俵藤太物語
13、 復讐
「けーけっけっけ、おケツの毛!! その体で
今さら何ができる? 邪眼視の矢を使うまでもないわー!!
死ね、ジジイ!!」
百目鬼の、巨大なハンマーのような拳が、
容赦なく藤太を叩きのめす。
「これで終わりじゃあッ!!」
建設重機械のようなゴツい足が、藤太の腹に、蹴りをブチこむ…
ボギィッ!! と、骨が… 粉々に砕ける音。
「ッ!?」
粉砕されたのは、百目鬼の足の骨だった!!
「うぎゃあああ〜〜〜 痛ええよおおおッッッ!!」
足を抱えて、のたうち回る。
藤太の肉体が、鋼鉄のように黒々と輝いてる…
と思ったら、たちまち元に戻った。
「何度も、この術を見せられたからな…
いいかげん、覚えちまったぜ」
百目鬼の全身の目が、涙目になった。
「き、きさま… 鉄甲護身の術を!!」
「まあ、もっとも… お前の親父とちがって、
ほんの一瞬しか鋼鉄化しないんだけどね」
ボグワッシャアアァッ!!
鋼鉄と化した頭で、頭突きを食らわす。
百目鬼は顔面を朱に染めて倒れ、
ここに形勢は完全に逆転した。
「立てよ、小僧… まだ、お前に受け取って
ほしいモノがあるんだよ…」
振り上げた拳が、鋼鉄と化す。
「俺の生き様をこめた、魂の拳さ」
百目鬼は見た… 黒く輝く、巨大な拳が、地球に衝突する
小惑星のごとく、自分の顔面に炸裂するのを…
そして、すべての記憶が、プッツリと途切れた。
従者たちを引き連れ、藤太が去った後…
大地には、長々と横たわる百目鬼の体だけが残っていた…
苦痛のうめきを漏らしているので、生きているようだ。
「無様な敗北をさらしやがって、ダッセー野郎だ…
私の刺青した邪眼の術だけ使っておればよいものを、
腕力に頼るから、こうなるんだっぺ」
百目鬼を見下ろしているのは、先ほどまで
老人の姿をしていた人物。
見れば、まだ子供のようだ。
「それにしても俵藤太、惚れ惚れするほど強えーな…
私もガマ先生のもとで、あと3年くらいは修行すっぺか…
おい、待てやコラ」
百目鬼が意識を取り戻し、この子供を恐れるように
コソコソ逃げようとしていたが…
「ひ、姫… 許してくれえッ」
「お前が美形なら許すがな。ブ男の失敗は許さん」
「うわあああああッ」
百目鬼は逃げ出し、明神山の麓で、ついに力尽きた。
「炎(アグニ)!!!」
追いかけてきた子供が唱えると、百目鬼の体は
ガソリンで焼いたような、猛烈な炎に包まれ…
ほんの数秒で消滅した。
大地には、黒く焦げた大男のシルエットが、くっきりと残っている。
この場所は現在の宇都宮市、明神山西側の
「百目鬼通り」だそうな。
百目鬼は倒したが、藤太の肉体も、
相当のダメージを受けていた。
佐野の館に戻り、静養しながら、3年の月日が流れる。
天暦7年(西暦953年)、藤太64才。
寝床に起き上がって、庭の桜が散り行くのを見ていた。
見てはいるが… 酒の杯を干す方に、意識は集中している。
戦いに明け暮れ、風流心など微塵もない、
骨の髄からの武人であった。
彼の子孫に、「花の下にて春死なん」で有名な
西行(さいぎょう)法師のような、ロマンチックな
歌人が出てくるのだから、なんか不思議だ。
今日の酒は、何か妙に味わい深い…
まるで、今生で飲む最後の酒のような…
ふと見ると、桜の木の下に、1人の少女が立っていた。
まつ毛の長い、西洋人形のようにパッチリした瞳の美少女…
その長い髪は、金髪… 黄金色に輝いていた。
これまで見たこともない、その不思議な
容貌に、目を見張る藤太。
「お前、だれだ… 人間の子か?」
ふらつく足で立ち上がり、庭に出る。
もっと、この少女を近くで見たかった。
無機質なアンドロイドのような少女の瞳に、炎が燃え上がる。
「人であって人でない… 人でもあるが、鬼でもある」
少女の手に、反りかえった太刀が握られて
いるのを、藤太は見た。
「我は、平将門が娘…
名は滝夜叉(たきやしゃ)!!!」
ガキイイイィッ!! と、激しい金属音。
鋼鉄と化した藤太の腹筋が、少女の太刀を受け止めたのだ。
滝夜叉こと楓(かえで)は初めて、その作り物の
ような小さい唇に、笑みを浮かべる。
「さすが俵藤太… 老いぼれても、反応は鈍ってねえな!」
「将門の… 娘だと!?」
物音を聞きつけ、藤太の子分たちが集まってくる。
「親分! 今の音は?」
「なんだ、あの娘!?」
「刀を抜いてるぞ!!」
たちまち、1対20くらいの状況に。
だが滝夜叉は、ひるむどころか、ニッコリして
「藤太さんよ… おめーに地獄を見せてやるっぺ」
それは、桜の散る庭での、華麗なる舞…
鮮血の花が、あたり一面に開いていく。
少女の蜃気楼のような不思議な動きを、
誰も捕らえることはできなかった。
転がる首、腕、手首、地獄の阿鼻叫喚。
「さて… 次は、おめーの番だがよ」
藤太は、絶句した。
こんな小娘が… まさしく、人生の最後に出会った最強の敵!!
