楓ちゃん誕生日SSです。
即興です。
お暇のある方はどうぞ…。



木枯らしの吹く中で、あの人と




「楓。待って。一緒に帰ろ」
「あ、ごめんなさい。今日は寄るところがあるから…」

誘ってきた友人に申し訳ないと思いながらも断りを入れた。
もっとも、断られたほうは何とも思っていないようだが。

「そうなんだ。ふぅん…まあいいや。それじゃ、また明日」
「うん。さようなら」

こんなものだ。

友人と別れて校門を出た。
冷たい風が肌に痛い。
そろそろ秋服では辛くなってきた。
陽が落ちるのも早い。
こうして学校帰りの時間にはもう陽は傾きかけている。
どこの部にも所属していない私の帰宅時間ですらこうなのだから、部活動を している者が帰る頃には辺りは完全に暗くなっているだろう。

ヒュウ、と風が吹いた。

「きゃっ」

濃紺のスカートがはためく。
めくれそうになるのを片手で押さえながら、その風の冷たさに少し震えた。
木枯らしは素足に厳しいようだ。
本当に寒い。
姉妹にもよく言われるが、私は寒がりだ。
冬の朝は本当に布団から出るのが億劫に感じる。

少し足を速めた。
周囲の景色の流れが僅かだけ早くなる。
いつもなら赤い紅葉を鑑賞しながら家路についているのだが、今日はそうは いかない。

私の足は家には向かっていないのだから。

路地を歩いていくと商店街に行き着く。
色々な店に目もくれず歩く。
商店街を抜けたら隆山駅へ向かう。

しばらく歩くと大通りに出た。
その先には、広いロータリーを持つ駅が見える。
観光地らしく、「ようこそ隆山へ」なんていう看板が大きくたてかけられている。
見慣れた光景。

「はぁ、はぁ…」

息が少し荒い。
知らない間にかなり早足になっていた自分に気付いた。
そんなにも、急いでしまったのだろうか。
そんなにも、会いたかったのだろうか。
そう考えて頬が赤くなる。

歩調を緩め、呼吸を整えた。
ゆっくり、ゆっくりと駅に向かって歩く。
立ち並ぶお土産店の横を通り過ぎる。

駅には思い思いの方向に足を向けている人々。
その出口に立っている、見覚えのある人。
私が会いたかった人。
手に缶コーヒーを持ちながら手持ち無沙汰にしているみたい。
誰かを待っているのだろう。
私を待っているのだろう。

自然と頬が緩む。
さっきゆっくりにしたはずの足が、また速くなってしまう。

キョロキョロしていたあの人の顔が、私を見て動きが止まった。
かすかに笑うと、足元に置いていた荷物を持って歩き出した。
私に向かって、真っ直ぐに。

嬉しさがこみ上げる。
自然と足を早めた。
互いの距離がどんどん縮まる。

30メートル。
20メートル。
10メートル。
5メートル。
そして………。

1メートル。

お互い微笑んで目を見つめ合う。
会いたかった人が目の前にいる。
自分も大学があるというのに、今日のためだけにわざわざここまで来てくれた。
それが、久しぶりに会えた事以上に嬉しい。

「お帰りなさい……耕一さん」
「ただいま、楓ちゃん。それと……お誕生日おめでとう」

耕一さんが会ってすぐ言ってくれたその言葉。
今日学校でも友人たちに言われたが、今ほど嬉しいとは思わなかった。

「あ、ありがとう…ございます…」

だけど、私は真っ赤になってボソボソとお礼を言うことしかできなかった。
そしてそんな私に耕一さんは。

「はははっ。やっぱ楓ちゃんは可愛いなぁ」

と言って頭を撫でてくれた。
もう、真っ赤になって俯いているしか出来ない。
周りにいる人は何事かと思うだろうか。
撫でられて真っ赤になっている高校生と、それを笑いながら撫でている若者。
恋人同士が惚気ているとでも思うだろうか。

……恋人……。

ボンッ、とそんな音でも聞こえそうなほど顔を朱に染めた。

「こ、耕一さん! さ、早く家に行きましょう!」
「ん。な、何、急に」

ぱっと顔を上げた私は、そのまま私の頭を撫でてくれていた耕一さんの手を
取って早足で歩き出した。
耕一さんは慌てて自分の荷物を持ちついてくる。

急にって、仕方ないじゃないですか。
こんな人通りの多いところであんなことやってちゃ…。

知り合いはいなかっただろうか。
友人に見られてはいなかっただろうか。
見られていたら、明日からかわれる事は確定だ。
私の机の周りに集まって囃し立てる友達の顔が目に浮かんだ。

だから早く行こうと、耕一さんの声を無視して手を引っ張る。

「耕一さん! 早く。早く家に行きましょう」
「分かった、分かったよ。だからもうちょっとゆっくり…」

耕一さんの慌てた声が聞こえてきた。
私の突然の行動に驚いたようだ。
ちょっと、おかしい。

昔から、耕一さんが私を引っ張って、私がその後をついて行って……という のが私たちの構図だった。
今もそれは変わらない。
だからだろうか。
自分を急かす私の姿に耕一さんは慌てているようだ。
ちょっと、おかしい。

だけど、こんなのもたまにはいいかな。

耕一さんの大きな掌から伝わる温もり。
逞しい身体に抱かれているよう。
それだけで、秋の寒さも感じない。
とても嬉しい気持ちになれる。

うん。嬉しい。
楽しい。


家では妹が「お兄ちゃん」を今か今かと待っているだろう。
二番目の姉が私の誕生日の料理を作ってくれているだろう。
一番上の姉は、今日くらいは早く帰ろうと仕事を頑張っているだろう。


それまでの、ちょっとした楽しみ。
この楽しさも耕一さんがくれるプレゼントだろうか。
じゃあ、受け取ろう。


「楓ちゃん。ちょっと、どうしちゃったの?」


こうしている間も、実は恥ずかしさでいっぱいだ。
人前で耕一さんと手を繋いで歩いているのだから。
だけど、気にしないようにしよう。

ちらりと後ろを振り返る。
空いた方の手で荷物を持ちながら、困惑した顔でこっちを見ている。

「ふふ…」

本当に、なんだかおかしい。
もう手を引っ張る必要はないけれど、どうか家に着くまではこのままで。
私の思惑に耕一さんが気付くまではこのままで。

「楓ちゃん?」
「耕一さん。ほら、もっと早く」

耕一さんの手を引く力を強める。
歩調も速くした。

こんな子供じみた遊びみたいな行為。
これが、私が勝手に受け取った耕一さんからの誕生日プレゼント。
渡した本人にその気など全く無いというのに。
おかしい。

知らない間に私は笑顔になっていた。

「ふふ…」

うん。
こんなお祝いも、悪くない。
ねぇ、耕一さん。


<終>




<後書き>

というわけでいかがでしたでしょうか。
今年も11月15日がやってまいりました。

楓ちゃんの誕生日が15日である事を思い出したのが2時間前。
「何かお祝いをせねばっ!」
と思い立ち即興で書き上げました。
出来れば15日になった瞬間にお祝いしたいからですね。
時間との戦いで結構必死。
書き上げてみればなんだこれ、という代物でした。
あんまり誕生日は関係ない気がしないでもないです。

それでもお祝いはお祝い。
記念になれば嬉しいです。

では………

楓ちゃん。誕生日おめでとうございますっ!!


2001/11/15  ラルフ