俵藤太物語





8、 必殺の一撃




国境を越えたあたりに広がる湿原で、合戦は始まった。
「磐次・磐三郎の兄弟は帰らぬ… 
猿丸も間に合わなかったな…
だが、いいってことよ。百足など、1度は倒してるんだ、
もう1度やってやるまで!」
藤太は先頭に立って、矢を撃ちまくる。

相手からも雨のように矢が降り注ぐが… 
藤太めがけて飛来する矢は、まるで強力な磁場に弾かれる
ように、ギュイン! と、方向を変えるではないか。
これには、藤太の部下たちもビックリ。
「大将! これは一体、どんな妖術で?」

「意外に役立つな、この鎧… 面白いほどにに、当たらぬわ」
「避来矢(ひらいし)の鎧」… 
かつて百足退治の礼に、浅井姫からもらった神宝の1つ。
「避来矢をよろう者は、たとえいかなる激戦に
おいても、決して死なない…」と、伝わる。
周りの空間を歪める… というより、射手の
空間認識を歪めるのであろう。
この鎧、佐野市の唐沢山神社に現存する。

敵方は、このようすを見て、震え上がった。
「いくら狙っても、藤太には命中しない!」
浮き足立ったところへ、藤太が単身斬りこむ。
軍団長の比呂定国が、剣を抜いて応戦。

「このパープーが!! ほいじゃけん、
先鋒はイヤじゃ、ゆうたんじゃけえ」
ズバアッと肩からヘソまで切りこまれ、定国は馬から落ちる。
「くやしいのう、くやしいのう…」
定国が果てると、その配下は逃げ散り… 第1軍団、撃破。


「山賊といっても、しょせんは百姓。数が多くとも、烏合の衆よ」
第2軍団も、まったく同様にパニックに陥り、敗走。
だが、軍団長の雷竜が、
「俵藤太よ! 俺と素手で勝負せい!」

すさまじい張り手で、藤太を馬ごとブッ飛ばしたのである。
「ぐはっ」
馬の下敷きになる藤太。
「大将ッ!!」
いかに相手が力士とはいえ、藤太が土をなめるなど、
部下たちには初めて見る光景。

そこへ第3軍団が到着、すさまじい矢の応酬が始まっていた。
それを横目に、雷竜は自分の乗ってきた馬を引き出して、
「避来矢の鎧とて、俺の「馬殺し」の張り手は
避けられぬようだな… グフフ…」
自分の馬に、メガトン級の水爆が炸裂したような
物凄い張り手をかます。

ようやく立ち上がった藤太は、馬が空中を
飛んでくるのを、信じられぬ思いで見た。
涎と血を噴き出し、すでに絶命しているようだ…
ドオオオン!! と、馬の死体が藤太を直撃。
ニヤリとする雷竜、が、しかし…

藤太は倒れない… 馬の死体を、ガッシリと
ふんばって、受け止めている。
「おい、デブ… お前、どこかで会ったっけ?」
この一言に、雷竜の怒りがMAX、地響きを上げ突っこむ。
藤太は馬を放り出すと、拳を固め、
「まあ、ザコのことなんか、どうでもいいか」

「死ねエェッ藤太!! 馬殺しで吹き飛べ!!」
かつて怨霊・菅原道真すらボコボコにした、
ハンマーのような拳が、雷竜の顔にメリこみ…
今度は敵兵たちが、空中を舞う力士の巨体を、
信じられぬ思いで見る番だった。

意識のない雷竜の体は、第3軍団長・平手神酒の
頭上に落下してくる。
「ひいい神酒さんッ 危ないッ 押し潰される!!」
神酒が静かに剣を抜くのを、部下たちは見た。

雷竜の巨体が、真っ二つになって転がる… 
スコールのように降り注ぐ、血と内臓。
さすがの藤太も、目を見張った。
「なんて野郎だ…」
アル中の武人・平手神酒… 
生涯で出会った最強の敵かもしれない。

