俵藤太物語





プロローグ フロンティア




寛平(かんぴょう)元年(西暦889年)、
第59代・宇多(うだ)天皇の御世。

「(´-ω-`)要するに… 私に皇室から出ていけと。
そういうことだね?」
皇族が増えすぎて、皇室の財政を圧迫していた。
ここらで誰かを「臣籍降下(しんせきこうか)」、
すなわち姓を与えて一般人とし、皇室から
追い出さなければならない。
(前にも書いたが、皇室のメンバーに姓はない。)

白羽の矢が立ったのは、高望王(たかもちおう)、51才。
平安京を開いた桓武(かんむ)天皇の孫という説と、
ひ孫という説がある。
「(´-ω-`)いえ、いーんですよ。私なんか、どーせ」

5月13日、宇多天皇より「平(たいら)」
という姓を賜った。
平高望、後の将門や清盛の祖先である。



昌泰(しょうたい)元年(西暦898年)。

高望は、「上総介(かずさ の すけ)」に任命される。
上総(かずさ=千葉県中部)の国の、副長官である。
長官である「上総守(かずさ の かみ)」は、皇族が
任命される名誉職で、実際に現地へ赴任するのは、
次官の「上総介」ということになっている。
高望はもう皇族ではないので、「守」ではなく
「介」になってしまったのだ。

とはいえ元は皇族、代理人を現地に送って
仕事させ、自分は都に残り、税の収入だけ
を受け取るというパターンもありである。
(これを「遥任(ようにん)」という。)
実際、誰もが「高望は遥任するんだろう」
と、思っていた… 
ところがどっこい。

「(´-ω-`)私は「守」にはなれない、
「介」ですから、どーせ。
都からも出てけってことですよね? 
えー、かまいませんよ。
こっちも、その方がせいせいしますから。
じゃ、都のみなさん、さようなら」

すっかりヘソを曲げた高望は一族を引きつれ、
60才の身で、遥かなる上総へ。


このころの関東地方は、「坂東(ばんどう)」と呼ばれる。
20世紀には世界最大のメガロポリスが
生まれるこのエリア、この時代は一面の
大草原と、ゆるやかな丘。
山がちな日本において、これほど
広い平野は他にない。

夕陽が沈む大平原、荒馬を駆るカウボーイ(牧童)たち、
先住民たちとの争い。
そこは日本における大西部、ワイルド・ウエストであった。
(実際には東=イーストだけど)
生まれて以来、狭い盆地に押しこめられていた
高望にとって、それは目を見張る新世界。
「(´@ω@`)ウワーッ 広ーッ!!」

坂東の住人たちは、おもに
・古代出雲王国や大和朝廷支配地域からの移民
・朝鮮半島からの亡命者(渡来人)
・大和朝廷に帰順した先住民
(「俘囚(ふしゅう)」と呼ばれる)
などで構成される。

高望は彼らと積極的に交流。
地元民も、皇族の血を引く平一族との結びつきを歓迎。
「(´・ω・`)もう朝廷なんか、あてにしない。
都になんか、帰らない。
このこの荒々しい坂東の地こそ、
我が一族の未来と希望なんだ…」


4年後の延喜(えんぎ)2年(西暦902年)に高望は、
西海道の国司に任じられ九州に移るのだが、子供
たちは坂東に残り、土地を購入したり開拓したり
して、広大な土地を所有する牧場主となっていく。

警察力などないに等しいこの地では、野盗や
敵対的な先住民の襲撃から、自力で家族と
土地と財産を守らなければならない。
騎馬と弓矢の技に長けた「俘囚」たちが、
ガードマンとして雇われる。
やがて平一族や、その郎党たちも先住民から
技を習い、武装集団を形成。

こうして、日本最初の武士団が生まれた。
高望ゆずりの、朝廷に対する反発心と
劣等感とを胸に抱いて…


一方、国司として九州の大宰府に渡った高望は。
「しかし高望さま、どうしてまた、わざわざ九州まで… 
遥任して、都でのんびりお暮らしになればよいものを…」
「(´-ω-`)なーに、菅大臣。一度、筑紫(九州)を見て
みたかったんだよ。都になんか、帰りたくねーさー」

菅原道真のボロ邸で、酒を飲んでいた。
都に帰りたくて腐ってる道真とちがい、高望は
坂東暮らしですっかりワイルドになっている。
「それにしても、なかなか味のある家だね、大臣…
あんたも相当、恨みがつもりつもってんじゃないの?」

「と、とんでもない! 帝をお恨み申し上げるなど…」
この時、すでに道真は体を病んでおり、無精ヒゲは
ボウボウ、目は狂気でギラギラ。
「誰が… 怨霊など… なってたまるか…」

「(´-ω-`)へえ、そう」
高望は元皇族だけに、帝や藤原摂関家に
対する文句も、遠慮なく語った。


「何… 高望王の一族が朝廷に不満をもっており、
しかも坂東で勢力を伸ばしていると…」
この話は道真だけでなく、近くの観世音寺(かんぜおんじ)
に潜伏している魔風大師の耳にも入った。
そして、「乞食のような男」にも…



延喜18年(西暦918年)、
第60代・醍醐(だいご)天皇の御世。

下総(しもふさ)の国、相馬郡(そうまごおり)の丘で、
乞食のような男は寝そべって、雲を見ていた。
「空が広いぜ…」
馬の駆ける音が、近づいてくる。

「ドードー! おい、お前! そこで何をしてる?」
馬上の少年は、乞食に問うた。
がっしりした逞しい体、太い眉の男らしい顔立ち。
相馬小次郎(そうま の こじろう)、この年16才、
平高望の孫にあたる。

