* トオルさんのリクエストによるSSです。



君に、貴方に会えない冬





今年もこの季節がやってきた。
しんしんと雪の舞い降りる季節。
私があの人と出会った季節。
私があの人とお別れをした季節。

あれから1年。
私は無事大学に受かり、学生生活をそれなりに満喫していた。
友達も少なくない程度に出来た。
勉強も頑張っている。

だけど。

『自分が成し遂げられる何か』をまだ見つけられていない。
あの人――藤井さんとの約束。
私が何かを自分ひとりの力でやり遂げるまで会わない、そんな約束。
その約束を果たす最初の一歩すら踏み出さないまま1年が過ぎてしまった。

この1年、自分の『何か』を探し続けてきた。
必死にもがいてきた。
でも、見つからなかった。
それが心にひっかかかったまま、毎日が過ぎていく。

今は後期の試験も終わり、無駄に長い春休み。
暇を持て余した私は友達と買い物に出かけていた。
聞こえる友達の声。
はしゃぐ私の声。
だけど、どこか物足りない気がする。

あれから藤井さんはどうしているんだろう。
……お姉ちゃんとは、どうなったんだろう。
お姉ちゃん。
森川由綺。
藤井さんと最後に会った日からお姉ちゃんとは会ってない。
以前はよく会っていたんだけど、やっぱり……まだ会う勇気が持てないから。
だけど、もちろん私の方ではおねえちゃんをよく見かける。
この国の一市民として。
今や国民的アイドルとなった「森川由綺」をテレビの中で見かけられないことの方が珍しい。
ほら、今だって。

「あ、森川由綺の歌。そっか、今日って新しいマキシの発売日だったけ」

ふと通りがかったCDショップ。
そこには『森川由綺 ニューマキシシングル発売』といったありきたりな文字と ともに、ステージで歌うお姉ちゃんの姿が映ったポスターがベタベタと貼られていた。
「森川由綺ってすごいよねー。ここ最近すごい頻度でCD出してるじゃない」
「そうそう。私ファンでさ。森川由綺のCDなら全部持ってるよ。もちろん今回のも」
「アンタ……女で女性アイドルのファンってのはないんじゃない? ……まあいいわ、今度貸してよ」
「うん、いいよ」

お姉ちゃんについて楽しそうに話す友達の声。
それを私は一歩引いて聞いていることしかできない。

……お姉ちゃん、すごく頑張ってるんだな。
それに比べて私は何なんだろ。
藤井さんに向ってあんなに偉そうなこと言っちゃって。
こうしてただ友達と笑い合って、普通に大学行って。
それだけしかしてない。
嫌でもお姉ちゃんと私の差が浮き彫りになってしまう。
ああ、もう考えているだけでブルーになる。

「マナー。どうしたの? 行くよー」

気が付いたら少し先の方で友達が私を呼んでいた。
お姉ちゃんのポスターを見ながらちょっと考え込んでいてしまったみたい。

「ごめんごめん」

さっきまでの思いを表情に出さないようにして、苦笑いを浮かべて友達の所に小走りで走り寄る。

「どうしたのー? アンタも森川由綺のファン?」
「ん、え、いや……」

どうなんだろう。
お姉ちゃんのことは昔から好き。
綺麗で、歌が上手くで。 アイドルになってからも全く変わらない態度で私に接してくれて。
藤井さんとのことがあった今でもこの思いは変わらない。
それでも、ファンっていうのはちょっと違うかな。
お姉ちゃんはお姉ちゃんだし。

「ん、まあ、私も結構好きかな」

と、そんな風に曖昧に答えておいた。
彼女達は私と森川由綺の関係を知らない。
だって、話すと「会わせて」とか言われちゃうかもしれないし。
そういうのは高校の頃にも何度かあったから、今では誰にも話すことはない。
何より、今お姉ちゃんとどんな顔をして会ったらいいのか分からない。

「そっか。じゃあ今度私と心ゆくまで森川由綺について語り明かそうではないかね」
「あはは。何かそれアヤシイよ」
「まあまあ。こいつも仲間見つかって嬉しいんだよ」
「じゃあアンタも一緒にぃ」
「謹んで辞退します」
こうしてふざけあえる友人達。
ゆっくりとした街での遊び。
これはこれで大事なものだし、お姉ちゃんが今や持ち得ないものだというのは確か。
それでも、なんだろう。
私の心が声をあげる。

――ナニカ、チガウ――。










「じゃあねー、マナ」
「来週あたりまた会おうねー」
「うん、またねー」

夕暮れ時。
ちょっと早い気もするけど、友達が今日は夜にバイトが入っているというからこれで別れた。
電車にしばらく乗って、自分の家のある駅に向う。



……つもりだったけど、何故か私の足は藤井さんの家へと向いていた。
駅の改札を通り駅前に出る。
そういえば、藤井さんに初めて会ったのは駅だった。
あの人が定期を落として、それを私が拾って。

