ぷりぷり将門記





9、 影武者




こうして再び、現世(うつしよ)に戻ってこられようとは・・・
わが生涯をかけて編み出した秘術
「月下転生(げっかてんしょう)」、
まさに恐るべし・・・・・・

やがて、私とあなたの区別は完全に消滅するだろう・・・
私たちはもともと、2つに別れた1つの魂だった・・・
荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)・・・

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天国よ、何ゆえ我が体を乗っ取ろうとする…
お前の目的は何なのだ…
初めから、その目的のため、俺に近づいたのか…
今まで俺に尽くしてくれたのは、すべて嘘か…

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私の目的は、あなたと同じ・・・
謀反を起こし、朝廷を倒すこと・・・
そして、失われた出雲の王国を復活させること!
出雲は、天孫(あめみま)に国を譲ったのではない、
奪われたのだ!

やがて、この坂東の地に出雲王国は復活する…
その王となるべきお方、つまりあなたに、
私は心から忠誠を尽くしたのです…
出雲の王、すなわち大国主である大ナムチの
転生であるあなたに・・・
だが、あなたがの大ナムチの半分、和魂にすぎず、
まさか私が残りの半分、荒魂であったとは、
思いもよらぬ運命であったが…

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何を言っているのだ、お前は…
俺は謀反など、決して起こさない!
大国主などでは断じてない、俺は将門だ!

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「どうしました、兄さん? まもなく
武芝の陣営に着きます」
将平の声で、夢うつつの状態から醒める、異形の将門。
「あ… よし、本隊はここで待て! 
将平、使者となってこの書状を、武芝に届けてくれ」


書状を読んだ武芝は、山中の隠れ家に、
喜んで将門らを迎え入れた。

「これまで何度も財産の返還を求めましたが… 
それを無視するばかりか、邸を取り囲んで
威嚇したり、矢を撃ちこんできたり… 
こちらも黙っているわけにもいかず」

苦渋に満ちた表情で、紛争に至る経緯を話す武芝。
仲裁に入ってくれる者は、誰であろうと天の助けのように
思えるので、将門の異様な雰囲気も、全く気に留めない。
「貴公の武名は、かねてより耳に… この状況を、
どうにかしていただけないでしょうか?」
「もとより、そのために参ったのです、郡司どの」

さて、ここで新情報が届いた。
「将門が兵を引き連れ、武芝に加勢しに来た」
という噂を耳にして、興世王と経基は家族を連れて、
比企郡の 狭服山(さふくやま)へ避難したという。

「すまんが、将平… 今度はその狭服山へ、この書状を
届けておくれ… 相手を警戒させないよう、1人でな」
「それはまた… 命がけの使者ですな」
気乗りしない将平だが、ただちに出発。


書状を読んだ興世王は、将門という人物に興味をもった。
「話し合いだけでも、行ってみるか」
それを聞いて、青くなったのは経基。
「これは罠ですぞ! 講和をもちかけ、だまし討ちにする
くらい朝飯前の男です、将門というのは。それに…」

すっかり貞盛に洗脳されていた経基は、将門を
鬼畜のような大悪党と思いこんでいる。
「私のつかんだ情報によると、奴の身に異変が
起きたという… ただでさえ悪鬼の将門が、
異形の怪物そのものに変化したとか」

これを笑い飛ばす、興世王。
「では万が一に備え、六孫くんは残りたまえ… 
もし、私の身に何かあったら、その時は妻と子を頼むぞ」

わずかな護衛のみを引き連れ、山を下りる
興世王を見送りながら、経基は
(危険だ… でもまあ、あの男が
殺されても、別にいいか)


将門の取り成しで、興世王と武芝の話し合いが始まる。
最終的に、仲裁者の提案どおり、
「武芝は奪われた財産を、贈り物として興世王に与える。
かわりに興世王は、検注を中止する。」
という案で、手打ちになった。

(我が家は大損害だが、検注が中止になれば、
領民が助かる… 全ては、領民のため…)
(検注を中止にするのは痛いが、このまま騒ぎが
収まらないと、なんの利益も得られないまま、
都に召喚されてしまうからな…
奪った財産の分だけでも、俺の収益になれば…)

続いて酒宴が始まると、表面的には両者はすっかり
打ち解け、意気投合したかのように見えた。
「本当に、兄さんの仲裁で丸く収まってしまった…」
将平は、改めて兄を尊敬の眼差しで見る。

興世王も、すっかり将門を気に入ったようで、
「君のおかげで、無益な争いに終止符が打たれた。
心から礼を言うよ… 良かったら、これからも
おつき合いを願いたいな」
将門とつるんでいれば、何かいい儲け話でもありそうだ…


