天神記(三)





9、 幽明の境




人間は死ぬとどうなるのか?
霊魂は存在するのか?
作者の、プリプリした新鮮な脳で考えてみた。


生物は、自身が生き残るため、種を存続させるため、
実にさまざまな戦略を立て、進化してきた。、
キノコを栽培する蟻、海草畑を作る魚、ルアー釣りをする鳥。
毒矢を発射する貝、電気を放出するナマズ、宿主を操る寄生虫。
木の枝や葉っぱに偽装する虫も、不思議である。
ヤモリが壁に貼りつくのは、吸盤の吸引力ではなく、
分子間に働く引力を利用している。

もっと身近な花や木も、虫を利用して受粉させるため甘い蜜を
出したり、実を鳥に食べさせて、フンと一緒に種を広範囲に
バラまいてもらうとか、高度な作戦をよく考えるものである。

要するに生物は、生き残るためなら
なんでもやるし、なんでも作り出す。
生命の不思議な力である。
人間も生物であるからには、もちろん
この不思議な力をもっている。


人間以外の生物には、「想像力」がない。
「自分は明日死ぬかもしれない」とか、「死んだら
どうなるんだろう」とか、心配することはない。
ひとつひとつの個体が死んでも、種全体として
生き残っていれば、生物の目的は果たされる。

脳が発達して、「想像力」を手に入れた… 
言い換えれば、
「脳が肥大した畸形児として生まれてしまったため、
本来なら生物が心配する必要のない『未来に必ず
やってくる個体としての死』という脅威におびやかされる
ハメになった」人類という種は、事情がちがう。

食いたい、眠りたい、セックスしたい、
目の前の危険から逃れたい…
といった生物としての基本的欲求と同じくらい、
「死んだ後も存在し続けたい、消えたくない」
という欲求は強く、切実である。

1、個体の保存(外部からエネルギー(餌)を摂取する、
自身の身を守る)
2、種の保存(子孫を残す)
という生物の2大欲求に加え、

3、死後の個体の保存
という第3の欲求を新たに抱えることになった人類は、
これに対応するため、進化した。
「霊魂」や「死後の世界」を作り出したのである。

ラクダが砂漠で生き残るため、背のコブに水を貯蔵するように…
コウモリが暗い洞窟で生きるために、超音波を出すように…
「死後も存在しなければならない」人類は、
霊魂となって存在し続ける力を手にしたのだ。

整理すると、
人類が猿から進化して、大きな脳をもつようになった
→その結果「想像力」を手に入れた
→そのため「死後の個体の保存欲求」が生まれた
→それに対応して「霊魂」や「死後の世界」を作り出した

(゜o゜)ほう… そうですか。


では、「霊魂」とは何なのか、考えてみましょう。
例えばAさんの場合、ものすごく大ざっぱに考えて、
1、Aさんが生まれてから死ぬまで、体験したり
考えたりしたことの全ての記憶
2、Aさんの自我

この2つがあれば、Aさんの死後も、
Aさんとして存在できそうです。
「自我」とは何なのか。
これについては古代インド哲学から仏教、ニーチェ、サルトル
までいろんな人がいろんなことを言ってて大変なので、
ここで考えるのはよしましょう。
とりあえず「自我」というものがある、とだけ仮定しておきます。

1も2も、Aさんの脳内にある(たぶん)データもしくは
ソフトウェアなので、バックアップさえしておけば、
肉体(ハード)が壊れても復元できそうです。
では、どんな方法で、どんなメディアにバックアップを取るのか。
ここから先は妄想になりますが、「霊魂」が存在するとしたら、
どういう形で存在し得るのか、考えてみたいと思います。


人間の記憶を保存できるメディアが自然界にあるとしたら、
おそらくそれは「人間の脳」以外にありません。
何を当たり前のことを言ってるんだか、その「脳」が死んだら
人間はどうなるんだという話をしてるんだろう、プリプリ。

はい、ですからAさんが死んだ場合、Aさんの記憶と自我は、
他人の脳、BさんやCさんの脳に保存されると思われます。
いや、死んでから保存というのは無理なので、Aさんが
生きてる時から少しずつ記憶や自我は他人の脳に保存
されていく… 毎日バックアップをしているのです。

人間の脳を、コンピュータに置き換えてみましょう。
世界中の全てのコンピュータ(脳)が高速回線で
結ばれたネットワークがあったら… 
「脳のインターネット」みたいなのがあるとしたら…

Aさんの日々の記憶は、定期的にアップロードされ(おそらく、
睡眠時に)、記憶データは小さいファイルに分割されて、
ネットワーク上のあちらこちらのサーバー(脳の使って
ない領域)に保存される。
Aさんの自我ファイルには、記憶ファイルが保存
されてる場所のアドレスだけ書きこまれる。

