俵藤太物語





12、 百目鬼(どうめき)




今年3才になる楓だが、赤ん坊の頃から、体が弱かった。
だが、この子を決して死なせるわけにはいかない…
子供たちには、生きてやり遂げなければ
ならない悲願があるのだ。
それは… 父・将門の復讐!

必死の辰子は、前世と同様、裏山の観音に
百夜の願掛けを行う。
そして、100日目…
朦朧とする意識の中で、「青龍大権現」を名乗る神の
お告げを聞いた。

「娘の病を治癒したければ… 湖に入水し、水底にある
竜宮城で、我、青龍大権現に仕えるがよい…」
意識が戻った時、辰子の瞳には、狂気が宿っていた。

「子供たちのことを、どうか頼みます… 
立派に育て上げ、必ずや亡き父上の仇を…」
といった書置きを乳母に残し、辰子は田沢湖に身を投げた。
底が知れないほど深い水の中へ、辰子の体は沈んでいく…
意識が途切れる直前、辰子は、湖底に
蠢く何かを、見た気がした…
死にゆく者の目に映った、幻影かもしれないが…


子供たち、侍女たちはもちろん、村人たちも
「第2の辰子」の死を嘆き悲しんだ。
だが不思議なことに、楓の熱はたちまち下がり、
すっかり健康を回復。
ただひとつ、高熱に苦しむあまり、白くなって
しまった髪の毛を除いては。

将門の遺児である4人の男の子たちは、
愛らしい妹を抱きしめ、涙した。
「お母さまが、楓の命を救ってくださった…」
「やるぞ! 俺たち皆で協力して、必ずや父の仇を討つ…!!」



辰子の弔いが済んで、ひと月が過ぎたろうか…
今は子供たちと侍女が暮らす邸に、ある夜、
恐ろしい異形の怪物が現れた。
「ひ…」
「騒ぐでない、我は火雷天神、人であった時の
名は菅原道真という」
怪物は、乳母の口をおさえた。

「辰子姫の霊に頼まれ、迎えに参った… 
姫が入水して、命を助けたという娘は、これか?」
楓は、キョトンとした目で怪物を見上げていたが…
「我とともに来い。今日より、修行の日々が始まるのだ…」
恐ろしく、たくましい腕が、楓を抱き上げる。
「父の仇を討つため、お前は強くなって、
妖しの術を体得せねばならぬ」

怪物が庭に出ると、4人の男の子たちが取り囲む。
「待て、化け物!!」
「妹を放せ!!」
嘲笑を浮かべ、怪物は、子供たちを見回す。
「どいつもこいつも、父の後を継ぐ器ではなさそうだ… 
霊力は、この娘が1番強いな」

「待って、兄さま方。私、この方と参ります」
3才の幼女とは思えぬ、凛とした声だった。
髪は少しずつ色素を取り戻しつつあったが、まだ黒髪
には遠く、銀髪と金髪の中間のような色をしている。

「だって、この方… 妖しの術を教えて下さると、
おっしゃるんですもの。私、どうしても強くなりたい… 
強くなって、父さまの無念を晴らしたい」
妹の言葉に、兄たちはただうなだれ、
去っていく怪物を見送るしかなかった。

「俵藤太… 俺が新皇の位につかせた将門を、
よくぞ倒してくれた… お前には、昔の借りがあったっけな… 
あの時の無法者が、まさか俺の野望の前に立ちはだかる
存在になろうとは、夢にも思わなかったぞ…」
将門の仇を討ちたいのは、遺児たちだけでなく、
怨霊・道真も同様だったのだ。


常陸の国の筑波山は、昨年まで道真が
隠れ家としていた、霊山である。
今では道真の古い知り合いが、棲みついていた。
「ギドラ道士… いるかね?」
「おにゃ? 菅大臣… 今みゃで、どぎょいっでだね?」

全身イボだらけの、おぞましい道士は、日本人には
発音の難しい本名を今ではあまり名乗らず、
単に「蝦蟇(ガマ)仙人」と称している。
「にゅにゅ…? しょの子、どしだの?」
「このガキを、みっちり鍛えてやってほしい」

ギドラの前に放り出された楓は、吐き気がするほど
気味悪い道士を前に、まったく物怖じしない… 
それどころか、にっこり微笑んだ。
これもまた、運命の出会い… 
そして将門の娘・楓は、この日をもって、名を改める。
新しい名は…



3年後、天慶7年(西暦944年)。

佐野の春日岡(かすがおか)には、かつて藤太が将門と
戦った時、戦勝祈願のため春日明神(=鹿島の神)を
勧請した社殿が建立されていたが、この年、奈良から
僧を招いて、改めて仏教寺院としてリニューアルオープン
することとなった。

俵藤太が開基(=創立者)となった、この寺の名は
惣宗寺(そうしゅうじ)。
後世、「佐野厄除大師」として名が広まる。
公式サイト http://www.sanoyakuyokedaishi.or.jp/

思うんだけどさ、佐野市はラーメンで町おこしよりも、
「佐藤さんの聖地」として宣伝した方がいいよ。
全国の佐藤さんが集まる「佐藤祭り」とか、
萌えキャラ「佐藤さんフィギュア」とか。



さらに6年後…
天暦(てんりゃく)4年(西暦950年)、
第62代・村上(むらかみ)天皇の御世。

藤太61才、人生は晩年に入っていた。
惣宗寺を開いて以後は、これといって大きなニュースはない。
思えば、戦いに明け暮れた生涯であったが… 
その彼に、最後の戦いが迫っていた。

藤太は、武蔵守と下野守を兼任している。
下野守として職務を行う時、なぜか国府のある栃木ではなく、
宇都宮(うつのみや)に館を築いて、そこで執務していたようだ。

現在の栃木県の県庁所在地、宇都宮… 
ご存知、「ギョーザの首都(笑)」。
昨日も、近所のジャスコに宇都宮ギョーザの店が出張販売
してたので黒豚シューマイとニラまんじゅう買ったよ(^o^)v
シュメール語で「ウトゥ」は「太陽」の意味なので、
もしかしたら「太陽の宮」?


