天神記(三)





13、 平安スカトロ事件




延喜5年(西暦905年)は、まだ終わらない。

スケコマシの平中は、本院の侍従に一目惚れして以来、
たびたび恋文を送っていたが、まったく返事が来ない。
「うーん… ちゃんと届いてるのかな?」
ここで、平中について、おさらいをしておこう。

本名は平貞文(たいら の さだふみ)、3人兄弟の
真ん中なので、通称「平中」。
色好みで有名な歌詠みである。
人妻であろうと、若い娘であろうと、見境なしのお構いなし。
宮中に仕える女房で、この男が言い寄らなかった
女はいないというくらいの、超女好き。

「世界中のねーちゃんは俺のもの\(^0^)/」
という「うる星やつら」の主人公・諸星あたる、そのまんまである。
しかも、泣きマネが得意。

女が怒ると、涙をホロホロこぼし、
「あなたをこんなに想っているのに… 
私を信じてくれないのですね…」
これで、たいていの女はコロッとだまされる。

ある賢い女が、この手を見破って、水差しの水を、
墨に入れ替えておいた。
何も知らない平中は、水差しの中身を、目のまわりに塗り…
「あなたをこんなに想っているのに…」
と、黒い涙をポロポロ流したという笑い話が残っている。


「もし、この手紙を見たのなら、「見た」の一言だけ
でもいいから、返事をくれませんか」
そんな手紙を侍従に送って翌日、返事が来た。
「キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━ !!!」
しかし、開いてみると…

そこには、ただ一言、「見た」と書いてあった。
「(・_・)…」
しかも。
平中が送った手紙から、「見た」の部分をチョキチョキ切り取って、
紙に貼りつけたもので、侍従の肉筆ですらない。
「(´・_・`)……」

侍従、あまりにも見事なレスである。
ここで、侍従について、おさらいしておこう。

本名・八重、若狭(わかさ=福井県)出身。
国府の小浜(おばま)で、庄屋さんが手に入れた人魚の肉を
食らってしまい、現在、世界最長寿記録を更新中である。
小浜といえば最近、民主党のオバマ候補を
応援してるようですが(笑)

「侍従」というのは八重の女房ネームであり、
実際に侍従の仕事をしているわけではない。
「紫式部」とか、「清少納言」とか、身内のだれそれが
「式部」だったり「少納言」だったりという理由でつけた
女房ネームである。
八重の身内には、そんなたいそうな役職の人はいないので、
時平のはからいで、「遠い親戚が昔、侍従をしていた」
ということにしてもらったのだ。


平中はついに、実力行使に出た。
本院だろうと、どこだろうと、忍んでいってやる。
まず本院で働く雑仕女を1人、こましてメロメロにさせ、
平中の言いなりに動くよう仕込んだ。

この女が裏木戸の門を開け、平中を誘導する。
小雨の降る晩で、着物がしっとりと濡れたが、ともかく平中は、
邸の使ってない一室に通された。
「侍従さまが、いらっしゃるそうですよ!」
「おお、そうか、ご苦労さま! お前のとこにも
近いうちきっと、お礼にいくからね」

やはり、こうして無理に来てしまえば、むげに断ることはできまい。
会いさえすれば、後は必ず、くどき落としてみせる。
戸口に、侍従が現れた。

月のない夜なので、おぼろにしか姿はわからないが、
それでもこの世のものと思われぬ美貌と、不思議な
雰囲気ははっきりと感じることができる。
容姿は18才のまま… それに反して、その瞳は永遠の時を
見つめてきたかのように、アンニュイが漂う。

「侍従の君…」
平中は、感動に満たされた。
「あら。私、局(つぼね)の戸締りを忘れました。すぐ戻りますから」
「え…」

「濡れたお召し物を脱いで、待っていてくださいまし。
暖めてあげますから…」
初めて見る、侍従の笑み… その悪魔的な笑みに魅せられ、
「ああ、いつまでも待っているからね! 美しい人よ」
姿を消す侍従を、ただ見送る平中であった。

平中は、裸で正座して待っていた。
「ワクワクテカテカ」という言葉が、これほど
似合う場面は他にないだろう。
ワクテカしてるうちに、夜が明けてきた。
侍従は来ない。

ここは左大臣の邸である。
見つかるのはまずい、そろそろ退散しなくては。
ようやく、侍従にだまされたという現実を受け入れ、
フラフラと平中は出て行った。


当然ながら、平中はひどい風邪をひいた。
一晩中、裸でワクテカしていたのだから…
熱と咳と鼻水にさいなまれ、寝床でうめいていた。
「なんて、ひどい女… 魔物だよ、あの女は… 
でも、なぜだろう… 嫌いになれない…
う〜ん、あの女を忘れたい。憎んで嫌って、軽蔑したい…」

それができれば、どんなにか気が楽だろうか。
しかし、あの女を包む神秘的なオーラがある限り、
それは無理だった。
侍従は女神、魔性、菩薩の化身、物の怪、天女…
いや、断じてちがう。
あいつだって、人間だ… 俺たちと同じ、ものを食い、
汚い便もする人間のはずだ。

