俵藤太物語
6、 こんにちわ佐藤さん
延喜9年(西暦909年)、藤太は20才になったが、
相変わらず酒と喧嘩の日々。
「ただのヤクザ者で終わっちまうのか、俺の一生は…」
何か、デカイことがしてみたい、だが何がしたいのかわからない。
菅原道真の怨霊をボコボコにしたのも、
そんな悶々とした時期のこと。
延喜11年(西暦911年)には百足一味と命がけの大喧嘩、
結果的に堅田の民を救うこととなった。
この年、敬愛する兄貴・藤原利仁が上野介(こうずけのすけ)
=上野国国庁次官に任命され、坂東へと旅立っている。
「藤太よ、お前もガキじゃあるまいし、いつまでもフラフラ
してちゃいかんな。することがないなら、坂東に来い…
待ってるぜ」
「坂東か…」
藤太の父の村雄は、下野に赴任中、現地の
豪族の娘を妻とした。(藤太の母親)
祖父の豊沢、曽祖父の藤成も下野地元民を
妻としており、下野に縁の深い一族だ。
もちろん、相当な領地も有している。
利仁が敦賀でやったように、藤太も下野に帰れば、
山のような芋粥を作れるのだが…
翌、延喜12年(西暦912年)、藤太はようやく決心がついた。
子分たちを引きつれ、3才の時に離れた故郷・下野へと向かう。
「広いな、坂東は… 一面の大草原だ」
関東平野が「武蔵野」に描かれるような
雑木林になるのは江戸時代、
それ以前は一面、草のジャングルだった。
びっちり密集した草の塊は、兎でも通り抜けるのが大変そうだ。
実は今でも、こんな風景が多摩美術大学の近くに残っている。
ニュータウンのはずれに突如現れる大草原が、果たして
原始の時代からのものかどうか、それはわかりませんが。
日本の中心は、なんといっても京の都、
デカイことをするなら都で名を上げねば。
地方に下るなんて負け組み…
そんな意識が、藤太にはあった。
「だが、俺はまちがってたかもな… この坂東の大地を
見ていると、なぜか力が湧き上がってきやがる…
いつか、日本の中心は京の都ではなく、この坂東に
なる日が来るかもしれん」
「もっとも下野あたりまで来ると、山が多くなってきますがね。
あの山並みの向こうは、もう陸奥(むつ)ですよ」
今では頼もしい仲間となった磐次・磐三郎の先住民兄弟に
とっても、下野は故郷である。
濃い眉の下で目をキラキラさせ、うれしそうだ。
国府(=栃木市)に到着、しばし滞在。
隣国(上野)の国府(=前橋市)まで、
利仁の顔を見に行ったりもした。
やがて佐野庄(さののしょう)という荘園を父から譲ってもらい、
ここに堅牢な城砦を築くべく、工事を開始する。
坂東における、藤太の「秘密基地」だった。
最近、アウトレットモールで話題になっている佐野市である。
藤太の武勇伝は東国にも伝わっており、子分を
志願する荒くれ者たちも集まってきた。
佐野を根拠地とする藤太の子孫が、「佐野の藤原」=「佐藤」
の源流である。
が、藤太の血を引いてなくとも、佐藤家に仕える武士たちは
皆、「佐藤」を名乗ることを許されたそうで、そのため
日本には佐藤さんがたくさんいるんだって。
日本で暮らしていれば、誰でも一生に10人の佐藤さんと出会う。
佐藤さんが1人もいないクラスなんて、考えられないだろう。
最近、どこかの選挙区で、候補者が「佐藤さん」ばかりで、
混乱を招いているというニュースをやってましたね。
こうして3年の月日が流れ、延喜15年(西暦915年)。
藤太の兄貴・藤原利仁は、いったん都に帰ったが、この年
「鎮守府将軍」に任じられ、再び坂東に戻ってきた。
鎮守府(ちんじゅふ)とは、東北地方に置かれた、先住民たちに
睨みをきかすための軍事基地・役所であり、この時代は
胆沢城(いさわじょう、岩手県水沢)にある。
軍勢を率いた利仁は、ぶらりと佐野に現れ、
「勅命(ちょくめい)を賜った。高坐山(たかだてさん)の
