天神記(三)





18、 ラブ・フォーエバー




勝負は、先に10勝した方の勝ち。
早速第1戦開始、サイを振って先攻後攻を決める。
この時代の双六というのは、現代で言う
バックギャモンに近いゲームである。
白15コマ、黒15コマ、白は時計回りに黒は反時計回りに、
自陣エリアからゴールエリアへ、全てのコマを移動完了した
者が勝ちである。

長谷雄は、相手のコマをガンガン弾き出す
攻撃的な打ち方をする。
例えば1つのマスに黒コマが1つしかない場合、
後から白コマが入ってくると盤外に弾き出される。
出されたコマは、ふりだしに戻って再スタートしなければならない。

「フュッフュッフュッフュッ…」
しかしギドラは、弾かれても一向に気にしない。
というより、長谷雄のコマの進め方をまったく見ていない。
急いでコマをゴールさせるわけでもなく、自分の
ゴールエリア近くに、1マスにコマを2・3個ずつ
並べたゾーンを作っている。

「む… これは…」
「どうでしゅかな? 通れましぇんね?」
例えば1つのマスに黒コマが2つ以上ある場合、
白コマはそのコマに止まることはできない。
(通過はできる。)

今、ギドラの黒コマが2コマずつ入ったマスが、
6個連続した状態になっている。
これでは、どんなサイの目が出ても1回で6以上は進めないので、
長谷雄の白コマはまったく前進できないことになる。
「ひょひょひょ… これが蟠竜(ばんりゅう)の陣!」
蟠竜とは、横たわった竜のことである。

ざわ… ざわ… と、長谷雄の心が揺れ騒いだ。
こいつ… なかなか手強い!
「長谷雄しゃん。私はねえ、双六の発祥の地である、
天竺の生まれなんでじゅよ。
しかも、あにゃたより遥かに長い時を生きちぇきた」

こうなっては、ギドラが陣形を崩すまで、パスをするしかない。
何もできずに見ているだけの長谷雄をあざ笑うように、ギドラは
楽しげにサイをふってすべてのコマをゴールさせた。
(こんな化物と勝負したのが間違いだったか…? 
ちくしょう、このままでは…)

たちまち、ギドラが3連勝。
長谷雄は頭を抱えて、震えている。
「ウヒャヒャヒャ、もう降参しましゅか? 
全財産もりゃっちゃうかな?」
冥土さんが、長谷雄を気の毒そうに見ている。

「まだだ! 早くサイを振れよ、この化物野郎」
第4戦、開始である。
相変わらず長谷雄のコマを気にしてないギドラだったが、
「あれっ こ、これは… ひ、ひいいっ! 蟠竜陣!!」

白いコマが2つずつ、6マス並んで、
ギドラのコマをせきとめていた。
ざわ… ざわ… と、ギドラの心がかき乱される番だった。
「こんな単純な戦法、俺にだってできる… 
これで、ずっと俺の番!」
たちまち長谷雄の全コマ、ゴール。

長谷雄は、キッとした表情で冥土さんを見つめ、
「君を愛している、冥土さん! 
必ず、この手で君を抱きしめる!」
冥土さんの頬が、赤く染まった。
Yes,It’s A LOVE!!


長谷雄の快進撃が始まった。
ギドラが蟠竜陣を組む前に、電光石火の
コマ移動で陣を切り裂く。
「バクチというのはな… 太く短く生きる人間の、
イチかバチかの勝負なんだよ!
何度でもやり直せるような、長い人生をもて余し
てるお前に、勝ちの目はないぜ!」

夜中までかかったが、ついに長谷雄は10勝した。
「(´・ω・`)負けましゅた…」
ギドラは、冥土さんに上等な着物を着せてやり、
「今まで世話になっちゃね… 新しゅいご主人さまと、
しゅあわせになりなしゃい…」

長谷雄に向き直ると、重要な警告を与えた。
すなわち、冥土さんは、まだ生まれてまもない体である。
まだ完全には、体が固まっていない。
少なくとも100日間は、エッチなことをしてはいけない。
もしやってしまったら、不本意な結果になるだろう。

長谷雄は嬉しさに小躍りしながら、100日くらい
すぐたってしまうだろうと考え、
「おっしゃるとおりにしましょう」
ギドラと別れ、冥土さんを邸に連れ帰った。


翌朝。
朝の光の中で見る冥土さんは、この世に存在するのが
信じられないほどのエンジェルだった。
「冥土さん… これは夢じゃないよね?」
「新しいご主人さま。なんでも、おっしゃってくださいね」
こうして、2人のスウィートなメモリー・オブ・ラブが始まった。

すでにいない長谷雄の北の方にかわって、冥土さんは
正妻の扱いを受けたが、生まれつき人の世話をするのが
好きなのか、使用人たちといっしょに、長谷雄の
身の回りの細々したことをやってくれた。

たまに、膳をひっくり返したり壺を割ったり、
失敗をやらかしてはシュンとなる。
どうも、ドジっ子のようだ。
そんな時は、いっそう愛おしく感じられる長谷雄だった。

また、生まれてまもないということで、精神的にも
子供みたいなところがあるようで、人前でも平気で
長谷雄に抱きついたり甘えたりした。
こんなところも、長谷雄の萌えポイントを
ヒットしたのは言うまでもない。