恋に狂った平中の頭に、ある閃きが走った。
「そうだ… 糞だ… あの女だって、糞や小便をするはずだ! 
あいつの糞をじっくり眺めてやれば、きっと愛想を
つかすことができるぞ…」


この時代、高貴な女性は室内で下の用をたす。
漆塗りの重箱のような、通称「おまるBOX」に大小出した後、
女童(めわらわ)がそれを処分、お尻も女童がふいてくれる。

さてある日、侍従が用を済ませた後、女童が
悲鳴を上げて戻ってきた。
「今しがた、平中さまが…」
その箱をよこせ!と迫ってきたという。
女童は必死に防戦、おまるBOXを死守して
逃げ戻ってきたのである。

「世の中には、たまにそういう病気の者がおります。
異性の糞尿を食べて、性的興奮を得るという… 
騒ぐほどのことでもない」
侍従があまりにも冷静で、とんでもないことを
サラッと言うので、周りの者は引いてしまった。

そんなことは構わず、侍従は考えにふける。
「しかし、あの男、そこまで堕ちたか… 
そんなに食らいたければ、食わせてやろうか」
周りの者は、さらに引きまくった。


1度は失敗した平中だが、翌日再度アッタク、
ついにおまるBOXを奪取。
というより、女童が抵抗もせず、
こわばった顔で差し出したのだが…
自宅にかけ戻ると、麗しい漆細工の箱を前に、息を整えた。

「いよいよ、拝めるぞ… あの侍従の体から出てきた
ホヤホヤのブツ…」
興奮を抑え、ふたを取る… 来い… 
立ち昇る異臭よ、俺の鼻に来い!
そこには、まごうことなき、小水の池に半ば浸った、
茶色く長々としたものがあった。
しかし…

「な… なんだ、この匂いは…!?」
恋に狂うあまり、俺の感覚は正常でなくなってしまったのか…
「いい… すごくいい! この匂いッ! なんてかぐわしいんだ!」
まるで丁子(ちょうじ)の香りのように、平中には感じられた。

あの女から出てくるものは、排泄物さえ、
これほど魅惑的だというのか。
「味は…」
ここまで来たら、もう後戻りできない。
平中は、茶色いモノをつかんで、口に入れた。
「甘い… これは…」

かじった断面図を、しげしげと眺めた… 
まるで、菓子である。
ついに平中は全て食らい、汁も飲み干した。
これはどう考えても、山芋をすって練り固め、
甘葛(あまずら)のシロップをかけたものだ。
汁も「丁子のような」ではなく、丁子の汁そのものだった。

ようやく、平中も気がついた。
あの女はわざわざ、山芋や甘葛や丁子を使って
ニセのウンコを製造、平中にいっぱい食わせたのだ。

なんというお茶目で悪魔的な、用意周到で
策略家でユーモアがあって毒のある女なんだ。
侍従は、今まで平中が出会った女たちとは
まるでちがう、とてつもない女だった。

「うううううん侍従うっ 侍従さまああああああ」
頭を抱えてのたうちまわる平中は、ますます深く、どうしよう
もないほど深く、侍従に惚れこんでしまった。

しかし、この後もまったく相手にされず、とうとう
(本当の)病気になってしまう。
回復した後も、すっかりフヌケてしまい、かつての
女たらしの平中に戻ることはなかった。
「恋もほどほどに、ということね」
世間の人は、そんな平中を笑ってささやいたという。


この話を平安時代に書いた人はすごいです><
京都の和菓子屋さんが、侍従の「ウンコ菓子」を
再現したら面白いですね。
舞妓はんが、「これは今、ウチが出したものどすえ」
とか言いながらそれを
いえ、なんでもありません。



冬が来るころ、侍従は久しぶりに亭子院に顔を出した。
例の平中の一件を物語ると、伊勢はあきれ返り、
温子は真っ赤になって
「な、なんという不快な話を!」
と、引っこんでしまった。

温子は昨年から体調が思わしくなく、寝たり起きたりしている。
病の平癒を祈る意味もあって、今年の7月1日には
髪を落とし、尼となった。
       
「八重さん、今日はこんな話をしに来たの?」
責めるような伊勢の目つきに、涼しげな笑みを返し、
「お別れを言いに来たんですよ。もう本院には
戻りませんから。それじゃ」
「ちょっと、いきなり! 仕事に飽きた?」

立ち去ろうとした八重は足を止め、
「都も飽きた… けど何より、いつまでもこの姿
のままってのは、いい加減まずいでしょう」
「そんな… 私は…?」
八重は、いつになく優しい表情を浮かべ、
「また、生まれ変わっていらっしゃい。
きっと、見つけてあげますから」


侍従の名を捨て、八重は八重に戻った。
そして、いつしか伝説となり、「八百比丘尼(やおびくに)」
の名で呼ばれるようになる。