だが、武芝の郎党たちは、この手打ちが面白くない。
なんといっても気の荒い、坂東の武者たちだ。
「理不尽な行いをしたのは向こうだ、こちらが一方的に
被害を受けて、結局泣き寝入りとは… 気に食わん」

「だが和解をした以上、明日からは、
国司の兵と争うことはまかりならぬ。
郡司さまの決定には従わねば」
「ならばせめて今夜、最後に1発、食らわせてやりてえな…
介(すけ)の野郎、まだ山に籠もってるそうじゃねえか」

酒の勢いもあって、一部の者が
武装して狭服山に向かった。
実際に兵を率いて威嚇行動をしていたのは、
介の経基だったので、彼の方が興世王より
嫌われていたようだ。

経基の方でも、その自覚があったのか、
相当に神経過敏になっていた。
宿舎としている山寺を、武芝の兵が包囲、
怒声を上げ、矢を1本撃ちこんでから、
引き上げていったのだが、

「敵襲だ! やはり興世王は殺されたのだ!」
神経を引き裂かれるような恐怖の中、
夜を明かすと、妻子を連れて脱出、
一目散に都へ逃げ帰った。


後に、この話を聞いた興世王は笑い飛ばし、
「あの臆病者め! 武名も名ばかり、口先だけ
の男だったわい… あんな奴、もういらん。
これからは、将門と組む」
もともと反りの合わない経基がいなくなり、
せいせいしている。

また経基の方も、都への道すがら、
興世王の存命を知ったが、
「さては、郡司と将門に丸めこまれたにちがいない…
あの3人は共謀して、謀反を起こそうとしている!」
武蔵の騒乱は収まったのに、1人だけ
除け者の経基であった。



年が明け、天慶2年(西暦939年)。
2月12日、太政大臣の藤原忠平は、貞盛から
訴えのあった件について、結論を下した… 
将門の召喚である。

さして多くない100余騎という数、だが軍勢を率いて
坂東諸国の関を無断で越えたばかりか、信濃では
国府の兵と交戦し、死者まで出しているのだ。
たとえ追捕の命が出ている貞盛を捕らえるためとはいえ、
ここまでやると、軽い罪では済まされない。

召喚状をもった使者が下総へ急行し、
それからしばらく後の3月3日。
ボロボロになった経基が、ようやく都へ到着、
「将門、興世王、武芝が手を組んで、謀反を起こした!」
と、訴え出たのである。

この知らせに、朝廷は動揺した。
「信濃国府と戦った将門が、ついに謀反を…」
だが、太政大臣・忠平は、将門を信じていた。
「あいつは、うっかり者で、やりすぎるところがあるが、
決して謀反を起こすような人間ではない…」
早速、調査団を坂東に送り、事実を調べさせる。


5月2日、将門からの書状が、朝廷に届いた。
武蔵を始め坂東5ヶ国の国司からの、
「謀反は捏造」
という証書を添えてある。
「やはり、な」
ほっとする忠平。

将門の疑いは晴れた… 謀反に関しては。
だが、信濃での戦闘に関する召喚については、
無視したままで、上洛する気配は一向にない。
朝廷が出した判決に、将門が不満を
もっていることは、明らかだった。

6月9日、謀反の報告を捏造、将門らを讒言(ざんげん)
した罪で、経基は監禁されてしまう。
「武勇に優れたる貴公子」で通っていた経基は、
ここで初めて、世間の笑い者となる。



舞台は再び坂東へ戻り、6月上旬。
平良兼は病に倒れ、帰らぬ人となった。
これで、将門から父の遺領を奪い取った
叔父たちは、全て死に絶えたことになる。

将門はたびたび兵を出して、奪われた
領地を取り返しにかかっていた。
辰子は、長いこと敵対していた実父の
冥福を祈り、そっと手を合わせる。

その乳房には、この春に生まれたばかりの
愛らしい娘が吸い付いていた。
名前は、楓(かえで)。
後の、妖術使い「瀧夜叉姫」である。


それから10日ほどして、あの宿敵・貞盛が、
将門追捕の官符をもって都より帰ってきた、
という情報が入る。
「あの馬鹿め… 殺されに戻ってきたか」
さっそく兵を出動させると… 貞盛は、どこかに雲隠れ。

良兼という後ろ盾を失い、この坂東において、将門と
張り合うほどの兵力は持ち合わせていない貞盛。
将門の弟たちは愉快そうに笑い、
「あの手強かった貞盛も、今では逃げ回るしか
能のないことよ… 笑うしかないな」