盗賊どもを討つぜ… 藤太、手を貸せ」
「おう、待ってたぜ兄貴! ひと暴れするか」
ガッシリと手を握る、2人の武人。
蔵宗(くらむね)と蔵安(くらやす)いう名の双子の山賊が、
1000人近い手下を集め、高坐山周辺に3つの砦を築き、
百姓たちから財産や女を略奪したり、朝廷に送られる貢物
の輸送団を襲撃するなど、悪逆の限りを尽くしていた。
現在でいうと、宇都宮市上河内のあたり。
5月6日。
「出撃ッ!!」
ウオオオオーッと雄叫びを上げ、突入する利仁と藤太の軍勢。
いななく馬、舞い上がる砂塵、雨のように矢が降り注ぎ、
砦が炎上する。
3つの砦は、たちまち陥落した。
6月15日。
高坐山山頂の本拠地で、蔵宗・蔵安の兄弟が
酒と女に、心を慰めていた。
「なーに、手下なんざ、お頭がいくらでも
補充してくださる。何せ、こいつらは…」
女たちを侍らせ、杯を傾ける、濃いヒゲ面の
メキシコ人のような兄・蔵宗。
弟の蔵安は、女に鏡をもたせ、ナイフで髭の手入れを
していたが、手の中でキュイィンとナイフを回転させると、
手首のスナップをきかせ…
投げつけたナイフは、兄が手にとった
瓢箪(ひょうたん)に突き立つ。
女たちの、恐怖の悲鳴。
「藤太の首でも土産にせにゃあ、俺たちの
首をさらすぜ… お頭はよ」
兄とそっくりな顔の弟・蔵安だが、より冷酷な目をしている。
瓢箪からナイフを抜くと兄は、背を弟に向けたまま、投げ返した。
弟の耳たぶから1センチ離れて、壁に突き立つ。
「お前に言われるまでもねえ… 藤太と利仁の首は取る」
その時、見張りが
「雪だ! 雪が降ってきやがった!」
初夏だというのに… 異常気象である。
「こんなに積もりやがった… こりゃ、いくら連中でも、
攻めてはこれねえ。今のうちに骨休めをして、
作戦でも練り直すとしようぜ」
だが。
馬に橇(そり)を引かせ、藤太と利仁の軍勢は、
山頂まで上がってきた。
「矢の音だ!」
弟の蔵安が気づいた時には、すでに見張りは全員倒されていた。
こうなっては、投降するしかない。
双子の兄弟は、利仁の前に引き出された。
「蔵宗と蔵安か。お前らが山賊どもの首領だな?」
クックックッ… クックックッ…
「何がおかしい?」
「俺たち兄弟は、先鋒にすぎぬ」
「我らの首領は… 百足さまよ」
藤太も、黙ってはいられない。
「百足なら、俺が殺したぜ!」
クックックッ… クックックッ…
「殺しただと…? 不死身の百足さまを」
「貴様に殺せると思っているのか?」
そう言われてみると、あの時、百足の死体は消えていた…
「おい、藤太…」
困惑する藤太に顔を向ける利仁、その瞬間。
双子の兄弟は、ロボットのように完璧に、同じ動きをした。
それぞれ、左右の袖からナイフが飛び出し、
機械仕掛けのような動きで投げつける。
1本は藤太の馬の首に…
馬は後ろ足で立ち上がり、藤太を振り落とす。
1本は藤太の弓取りの胸に…
藤太の大弓を抱えたまま、絶命。
1本は利仁の馬の脇腹に…
利仁を乗せたまま、暴走する。
1本は利仁の背中に…
のけぞる利仁。
2頭の暴れ馬は周囲を巻きこみ、たちまち大パニック。
その混乱にまぎれ、双子は各々3本目の
ナイフを手に、藤太に襲いかかる。
倒れたままの藤太は、手にした雪を、すさまじい握力で圧縮、
岩のような硬度の雪玉を投げつける。
まともに食らった蔵宗の顔面は、陥没。
さらに足を蹴り上げ、蔵安のナイフの刃を粉砕。
「チッ」
蔵安は、雪煙にまぎれて逃走。
起き上がった藤太は弓で狙おうとするが、
死体となった弓取りの指が、大弓から離れない。
暴走する利仁の馬と、ぶつかりそうになった蔵安は、
「せめて、利仁の首だけでも」
利仁の後ろに飛び乗ると、背中に突き立った
ナイフを抜き、喉首に刃を当てる。
「おい、てめ… 鎮守府将軍・利仁さまの首が、