ある日、藤太は狩りをして野に遊び、その帰り。
田原街道沿いの大曽という集落に、通りかかった時のこと。
(「田原」街道の名は、「俵」藤太に由来するという説あり)

1人の老人が、藤太を待ち受けていた。
「国司さま! 武名の高き俵藤太さま! 
どうか、お力をお貸しください」
「どうした?」
「ここより北西の、兎田(うさぎた)という馬の死体の
投げ捨て場に、全身に100の目をもつ鬼が現れました!!」

「なんと…」
「近隣の者たちは、恐ろしくて近づけません… 
どうか、退治してくださいますよう」
強い相手との喧嘩は、断れないのが藤太である。
だが、さすがに老いた…
手勢も、わずかな従者のみである。

「………」
「どうされました?」
老人は、いぶかしげに藤太を見る。
「まさか… 大百足を退治し、将門を滅ぼした
伝説の勇者・俵藤太が、鬼を恐れて背中を
見せるようなことは、よもや…」

「バカを申すな!! 行くぞ!!」
従者たちをせきたて、兎田へと馬を飛ばす藤太。
その後姿を見送りながら、老人は口元に笑みを浮かべる。
白髪と髭が落ちて、肌は煙を吹いて、みるみる若返っていく。


馬の白骨や腐乱死体が散乱する兎田の地で、
その怪物は待っていた。
口をモグモグさせているところを見ると、今まさに
新鮮な馬の死体を食らっていたらしい。
口の端から、フレッシュな血が、したたり落ちている。
「藤太… 待っていたぜ…」

立ち上がった怪物は、身長2m以上。
高密度に圧縮された筋肉が全身を覆い、腿や
二の腕の太さは、大木ほどもある。
褌(ふんどし)以外は全裸で、髪も髭も、一切の体毛がない。
死人のような異様に白い肌を、無数の「目」の
形をした刺青(タトゥー)が彩っていた。
大きく開いた口からは牙がのぞき、ダランと
垂らした長い舌には、ピアスがしてある。

藤太にとって、どことなく見覚えのある姿…
「まさか、お前…」
「我が名は、百目鬼(どうめき)!!! 
お前に2度まで殺された、百足の子よ」
現在でも、百目鬼(どうめき)さん、あるいは百々目鬼
(どどめき)さんという珍しい苗字の方がいらっしゃるが、
もちろん、この百目鬼の子孫である。

「ッッッ!!」
百目鬼の肩に矢が突き立ち、苦痛に顔を歪める。
藤太の従者が、先走って矢を放ったのだ。
「待て、早まるな… だが、どうやら鉄甲護身の術は
身につけておらぬようだな」

百目鬼はニヤリとすると、矢を引き抜く。
「痛え〜〜〜 ちくしょ〜〜〜〜、痛ええええよおお〜〜〜」
出血した肩を押さえ、
「許せねえ… こんな痛みを俺に与えるとは、
お前ら… 許さねえよおォッ!!」
両眼が怒りと憎しみに燃え上がり… 
と同時に、全身の「眼」の刺青も、憎しみをギン!
と漲らせ、藤太たちをにらみつけた!

「ガッッッ!!」
矢を放った従者は、全身を無数の針に刺される
ような痛みに襲われ、落馬した。
「射るような視線」という言い回しがあるが、
まさしく百目鬼の全身の目は、激しい恨みと
憎しみの視線を、矢のように放ったのだ!

藤太や、残りの従者たちも、激しい苦痛に襲われ、
意識が遠のく。
「こ、これは… 奴の目が、俺たちを射すくめているのか…!!」
痛みに震える手で、必死に矢をつがえようとする藤太。
「奴の目を潰さなくては… こちらが失神する前に…」

だが、狙いをつけようとして、つい… 
胸に大きく彫られた眼を、まともに見てしまう。
「グワッ」
邪眼の矢は、藤太の目を通して、その脳髄を貫き… 
目や鼻から血を流し、落馬する。
「もらったぞ!! 藤太!!」

藤太の愛馬に組みついた百目鬼は、その首すじにかぶりつき…
絶命する馬のいななき、噴き上がる血の噴水。
「きえええーッ きえっきえっきえええ!! 次はお前だ!!」
血のシャワーを浴び、血の匂いに酔いしれた百目鬼は、
倒れている藤太の髪をつかんで持ち上げ、もう一方の
拳を固め、顔面に破城槌のようなパンチを叩きこむ。

砕かれた顔面から血を吹いて、藤太の体が
20mも飛んで、血の海に転がる。
百目鬼は、長い舌を出して大笑する。
「やった!! ついに藤太を倒した!! 俵藤太物語・完!!」
だが、その時…

「わめくんじゃねえよ、ドサンピン…」
藤太は、立ち上がった… 不屈の闘志を、たぎらせて…
「なかなか、いいモンもらったぜ。おかげで、針で
刺されるような痛みは、すっかり消えた。
それに… てめえの気色悪い刺青も、見ないですむってもんだ」

藤太の右目から眼球が飛び出し、左目も
瞼が腫れて、目をふさいでいた。
ぶら下がった右目をムリッとむしり取って、投げ捨てる。
「来いよ、小僧… てめえに見せてやるぜ… 
俵藤太、一世一代の喧嘩をな!!」

藤太のラストバトル、ついにゴングは鳴った!