「ふふ……」

あの時の藤井さんの顔を思い出すと、自然と笑みがこぼれた。
だって、あんまりに間抜けだったから。
あの時は、ボケてる人だなぁ、とか思ってた。
だけど、どうして。


……こんなに好きになっちゃったんだろう。


今だって会いにいくつもりはなかったのに。
自分で藤井さんに誇れる何かを成し遂げる時まで会うつもりはなかったのに。
何で、私はこうして藤井さんのアパートへ向っているんだろう。

……自信が持てなくなっちゃったのかな。
あんなに頑張ってる、以前と変わらず輝いてるお姉ちゃんを見て。
そう、この1年間でも数え切れないくらいアイドルとしてのお姉ちゃんを見てきたけど……。
友達がはっきりとファンだって言ってるのは、なんか……
やっぱりお姉ちゃんは凄いんだって思い知らされた気がした。

いい、よね。
うん、いいよね。
1年も会ってなかったんだから。
まだ何もやってないけど。
ちょっと会って話すくらい、いいよね。

そう藤井さんのアパートの前まで来た。


藤井さんに会えば、また頑張れるはず。


あのクリスマスの日、一度だけ訪れた記憶を頼りに藤井さんの部屋のある階まで階段を上がる。


お姉ちゃんにも負けないように頑張れるはず。


カン、カン、カン

階段を上がる足が規則正しい乾いた音を立てる。


だから、また頑張るから。
今は会いたい。
いいよね……。


後もう3段。
2段。
1段。
後もう一歩踏み出して横に曲がれば藤井さんの部屋がある――。







「あ、あの、冬弥くん。私だけど……」

その時、聞きなれた声が聞こえた。
私だけじゃない。
今や日本中の誰もが聞き覚えのある声。

「おねえ、ちゃん……」

自分でも気付かないうちに出していた。
擦れるような、小さな小さな声。
瞬間、ハッとして足を戻した。
階段を上がりきらなければここは物陰になっていて、部屋の扉の方からは見えないようになっている。
身を隠したら、何故か安堵の溜息が出た。
それと同時に心に不安が沸き起こる。

何でお姉ちゃんがここに……?

いや、そんなの考えるまでもない。
別にお姉ちゃんと藤井さんは別れたわけじゃないんだから。
1年前のことだって、私が二人の間に入り込んだっていうだけなのかもしれない。

お姉ちゃんは仕事で忙しいのに、今みたいに藤井さんに会いに来る時間を作ってる。
勝手に『何かを成し遂げるまで会わない』なんて約束を取り付けて1年も会いに来ない私と違って。

やっぱりお姉ちゃんはすごいなぁ……。
そんなお姉ちゃんとずっと会ってて、前は……多分今でも付き合ってるんだから、
もう、藤井さんは私のことなんか気にしてないのかもしれない……。
それも、当然のことかも。
頬を雫がつたう感触。
涙が、少し零れる。
それを拭うこともせずに、私は壁からそっと顔を少し出して声のした方を覗いた。
二人のことが気になったから。

私が見ると同時にお姉ちゃんの前の扉が開いた。
出てきたのはもちろん藤井さん。
最後にあったときと変わらない。
あの……優しそうな表情。
でも、その眼差しは今お姉ちゃんに向けられている。

「あ、由綺。今日はどうしたの?」
「うん、ちょっと渡したいものがあって……」

二人は自然に会話をしている。
私が見ていることも気付かないまま。

「これ、なんだけど……」

お姉ちゃんが差し出したのは、今日発売のお姉ちゃんのマキシだった。
遠目からだけど、今日見てきたばかりだからよく分かる。

「あ、そっか。今日だったね、発売日」
「うん。本当はもっと早くに渡せたんだけど、やっぱり発売日前に渡すのは良くないかなって思って」
「ははっ。由綺は相変わらずだな。店によっては前日に置いてるとこもあるのに」
「えっ、ええっ? そうなの?」

相変わらずお姉ちゃんはボケている。
変わらないなぁ、って思うと、ちょっとだけ笑みがこぼれた。
少し優しい気持ちになれる。

「うーん……でも、一応発売日は今日だから。はい、冬弥くん」
「ああ、ありがとう」

お姉ちゃんの手から藤井さんにCDが手渡された。
それはお姉ちゃんのお仕事の、ほんの一部の成果。
でもそれを藤井さんにはっきりと示せて、渡す所を見ていると、やっぱり、辛い。
今の自分がよくよく小さなものに思えてくる。
今日は……帰ろう。
今藤井さんとお姉ちゃんの前に出て行くなんて出来ない。
二人が楽しそうに話すのを見ていたくもない。
それとも、もうずっと会わない方がいいのかな……。

沈んだ気持ちで回れ右をして、さっき上がってきた階段を音を立てないように降り出す。
きっと今の私はすごく暗い顔をしていると思う。

「それで……まだマナちゃんから連絡はないの?」

その時だった。
突然会話に混じった私の名前。
それに驚いて下に向う私の足が止まる。

「うん……残念だけど」
「そっか……」
「ごめんな、由綺。俺……まだ、お前かマナちゃんか、選べないんだ。
別にお前を嫌いになったわけじゃない。だけど……」
「うん、分かってる。でも、マナちゃんのことも好き、なんだよね……」
「ああ」

二人の会話がすぐには理解できなかった。
まだ……藤井さんは私のことを好きでいてくれてる?
待ってくれてるの?