武蔵の国では、再び揉め事が起こっていた。
5月に赴任してきた正式な武蔵守(むさし の かみ)、
名を百済王貞連(くだらのこにきし の さだつら)という。
権守(ごんのかみ)の興世王とは、犬猿の仲だった。

赴任して直後から、徹底的に興世王をイビリ倒す。
会議からも締め出し、一切仕事を与えない。
仕事がなければ権限もなく、賄賂の取りようもない。
ついに興世王は役職を放棄して、石井の
営所に将門を訪ね、泣きついた。

「もうイヤだ! あんな役所にはおられんわ」
「好きなだけ、ここにいればいい…」
周囲の反対も聞かずに将門は、この金に汚い男を
受け入れ、館まで提供した。


続いてもう1人、将門の保護を求めて、
妻子とともに逃げこんだ者があった。
常陸の豪族で、霞ヶ浦沿岸地域を領有する
藤原玄明(ふじわら の はるあき)である。

史料によると、民を苦しめ収穫を奪う、盗賊まがいの
害毒のような存在… らしいが、いずれも玄明と敵対
した朝廷側の記録なので、本当にそこまで悪人
だったかどうかは、疑わしいかもしれない。

坂東で生まれ育ったので、粗野で荒っぽい、
土の匂いのする男なのは、間違いないだろう。
常陸介(ひたち の すけ)・藤原維幾(ふじわら の
これちか)と、以前より鋭く対立している… 
という話は、将門も聞いていた。

国府側の言い分では、
「玄明は租税を納めようとしない」
「出頭の命令に応じない」
「国の倉庫から、米などを強奪する」

玄明が言うには、
「規定以上の税を課して、ピンはねしてやがる」
「出頭すれば、捕らえるつもりだろう」
「領民から奪った米を取り返してる」

国府の長官は、ふつう「守(かみ)」だが、常陸の「守」は
親王が任命される名誉職で、実際に赴任はしない。
よって次官の「介(すけ)」が実質的に長官となる。
常陸介・維幾は、朝廷に玄明を訴え、「逮捕すべし」との
官符を受け取ると、兵を動員して包囲にかかった。

その囲みを破って、妻と子を連れ、命からがら
将門の営所ま逃げてきた玄明だった。
「介の維幾は、悪党だぜ… このままでは、殺されちまう。
あんた武蔵の争いも仲裁したそうじゃねえか。
俺の方も、ひとつよろしく頼むよ」

「わかった… しばらく、ここにいるといい」
もちろん、重臣や兄弟たちは反対したのだが…
将門の営所は今や、坂東での抗争に敗れた者たちの、
駆け込み寺のような状態になっていた。

それにしても、この頃の関東地方において、
欲望むき出しのギラギラした血生臭い
闘争の、なんと多いことか…

しばらくして常陸国府より、玄明の身柄を
引き渡すよう要求が来たが、
「あの男なら、とっくに逃げましたよ」
と、とぼけて煙に巻いた。



さて、10月になった頃… 宿敵・平貞盛は
下野(しもつけ)の国府に潜伏していた。
(現在の栃木県栃木市)
「俺の人生は、一体どこで狂ってしまったのか…」

朝廷の力を借りて、将門を討つはずであった。
ところが、貞盛の訴えが通って、将門が有罪となっても、
朝廷は「ただちに上洛せよ」という召喚状を送りつけるのみで、
これを無視されたら、まったく打つ手がない。

挙句の果てに、貞盛に「将門を捕らえるべし」という
官符を押しつけ、無理やり坂東へ帰してしまった。
軍事力がなければ、官符があっても、
誰がおいそれと命令に従おうか… 
それどころか、貞盛の命を狙って、
将門が兵を差し向けてくる始末。

「あー、もうイヤだ! 将門のことなど
忘れて、都へ帰りたいものだな…」
「何を腐っている、貞盛!久しぶりだな」
「や… おぬしは平維扶(たいら の これすけ)!」

貞盛の親友・維扶は、陸奥守(むつ の かみ)
に任命され、都から現地に赴任する途中、
下野国府に立ち寄ったのだ。
「どうだ、俺といっしょに陸奥へ行かないか?」
「なに? 陸奥へ…?」

全てのしがらみを捨て、広大な陸奥の新天地へ…
そのアイデアは、貞盛の心を痛く刺激した。
「行きたいな… 行きたいぞ! お前といっしょに」
「よーし、決まりだ! 荷物をまとめておけ、明日発つぞ」


だが、そうはいかない運命であった。
翌日、どこで情報を仕入れたか、将門軍が
陸奥へと向かう維扶一行を包囲して、
「貞盛を渡していただこう! あの男には、
追捕の命が出ているのです!」