簡単に取れると思うなよ」
「ム、まだ意識があったか?」
利仁が両足で馬の腹を締めつけると、馬は急停止、
前脚2本で逆立ちをする。
前方に投げ出される利仁と蔵安、雪を血に染め、
倒れたまま剣を抜く利仁。
「首を失くすのは、てめェだッ!」
起き上がろうとした蔵安の、首が飛んだ。
「兄貴! 無事か!?」
かけよる藤太、さいわい利仁の背中の傷は、
深手ではなかった。
「それにしても、百足が生きているってのは… 本当なのか?」
後日、投降した山賊たちを取り調べてわかったことだが、
大部分は、生活が立ち行かなくなった農民たちだった。
「なんだって、こんな大ぜいの百姓たちが山賊に…?」
「そいつは恐らく… 俺の後任の上野介が原因だろうぜ…」
利仁が苦い顔で、話し始める。
「介」というと国庁の次官なのだが、長官である
「上野守」は皇族が就任するのが慣例で、実際に
現地に赴任することはまずない。
なので上野国においては、「上野介」こそが最高権力者なのだ。
利仁の話では、現在の上野介は、かなりのクセ者らしい。
税の取立てが徹底的に厳しく、逆らうものは容赦なく投獄、拷問。
領地の農民に美しい妻や娘がいれば、強制的に
下女として召抱え、手ごめにする。
民は苦しみ疲弊し、生活できなくなった農民は、
隣国に流れて山賊になるしかない。
「なんてことだ…」
「しかも、この伴妖麻呂(とも の あやかしまろ)と申す上野介、
らい病を患ってるとかで異様な頭巾で顔を隠しておる…
俺も奴の素顔を拝んだことはないのだ」
「そいつをどうにかしないことには、山賊は
次から次へと出てくるぜ!」
「待てよ、藤太。相手は国庁の役人だ。今までお前が、
無頼の悪党どもを力でねじ伏せたようなわけにはいかねえ。
いいか、下手に動くなよ」
折りを見て利仁が都に上り、上野介を罷免(ひめん)
するよう、朝廷に働きかけるという。
「そうか… なら、兄貴に任せるとしよう」
利仁はいったん、鎮守府のある胆沢城に入った。
10月に入ると、利仁は少数の家来を連れ、再び佐野に現れた。
これから都へ上るという。
上野介罷免の件もあるが、朝廷から極秘の指令も受けていた。
「極秘だから明かすわけにはいかぬが、
新羅(しらぎ)征伐の将軍に拝命されるのだ」
さすがの藤太も目をむく、壮大な計画だった。
新羅からの海賊船団が、たびたび対馬や博多を襲撃、
甚大な被害が出ていたが、新羅本国まで遠征、
その海賊どもを叩くのだという。
「そいつはすげえ! 武人として最高の栄誉だ。
気をつけてな、兄貴。武運を祈ってるぜ。
あと、上野介の件もよろしく」
だが… 都へ向かう途中。
利仁は、病に冒される。
都に到着して間もなく、息を引き取った。
狂死にも等しい、苦しみようだったという。
「バカな… 佐野を発つ時は、あんなに元気だったのに!」
茫然自失の藤太。
「利仁将軍の出征を占いによって察知した新羅政府は、
唐の高僧を雇い、法力によって利仁を呪い殺した」
都からの情報だと、こんな説がささやかれているようだ。
しかし藤太の独自調査では、毒を盛られた
可能性があることが判明。
「上野介だ! 奴の送りこんだ刺客にちがいない…」
涙を流し、復讐を誓う藤太。
利仁が山賊を討伐した高坐山ふもとの村では、
この偉大な武人の供養が行われていた。
すると、突如として黒雲が湧き上がり、嵐となる。
「舞じゃ! 獅子の舞を舞って、風神の怒りを鎮めるのじゃ!!」
獅子舞を舞ったら、嵐が収まったという。
これが現在も上河内町で受け継がれている、「天下一関白
神獅子舞(てんかいち かんぱく かみししまい) 」である。
毎年8月第1土曜日に、地元保存会による
実演が見られるそうですよ。
※地元では山賊征伐の年を、延喜12年
(西暦912年)としている。