だんだん、冥土さんを抱きたいという気持ちが
押さえられなくなってきた。
眠れずに悶々とした夜が続く。
「そうだ、あれを試してみよう」
知人から聞いた、こんな時に心を鎮める
効果があるというまじない…

踏み台を用意し、着物を脱いで全裸になった。
踏み台に上がったり下りたりしながら、
両手で自分の尻をパンパン叩く。
「びっくりするほど桃源郷! びっくりするほど桃源郷!」
そう叫びながら、昇降運動を繰り返す。

なんだか、気分がさわやかになってきた。
しかし、使用人たちが主人が狂ったと思いこみ
大騒ぎになったので、中止せざるをえなかった。
そんなこんなで80日ほど過ぎたころ。


「そろそろ、約100日、四捨五入して100日だよね?
絶対に100日キッカリじゃなきゃダメってことないよね?」
その夜、ついに冥土さんに迫ってしまった。
もう、限界点だった。

「ご主人さま、あともう少しのしんぼうですから、どうか…」
その口を、長谷雄の熱い口づけがふさいだ。
長いこと冥土さんの口の中をまさぐった後、舌を抜くと
「もう、しんぼうたまらんのだ!」

冥土さんの体も、いい感じでエンジンがかかってきた。
ピンク色にほってた体を、長谷雄の経験を
積んだ指がまさぐっていく。
「ダメ… ダメです、ご主人さま… やめて! 
そんなことされたら、私…」

冥土さんの肌に汗が浮いて、夜具が
しっとりと濡れるほどだった。
汗以外の体液も混ざっている。
固くなるところも固くなっている。
長谷雄は冥土さんの中に入り、ついに絶頂に達した… 
その時。

長谷雄は、自分の足がやけに濡れているのに気がついた。
まさか、この子、おもらしでも?
そうではなかった… 冥土さんの下半身が
溶けて水になっていく!

冥土さんは涙と、瀧のような汗をしたたらせ、
消え入りそうな声でささやいた。
「ご主人さま、さようなら… もうダメみたいです…」
「しっかりするんだ! 今、元通りにしてあげるから!」
動転した長谷雄が、必死に水をすくうが、
指の間からこぼれていく。

「短い間だけど、楽しかった… 愛してくれて、ありがとう」
「消えちゃダメだ、冥土さん! これからやっと、
僕たちは始まるんじゃないか…」
冥土さんの頭を抱いてキスをした、その瞬間…
すべては水となって、手の間から消えていった…

「冥土さあああああああああああああああああん!!」
長谷雄は泣き叫んだ。
「どうして君が… 消えなくちゃ… いけないんだ…」
ちんちん丸出しで、世界の中心で愛を叫ぶ紀長谷雄64才。
後悔先に立たず、ちんちん先に立つ。

この時、長谷雄は生きる気力を失くしてしまった。
抜け殻のようになって、なんの喜びもなく
日々を過ごし、4年後に没することになる。


翌日、魂を失ったような長谷雄だったが、
それでも身なりを整え、なんとか出勤。
残業して夜遅く内裏を退出した、その帰り道。
ボロ布をまとったギドラが現れ、牛車に近づいてきた。
「あにゃたを信用しててゃのに… なんぢゅうことを… 
約束したぢゃないでじゅか!」

長谷雄は耳をふさぎ、スピードを上げるよう、梅王丸に命じた。
しかし、ギドラはどこまでも追いすがって、
「冥土さんを返しぇ! 人でにゃし!」
泣きながら、長谷雄を責め立てた。

ついに梅王丸は車を止めると、ギドラの前に立ちふさがり、
「やかましい、この哀れな化物め! どっかに行け!」
「にゃ、にゃんでしゅと〜」
「車の中のお方はな、かの菅原道真公の無二の
ご親友だった方よ! あんまり困らせると、今うわさの
道真公の怨霊に祟り殺されるぞ」

ギドラは醜い顔を歪め、ニヤリとした。
道真を怨霊にしたのは、他でもない
ギドラの編み出した秘術である。
「ひょひょひょ、道真なら今ごろ…」
その時。

たちまち、空が真っ黒にかき曇ったかと思うと、
カッ
閃光に続いて、鼓膜が破れるような雷鳴が炸裂した。
さすがの梅王丸も、腰を抜かすほどである。

天を見上げるギドラの眼には、明らかに恐怖があった。
「道真… ま、ましゃか…」
さらに第2弾、第3弾が続けて落ちる。
ギドラは悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。


後でわかったのだが、この落雷に当たって死んだ者がいた。
延喜元年(西暦901年)、道真の左遷が決定した時、
御所にかけつけた宇多法皇を阻んだ藤原菅根、
その人である。

このニュースを聞いて、梅王丸は天を仰いだ。
復讐と破壊への期待を、胸いっぱいに…
「こいつはすげえ。道真公が、雷公(雷神)になってお帰りだ…
お待ちしてましたよ、道真公!」


この年の終わりから翌年にかけて、都では
異常に落雷が多くなった。
避雷針もなく、全ての建物が木造であるこの時代、
落雷の恐怖は地震に匹敵する。
人々は噂し合った、これは怨霊と化した菅原道真の怒り…
ついに、復讐劇の幕は上がったのだ。



天神記(三) 完