こいつらが、坂東で今、勢力を広げて
いるという、将門の武士団か…
維扶の額に、いやな汗が滲み出る。

その時、貞盛が飛び出し、
「維扶! 俺に構わずに、陸奥を目指せ!」
包囲網を突破した貞盛は、森の奥へと逃げこむ。

しばらくの間、山中でのサバイバル
生活を強いられるハメに… 
野草をかじり、夜露をすすり、石を枕にする数日間、
貞盛の胸には確固たる決意が生まれた。

「今や、明らかなことが1つある… それは、平将門を
討たぬ限り、俺の明日はないということだ!
やるぞ… 俺の全知全能を上げて、将門を討つ!!
今度こそ、決着をつけ… 全てを終わらせるッ!!」



11月21日、将門は1000余騎の軍勢を
率いて、常陸国府を目指していた。
(現在の茨城県石岡市)
あらかじめ、「玄明の件で、事情を伺いたい」と
書状を送っておいたのだが…

国府側は、3000の兵をもって待ち構えていた。
「ついに来たな、将門!」
先頭には、常陸介・藤原維幾の姿が。
数の優位をバックに、勝ち誇っている。

「常陸介どの、今日は話し合いに参ったのですが…
藤原玄明が問題を起こしていたようですが、あの男は
下総の我が所領に住まわせ、以後ご迷惑かけません
ので、どうか追補は勘弁してやってもらえませんか」

「問答無用じゃ、この逆賊め」
「これ以上、争いを長引かせても、民草が苦し…」
将門の言葉が止まったのは、維幾の背後に、
宿敵・貞盛の姿を見たからである。
「お前たち… 手を組んでいたのか…」

いきなり、国府軍が矢を放ってきた。
もはや、戦うしかない。

貞盛は、将門の片目片足が機能してないことも、
鋼鉄化する術を身につけたことも、
噂には聞いていた。
「鬼王… 今日こそは長きに渡る因縁、終止符を打つ!」

風を切って矢が乱れ飛ぶ矢戦の中、奇妙な装備の
馬が5頭ほど、将門軍の方へと向かってきた。
人を乗せておらず、大きな甕(かめ)を
背に、くくりつけている。
「気をつけろ、何か来るぞ!」

将門軍まで至近の距離となったところで、
飛来する矢が次々と甕を割る… 
中から溢れてきたのは、油だった。

「油をブチまけたぞ! 次に来るのは…」
当然、火矢である。
辺り一面、たちまち火の海と化した。

「ぎゃああああああーっ」
兵も馬も、火だるまになる… 
将門も、その中にいた。

落馬して転げ回る宿敵の姿に、
貞盛は会心の笑みを浮かべ、
「どうだ鬼王! 矢は防げても、火は止められまい!!」

将門は焼け死んだ!
「敵将は倒れた! 後は烏合の衆、全軍で包囲しろ!」
号令を下す維幾、その背後で貞盛が凍りつく。
「バカな… 嘘だろ…」
「どうしました、貞盛どの」

貞盛の指差す方向に、信じられない光景があった。
将門軍を2つに割って、その中央の空間を、
7人の騎馬兵が、悠然と前に出てくる… 
全員、同じ姿をしている。
7人とも、将門だった。

「なんじゃあああ、あれはあああーッ」
目玉が飛び出るかのような維幾を見捨て、貞盛は
さっさと馬の頭を回し、戦場から逃亡する。

7人の将門は、不気味にハモりながら、
「行け! 国府軍を殲滅せよ!!」

勢いに乗った1000騎の軍は、腰の砕けた
3000騎を、いともたやすく粉砕する。
その結果…

藤原維幾は、己の過失を認め謝罪… 
将門の要求を全面的に受け入れた。
役人たちは地に跪き、国府の印は将門が没収。

国府の宝物や高価な品々は、ことごとく略奪され、
家は焼かれ、女たちは辱められた。
藤原維幾は、血の涙を緋色の衣でぬぐったという。
その後、鎌輪の本拠地まで連行されることに。


貞盛は、維幾の子・為憲(ためのり)を連れて山野に
隠れ、再び将門軍に追われる逃亡生活に入る。
ちなみに為憲は、「工藤」姓の祖先である。

「ああ、見ましたか、貞盛どの… 7人もの影武者が…」
「鬼王、あそこまで怪物となるとは… だが」
意気消沈していた貞盛の目に、光が宿る。

「勝ったのは俺よ! 奴め、国府を相手に戦いおって…
今度こそ紛れもなく、鬼王は謀反人となった!
朝廷から派遣される軍が、必ずや奴を倒す」