父の良将(よしまさ)は高望の三男、
猿島郡(さしまごおり)の大地主である。
小次郎はこの年まで、母の故郷であるこの
相馬で育てられ、明日には都での武者修行
のため、旅立つことになっている。
今日は生まれ育った原野に別れを告げるべく、
馬で駈けめぐっていたのだが…

「どっこらしょ」
上半身を起こして、小次郎をしげしげと眺める乞食の
顔には、かすかに懐かしげな笑みが浮かんでいた。
小次郎は、まるで離ればなれになった父親と
再会したような、不思議な感覚に捕われ、
「な… なんだ、お前は? なぜ俺をそんな目で見る?」

「都に上ったら、天国(あまくに)って刀鍛冶を訪ねてみな。
いい刀を作るぜ。お前が欲しがってるようなのを」
それだけ言うと、乞食はまた大の字になる。
小次郎は、いくら怒鳴りつけても乞食が
起きないので、やむなく走り去った。



時は戻って、延喜(えんぎ)9年(西暦909年)。

菅原道真は怨霊となり、都を襲撃した。
(天神記(四)参照)
法性坊尊意(ほっしょうぼう そんい)や、天狗と
化した真済(しんぜい)との激しいバトルの末、
右腕を失い全身にダメージを受け、やむなく
撤退してきたのだが…

「おのれ、真済め… だが奴も、無事ではおるまい。
この体を修復したらすぐに、舞い戻ってきてやるわ… 
そうだ、修復の材料に使う死体を調達しておこうか」

裂けた唇をニンマリとさせ、
「いや、死体でなくとも… いい体の持ち主が
いたなら、ひねり殺して材料にしてくれる」

その時… なんという偶然か、前方から1m80pほどの、
筋肉で凝り固まったようなゴツい人影が現れた。
酔っているのか、足元がフラフラしている。

クックックッ… 邪悪な笑いがこみ上げてくる道真。
「これはまた、都合よく獲物が… 実にいい体だ…」
だが。
笑っているのは、道真だけではなかった。

「こりゃまた… 好都合なカモに出くわしたぜ」

道真は、人影をにらみつけ
「そこの下衆(げす)。カモとは、どういうことだ?」
この男、俺の姿を見て恐怖を感じないのか?

男は上等な装束を身につけているが、下品にだらしなく
着崩し、鍛え上げた筋肉をのぞかせている。
髪もヒゲもワイルドに伸びて、片方のまぶたが
つぶれ気味の、男臭いゴツい顔を彩っている。

「先ほどまで、雷をサカナに飲んでおった… 
雪見ならぬ、「雷見」ってわけだが」
平安京を恐怖のドン底に陥れたサンダーストームを、
あっさりと酒肴あつかいする。

「雷が収まって、酔いが醒めちまって… 
世の中のことをつれづれに考えたらよ…
なんかこう、誰かをブン殴りたい気分になっちまってな」

「ほう」
「かといって、俺が本気で殴ったら、
たいていの奴はひとたまりもない。
どこかに熊みたいなガタイの、そう簡単には
死にそうもない御仁はおらぬかと…
そうしたら、なんとまあ。道の向こうから、
あんたが歩いてくる」
男はイタズラっぽく、目を輝かせた。

道真は、憐れみの笑いを浮かべた。
この酔っ払い、自分の置かれた状況が、
まるでわかってない…
いくらダメージを受けているとはいえ、死体を合成して
作った道真の体はモンスターのパワーを秘めており、
生身の人間など相手にならぬ。

「おや? あんた、片腕がないのか? 
まあいい、俺も右腕1本でやるよ」
男はグッ… と、右手を岩のような拳に固める。

道真は、ゴキブリでも叩き潰すような
気持ちで男を見下ろし、
「下衆。ここで死…」

グワボオオオォォッ
と、すさまじいパンチが顔面に叩きこまれ、
道真は後ずさった。

「な…」
脳が揺れ、意識が一瞬白くなる。
男はさらに第2撃をブチかまそうと、拳を振り上げる。

「このゲスがァーッッ!!」
怒りの道真、すさまじい蹴り。
10トントラックの衝突に匹敵するパワーだ。

しかし、男は倒れない。
なんとか着地すると、よろめいたが持ち直す。
「いいモン、もらったぜ…」
頭を振ると、ペッと血を吐き出し、突っこんでくる。

道真の体を、戦慄が走った。
(バカな… こいつ、タダの人間だろ… 
なぜ立っていられる…)

「それとな、俺の名はゲスじゃねえ」
道真の腹に、顎に、横っ面に、
ハンマーのような拳がメリこむ。 
マグマ状の体液が、四方に飛び散る。

「藤原秀郷(ふじわら の ひでさと)… 
人は藤太(とうた)って呼ぶぜ」

「ガハアアアァッ」
ついに道真は両膝と両手をついて、男の前に屈した。
「ま、いくらかスッキリしたわ… じゃあな」
立ち上がることもできない道真を残し、男は去った。


この時のダメージで体内がグチャグチャに
なっていたため、道真の体の修復には、
何年もかかることになった。
また、タダの人間にもこれほど恐ろしい奴がいる… 
という恐怖感から、道真の復讐は、延喜9年の時の
ように都を強襲する形は2度と取らず、ジワジワと
時間をかけて攻めていく戦略へと変更される。



武士というと、皇族に起源をもつ平氏や源氏が有名だが、
増えすぎた藤原氏の中からも、あぶれたり地方に追いや
られたりした者たちを中心に、武装集団が生まれてくる。
いわば、武闘派の藤原氏。
その代表である藤原秀郷は、佐藤さんや
伊藤さん、近藤さんの祖先である。