死後も存在しなければならない
→そのため、記憶と自我を保存しなければならない
→記憶と自我は、脳にしか保存できない
→自分の脳が死んだ後は、他人の脳に保存するしかない
→脳と脳の間に、なんらかの通信があって、
データのやり取りが行われる必要がある
→脳のネットワークが存在する

我ながら、なかなかいい線いってるアイデアと思いますが、
これだと人間の意識の中に、複数の人格が存在する理由も
説明つきそうだし、何より、このネットワーク空間そのものが
「死後の世界」ということで話がまとまりそうです。


この広大な脳と精神のネットワーク空間に、神も仏も妖怪も、
人間の想像力が生み出したあらゆる神秘的なソフトウェアが
生きて、存在している。
人間が普段使っている脳の30%(だっけ?数字うろ覚え)の
領域が、自分の魂(OS)が入っているクライアントマシンであり、
あとの70%が通信用サーバーとしてネットに常時接続、
他人の記憶や死者の霊や、神や悪魔や鬼やUFOが
出たり入ったりしている。

人間は、現実に存在する物質世界に生きていると同時に、
ネットワーク世界にも、つながって生きている。
人間から見た世界は、「唯物」でも「唯識」でもなく、
「現実(物)」と「ネットからの情報(識)」がグチャグチャに
混ざり合った「半物半識」の世界なのである。

あなたが、窓の外に人間の顔が浮かんでいるのを見たとする。
「ひいいっ ここはマンションの5階なのに!」
幽霊は窓の外にいるのではなく、あなたの頭の中にいるのだ。
たぶん脳のサーバー側からクライアント側へ、
霊のイメージがまぎれこんでしまったのだ。

逆に言うと、幽霊を見たことのない人であっても、
ネットワークに接続してる以上、常になんらかの
霊や神や魔物といっしょにいる、ということかな?
イヤですねええ><


このネットワーク空間に名前をつけましょう。
「死後の世界」「冥界」「黄泉(よみ)の国」という呼び方には、
「死んだ人専用の世界」という雰囲気がありますが、実際には
生きてる人も頻繁に通信をして、記憶を保存したり、
イメージをダウンロードしているんだと思います。

日本神話には、「根の国」という異界があります。
「根の国」に住んでいるのは必ずしも死人
ばかりではなく、活動的なところです。
今生きてる人間の魂は、地上に生えた木のようなもので、
見えない地下の世界で、魂の根、命の根源が広がって
つながっている… そんな連想をさせる言葉です。
「根の国」の「根」は「ネット」の「ネ」… なんつって。



「まずは魂が『根の国』へ流れていかぬよう、命の糸をしばる…」
魔風大師は、その場にいる者全員を、
ネットワークから一時的に遮断。
自身と2人の若い僧、道真の4人の脳を
あらためて、「糸」でつないだ。
いわば、コンピュータをインターネットから外して、
室内LANに切り替えたわけだ。

次は、道真に向かって呪文を唱える。
人間の記憶には、コピーワンス機能がついている。
睡眠時、今日1日の記憶が「根の国」にバックアップ
されるわけだが、この時、コピーの済んだ記憶ファイル
には「済み」のフラグが立つ。

翌日、再び眠りについた時、「済み」の
ついてるファイルはコピーしない。
新しい記憶だけをバックアップするしくみになっている。
こうしないと、同一人物の同じ記憶を2重にバックアップ
してしまい、同じ魂が2つ?できてしまうかもしれない。

今、魔風大師の呪文(プログラム)によって、道真の
脳内の記憶の、「済み」フラグが片っ端から、
「未」フラグに書き換えられている。
「未」がついてる記憶ファイルは、まだバックアップが
済んでないファイルと認識される。

「では、菅丞相… 最後の眠りにつく時が来た。
次に目を開ける時、旅が始まる」
死の直前の、深い眠り。
この時、「未」フラグのついた記憶… 道真が生まれ
落ちてから、今の眠りにつくまでの全ての記憶と自我… 
この膨大な量のデータが、魔風ら3人の脳に流れこんだ。

人間の一生分の記憶データは、果たして
どれくらいの容量であろうか。
ギドラ道士は、自分1人の脳でじゅうぶんと言っていた。
しかし、魔風が透視したところ、ギドラの脳は3つあった。
(元は三つ子だったのが、畸形で1つの肉体で生まれたらしい)

そのため、魔風は予備のバックアップ用のハードディスクとして、
2人の若い僧を用意したのだが、これは正解だった。
3人の脳は、今や道真の存在でいっぱいいっぱいになっていた。
完全に息を引き取り、冷たくなった道真の横に、
もう1人… 圧倒的な存在感で、怨みに燃え
上がる男・菅原道真は立っていた。