「本当にごめん。お前を待たせる形になっちゃってるけど……」
「ううん、いいの。私もマナちゃん好きだし、きっと今頑張ってると思うから。だったら、応援したい」

呆然とした。
そして、不意に笑いがこみ上げてきた。
涙は流れたまま。
泣き笑い。

「……っ……ふ、ふふっ……」

それをこらえるのに必死になる。

「じゃあ、私もう行くね。弥生さん待たせてるから」
「ああ、またな、由綺」
「うん。マナちゃんに負けないように私も頑張らないと」

そう言って二人が別れの挨拶をする。
一切身体に触れずに、手を振って別れるだけ。

……それは……『私』がいるからという二人なりのけじめなんだろうか。

「じゃっ」

っと!
お姉ちゃんが階段の方に足を向けた。
つまりは私のいる方に。

やばっ。

そう思った次の瞬間には全力で階段を駆け下りていた。
途中からもどかしくなって、2段、3段飛ばしで飛ぶように下りる。
鉄製の階段がすごい音を立てているけど気にしてられない。
とにかく、今私がお姉ちゃんと顔を合わせるわけにはいかない。
下りる下りる。
1階に着いたら駅の方に全速でダッシュ。

途中、誰も居なさそうな公園を見つけたからそこに駆け込んだ。
道路からは見えないあたりのベンチを見つけると、そこに向って倒れるように座り込んだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

息が……切れる。
身体が酸素を求めて呼吸を激しくする。
ああ、こんなに走ったのは久しぶり。
高校卒業以来かも。

「ハァッ……ハァ……ハァーー……ふ……ふふ……あはははははっ!」

息が落ち着いてくるとさっきのわけの分からないおかしさがぶり返してきた。

「はははははっ! あははははははははっ!!」

ああ、もう何がおかしいんだろう。
だけど、笑いが止まらない。
あーもう、おかしいなぁっ。

「はははは……は……はぁ……はぁ……」

笑いすぎて腹筋が痛い。
呼吸が落ち着いたというのにまた酸素欠乏状態になってしまった。
そのまま深呼吸。
1回。2回。3回。
身体と、心を落ち着ける。

「はぁ……」

落ち着いてくると心に余裕が出来た。
さっきの事を思い出す。
………。
ああ、そっか。
それでおかしかったんだ。
私が勝手に落ち込んで、自分で言った約束をやぶりそうになって。
お姉ちゃんは今の私が頑張ってるって思って、応援してくれて。
二人で、私の約束を待ってくれて。
これじゃあこの1年間の自分が馬鹿みたい。
それで落ち込んで、弱音を吐いて、もう挫けそうになってる自分はもっと馬鹿みたい。
私なんか気にしなくてもいいのに、まだ私を好きだって言ってずっと待ってる
藤井さんとお姉ちゃんも馬鹿みたい。
私、まだ何にも出来てないのに。

ああ、もう。
私も、お姉ちゃんも、藤井さんも、皆馬鹿みたい。
だから、本当におかしかった。

けど、まだ私を待ってくれてるんだね。
お姉ちゃんと並べるチャンスはまだあるんだ。
だったら……。

まだ何かは見つかってないけど。
もう1年も待たせちゃったけど。

……だけど、もう少しだけ待ってね、藤井さん。
覚悟しててね、お姉ちゃん。

私、お姉ちゃんに負けないくらい……ううん、お姉ちゃんよりすごいことをやってみせるんだから。





「絶対やってやるんだからっ!!」


<了>



<後書き>

初めてWAのSS書きました……。
色んな意味で難産でした。

ギャグならいくつかネタはあったのですが、シリアスにしようと思うと……。
それにはどうしてもそのキャラをよく知っておく必要があるのです。
性格、口調、そしてシナリオの細部が分からないとシリアスは書けませんので。

しかし。

WAキャラってあんまり憶えてないんですよ。
唯一はるかの独特な口調とボケを憶えてるくらいで。

そんなわけで約2年ぶりに再プレイ。
あーー……相変わらず痛いゲーム。

やっぱりギャルゲーには向かないゲームだと痛感しました。
泣きゲーとは微妙に違う、本当に痛いゲーム。
特にマナちゃんのシナリオって、結局冬弥の気持ちがはっきりとマナちゃんには向いていないわけで。
その辺りの苦しさを、今回は書いてみたつもりです。

……いや、書いてみたつもりなんですけどね。
やっぱ難しいです。
WAは自分には向いていないのかなぁ……。

とにかく今回、普段書かないゲームのSSを書いてみて色々考えさせられるところがありました。
リクエストして下さったトオルさんには深く感謝を。
そして読んでくださった皆様方にも感謝を。

2002/2/20 ラルフ