だが… 剣を握る神酒の手は、震えが止まらなかった。
剣を鞘に収めることもできず、いまいましげに投げ捨てる。
弓を構え、矢をつかむが… 震える手から、矢がこぼれた。
神酒を見る藤太の目が、憐れみに変わった。

それに気づいた神酒が、フッ… 
と、自嘲の笑みを浮かべた、その時。
「グフッ」
流れ矢が、その胸に突き立った… あっけない最期。
「我がこと、終わんぬ…」

第3軍団も壊滅かと思われた、その時。
突如側面から、今までの敵とはちがう、本格的な
軍事訓練を受けた武士団の急襲。
「な、なんだァーッ!?」
英五郎が手配した助っ人… 現在の水上(みなかみ)温泉を
本拠地とする、小川氏の軍団である。

快進撃を続けていた藤太軍は、一気に
崩れ去り、二荒山まで敗走。
周囲を、百足軍が包囲する。
第1・第2・第3軍団は、藤太の注意を正面に引きつけて
おく捨て駒… 全ては、百足の策略だった。

「まんまと、やられたわい…」
体こそ無傷だが、心は敗北感に染まっていく藤太。
そこへ第4軍団も加わって、藤太軍を攻めたてる。
「藤太さん… あっしとサシで勝負してもらいやすぜ」

虚無的な眼差し、唇の端にくわえた長い楊枝…
「五将軍が1人、さすらいの紋十郎と申しやす。
鎮守府将軍を手にかけたのも、あっしで」
「なッ… 兄貴を殺ったのは、お前だと!?」
藤太の目の色が変わった。

ヒュッと風がうなり、何かが飛んでくる。
避来矢の鎧によって弾かれ、藤太の足元に
落ちたそれは、長楊枝だった。
「そいつの先には、足尾の鉱毒が塗りこんでありやす…
この功績で、あっしは五将軍に取り立てられた次第で」

「この野郎… 卑劣な真似をッ!!」
「あっしには、言い訳なんてござンせんよ」
ここで藤太の脳裏に、疑問がよぎった。
待てよ… 兄貴は、上野介の刺客に殺られたんじゃないのか?
なぜ兄貴を殺して、百足の部下が出世する…?

「まさか… 上野介の正体は…」
震える指先で、長楊枝を拾い上げる藤太。
「その、まさか… でござんすよ」
紋十郎が斬りつけてきた。

すさまじい金属の衝突音、両者の剣先は折れて飛び散る。
フッ!
藤太は口から、何かを吹き飛ばした。
紋十郎の首を、長楊枝が貫いている…

「あっしの楊枝で、あっしが殺られるとはね…」
「おい、紋十郎。お前ほどの男が、
なぜ百足の手下なぞなった?」
「そいつは… お前ェさんには、関わりのねえこって」
紋十郎は倒れた。

軍団長が倒され、第4軍団に動揺が走るが… その時。
英五郎が率いる第5軍団が到着… そして、百足の姿も。
「お頭だ!」「百足さまだ!!」「これで勝敗は決したも同然!」
二荒山を囲んで陣を敷く百足軍から、百足コールが湧き上がる。

それを圧するが如く、藤太の声が響き渡る。
「お前ら、よく聞け!! そいつは上野介・妖麻呂だッ!! 
お前らから土地を奪い、妻を奪った憎い敵!!」
百足軍の山賊どもが、沈黙した。

「今、俺の軍門に下る者には、罪を減じてやる! 
俺とともに、百足と戦え!!」
クスクスと、百足が笑いを漏らした。
その笑いが、配下の1人1人に広がっていく。
「お頭が上野介だからって… それがどうした?」
「俺たちはもう、奪われる者じゃない、奪う者なんだ… 
百足さま万歳!!」
「上野介さま万歳!!」

百足軍がいっせいに、矢を放ってきた。
「ひるむな! 応戦だ!!」
藤太の大弓で射る、槍のような矢が、
山賊どもを次々と串刺しに。
だが、藤太軍の圧倒的に不利な状況は変わらず、
壊滅を待つばかりだ。

「百足ッ くたばりやがれッ」
藤太の放つ一撃を、しかし瞬時に鋼鉄化した
肉体で弾き飛ばす百足。
「私に弓は通用しないと、教えたはず…」
百足もまた、大弓に矢をつがえる。

