

妹よ…公衆の面前で恥をさらしてしまう兄を許せ…。

「ふ、ふーーん…でもね、お嬢ちゃん。私は蒼司くんともっと凄いことやってるんだよー。 想像つかないでし…モガッ?」
「先輩っ!! 何言ってるんですかっ!」
「もっとすごいこと…?」

上代が真っ赤になって白河先輩の口を塞いだ。そりゃあもう凄い勢いで。
突然口を塞がれた白河先輩は目を見開いてむーむー言ってる。
白河先輩も無意味にお嬢へ対抗心燃やして何を口走ってるのか…。

「さやか先輩…お願いですから場所を考えてください…」
「ムムゥーー…ぷはぁ…。だって、蒼司くんと最近シてないし、 だからお嬢ちゃんが羨ましくて…」
「だからっ!」

俺はそう言ってもらえる上代が羨ましい。

「もっと……? うーーん…」
「お嬢ちゃん…一体何だろうね」

君たちはわからんでよろしい。
というか考えないで。
お嬢に変な事(但し真実)を言われる前に会話を終わらせよう…。
ちとせの情操教育と、何より俺の穏やかな生活の為に。

「さ…この話はこのへんにして。もうすぐ昼休みも終わ…」

そう言いかけた俺を遮るかのように、お嬢は……

「あっ! 分かったっ。裸で抱き合ったりすることだっ!」

無邪気な声で爆弾発言をしてくれたのでありました。










静寂。










「あ、あのな、お嬢……」

「それならボクもあなたとよくやってるよね」

俺に抱きついて笑顔で言ってくれやがる水夏っち。

その一言で教室は大騒ぎになりましたとさ…。










………さようなら、俺の学園生活…。





その後。

その日を境に、周囲の俺に対する目が完全に変わった。
っていうか蔑みの目?
学校では廊下を通る度に噂をされた。
おかげで中等部の校舎には行けなくなった。
ちとせはしばらく俺と顔をあわせると、顔を真っ赤にして俺と目を合わせようとしなかった。
華子には………意識失うまでボコられた。


…これからは、ちゃんとお嬢に恥じらいというものを教えよう………。


<終わっとけ>



<後書き>

何だ、コレ…。
初めての水夏SSがこれかい…。

色々あってへこんでる時に、再起しようと一発ギャグとして考えたのですが…。
ギャグ?
むしろ壊れ系ですか?

…でも実際、お嬢とさやか先輩なら平気で口走りそう。
特にお嬢。
だって彼女…(以下省略)。