右の拳を固める。
相手が少女だからといって、遠慮していられる状況ではない。
鉄甲護身でガードしながら、パンチを叩きこむ!!
が… 拳に、力が入らなかった。
こんな年端もいかぬ少女が、これほどの戦闘力を身につける
とは、一体どれほどの厳しい修行を積んだのだろう…
幼い頃から親兄弟とも別れ、この俺を倒すことだけを目標に、
歯を食いしばって耐えてきたにちがいない…
「ダメだ、焼きが回っちまった…」
この少女を相手に、不屈の喧嘩魂を燃やすことはできない…
だが、太刀を振り上げた滝夜叉が、眼前に迫る。
「〜ッ!!」
反射的に藤太は、肉体を鋼鉄化させるが…
「泥(カルダマ)ッ!!」
滝夜叉の一声で、藤太の体は、泥のように柔らかくなった。
右腕、左腕、右脚、左脚… 切断された藤太の四肢は飛んで
いき、血のプールに、人間芋虫となった藤太が転がる。
その頭を、容赦なく踏みつける滝夜叉。
「私の草鞋に口づけをしな… 俵藤太は、15才の小娘に
切り刻まれ、屈辱にまみれて死ぬんだ…
お前の子孫は、永久に笑い者だよ!!」
復讐の快感に酔いしれ、頬が赤く染まる。
薄れいく意識の中、藤太は激しく悔いていた。
これほどの化物を、一瞬でも「少女」だなんて、甘く考えたことを…
この俺が、こんな死に様をさらすとは…
サディスト気質を露わにした、滝夜叉の高笑いを
聞きながら、藤太は逝った。
残された藤太の子供たちは、父のあまりに凄惨な死に
衝撃を受け、その最期については、固く口を閉ざしたという。
「ただいま、戻ったぞ… 何、無事生まれたか?
そうか、めでたい…」
平貞盛(さだもり)、かつて藤太と連合し、将門と戦った武士。
恩人である藤太の葬儀から戻ってみると、
妻が無事に、元気な男の子を出産していた。
「往く者あれば、来る者あり、だな…」
貞盛の四男坊、後の維衡(これひら)…
後世、初めて武家による政治支配を実現する
ご存知、平清盛(きよもり)の祖先である。
生まれたばかりの赤ん坊を、不思議そうにのぞきこむ次男は、
後の維将(これまさ)、鎌倉幕府を開く源頼朝(よりとも)の
妻・北条政子の実家、伊豆北条家の祖先である。
「平家物語」の時代へ、歴史はノンストップで突き進んでいく。
「強い男になれよ、四郎。藤太将軍のように…
そうだ、お前にこれをやろう」
取り出したのは、ひと振りの刀…
刀身の先端から半ばまで、両刃となっているのが珍しい。
将門の邸から押収した、戦利品だった。
その名を、「小烏丸(こがらすまる)」という。
平維衡の所有となった小烏丸は、その子孫に伝わり、
平家とともに壇ノ浦に消える。
が、消えたと思われた小烏丸は後に発見され、
明治天皇に献上され、現在は皇室御物として、
宮内庁の管理下にある。
現存する、数少ない「天国(あまくに)作」と伝えられる刀剣だ。
靖国神社の遊就館で、これをコピーした現代刀が展示してある
そうだが、作者が行った時は気づかなかったです><
「これより、さらに美しい「黄泉比良坂(よもつひらさか)」と
いう刀もあったそうだが、いくら探しても見つからなんだ…
将門がたいそう大事にしていた、天国の最高傑作だそうだが…
どこに隠したのやら、うーむ、残念」
酒を飲みながら、そんなことを思い出してみる貞盛であった。
そのころ、鹿島神宮の宝物庫では。
1人の少年が、宝探しでもするつもりで、蔵の中を探検していた。
「うわあ… 珍しい物が、たくさんあるなあ…」
少年は、当代の「国摩魔人(くになず の まびと)」の三男である。
(先代の「魔人」は、『星の落し子』を生み出す秘儀のため、
命を投げうった… 天神記(四)「忍びよる影」参照)
その時。
何かに、呼ばれたような気がした。
「あれ? 今、何か… 声がした?」
声がした方へ行ってみると、ひと振りの刀を納めた、
長い箱を見つけた。
紐をほどいて、立派な布を開き、箱を開けてみると、
中からは書状が。
「ぜひ、満月の光の下で鑑賞してください」という、
将門からのメッセージだった。
「うわ、これ… 平将門が奉納した刀だ!!」
お宝を発見し、大喜びの少年は刀を手に、外へ。
まさしく、今宵は満月…
『月の都』とのネットワークが、あの世とこの世を
つなぐ回線が、接続する時。