だが避来矢の鎧には、百足の大弓で
放った矢すら、弾道を曲げる。
「弓が通じないのは、お前だけじゃないようだぜ」
「貴様… 悪あがきを…」
歯噛みをする百足は、馬から降りて、
「ならば素手で勝負だ! 来い、藤太!!」

「望むところよ!」
藤太は拳を固め、突進。
雷竜の巨体さえ吹き飛ばすメガトンパンチを、
百足の腹に叩きこむが…
ゴオオオォーン
鐘をハンマーで叩いたような音が。

「ぐわあああああーッ」
藤太の鉄の拳が砕けた… 右手をかかえ、うずくまる藤太。
「ぶはッ」
百足も血を吐いて、よろめく。
「まさか… 内臓に、ここまで衝撃があるとは…」

残った左拳を固める藤太。
「イチかバチか、もう1発叩きこむしかねえ… 俺が両手を
失った時、奴がまだ立っていたら… 俺の負けだ」
最後の激突へ、藤太突っこむ。

迫ってくるパンチの軌跡を、百足は冷静に見ていた。
(藤太を侮っていた… 今度は体だけでなく、
両腕も使って防御だ)
鋼鉄化した両腕でボディー正面をブロックしようとした、その時…
藤太の拳より早く、何かが飛んできた。

百足の左目に、1本の矢が突き立っている…
目、それは鋼鉄化できない、百足の唯一の弱点。
瞬時にして、鋼鉄化の魔法は解け… 
藤太の拳が、ブロックごと百足の体を粉砕する。
10mは宙に舞っただろうか… 
宿敵・百足の死体は砂にまみれ、大地に転がった。

不死身と信じた百足の、非業の最期… 
百足軍は恐慌に陥った。
我先に逃げ惑う軍勢を、なんとか押しとどめようとする英五郎。
「落ち着け! このまま攻めていけば、我が軍の勝利だ!
包囲を解くな!」

「藤太の大将! お待たせしました!」
「猿丸さんを、確かに連れて参りやしたぜ!」
磐次・磐三郎の兄弟が、戦場に飛び出した。
仰向けに寝そべって転がる兄・磐次が、
両足を揃えて宙に向ける。
その両足の上に飛び乗った弟・磐三郎が、2人分の
両脚のバネの力で、ロケットのように大空高くジャンプ… 
空中で矢を射るという神技を見せた。

平安の大空に舞う、スカイラブ・ハリケーン。
はるか頭上から放たれた矢に、英五郎は脳天から射抜かれた。
もはや、百足軍の敗走を止める者はいない。


英五郎が死んだため、小川氏の軍団も
助っ人の義理はなくなった。
包囲が解かれ、二荒山に布陣する藤太の軍は
勝利の雄叫びを上げる。

だが祝宴を前に、磐次・磐三郎の兄弟は、藤太に別れを告げた。
「約束なんで… 俺たちは猿丸さんと、行かなくちゃなりません」
「おい、ちっと待てよ! その猿丸は、どこにいるんだ? 
せめて杯の1杯くらい…」
だが先住民の兄弟は、寂しげな笑みを浮かべ、
霧の奥へ消えていった。



百足軍と藤太軍が激突した湿原は、後に
「戦場ヶ原」と呼ばれるようになった。
現在は、奥日光のハイキングコースとして知られる。
この戦い以来、21世紀の今日まで日光二荒山神社では、
毎年1月4日に赤城山に向かって矢を放つ、
「武射祭(むしゃさい)」が続けられている。

日光二荒山神社 公式サイト http://www.futarasan.jp/

出羽の国へ戻った猿丸と、磐次・磐三郎の兄弟は、
後に「マタギ」と呼ばれる狩猟を生業(なりわい)と
する人々の祖先となった。
山の神を崇拝し、独特の狩猟文化をもつ
伝統的マタギは年々減少している。
文化の保存に向け、努力しておられる地元の方々を、
陰ながら応援したいと思います。