ぷりぷり将門記





5、 骨肉の争い




高望王の長男・国香は、昔は三兄弟の筆頭として、
領民の尊敬を一身に集めていたものである。
が、都では凡庸だった三男の良将が、この辺境の地に
おいては、兄以上の才覚を発揮、領地を拡大し…
存在感を増していくと、なんとも妬ましくなってきた。

「良将よ… 平真樹とつき合うのは、よしなされ」
いまだに抜けない京言葉で諭しても、
弟には聞いてもらえない。
「でないと今に、ワシら敵同士になってしまうよ」

国香は、常陸の大領主・源護の娘を、妻にしていた。
護本人とも、義兄弟と言ってもいい間柄だ。
そして護は、もう1人の大領主である平真樹と、
土地をめぐって紛争していた。

「源氏のやり方は、悪ど過ぎるよ。兄さんこそ
護のじいさんを諌めるべきだよ」
「ほうか… ほうかほうか… ほな、しゃあない」

勝楽寺建立の祝いの席で、酒に一服盛り、
病死に見せかけ、反抗的な弟を亡き者と
したのも、しゃあないことであった。

長男の貞盛に手紙を送り、将門の帰郷を遅らせる
よう命じたら、盗賊を雇って将門を襲わせるという
卑劣な手段に出たと聞いて、父子の血は争えない
ものよ… と、感心してしまった。

しかも後で証拠が残らないよう、盗賊どもは
秘かに始末したというから、実に完璧だ。
「我が子ながら、恐ろしい奴…」
そのようにして、良将の領地の
大部分を奪い取ったのだが…

今回の将門襲撃も、護と入念に打ち合わせて、
完璧なプランだったはず… が、しくじった。
しかも、ただの負け戦ではない。
現場には、今だかつて見たこともないほど
鋭利な刃物で切断された、三兄弟と馬の
生首が転がっていた。
「人間の所業とは思えぬ…」

3人の息子を1度に失った護は、国香に泣きついてきた。
「あの鬼王の餓鬼を地獄に落としてくれよおおおっ
このままじゃ、あの世に行っても、倅たちに合わせる
顔がねえ! 痛かったろうよ… 苦しかったろうよ…」

今は良兼も良正も遠隔の地におり、
護のそばには国香しかいない。
「やれやれ… 戦か…」

裏工作が得意な国香、正面きっての戦は
できれば避けたかった。
それでなくとも、三兄弟を討ち取った「妖刀」の噂が
広まり、戦仕度を整える兵たちの士気は低いのだ。

「だが、まあ… 兵隊の数は、こっちが上や」
それに、あのボンクラ良将の倅、
俺に逆らう根性はあるまい…
今ごろは「大変なことになった」と、
ガタガタ震えておるやろ…

「お館さま! 大変です!」

その時ようやく、国香の鼻にも…
「うおっ 焦げ臭っ」
外に出てみると、遠くから煙が立ち昇っている。
ひと筋、ふた筋… どんどん増えていくではないか。

「出陣や! 迎え撃て!」
だが、奇襲を受けて国香の兵たちは、
混乱の極みにあった。
縦横無尽に駆け回る将門の騎兵たちは、
家や倉庫に火をつけて回っている。

「邪魔する者は斬り捨てるッ」
妖しく光る刀を抜いて、馬上から国香軍歩兵の首を
刎ねたのは、将門の家に古くから使える家臣、
伊和員経(いわ の かずつね)。

噂に聞く「妖刀」とは、あれか!
日本刀の輝きは、国香軍のパニックに、
さらに拍車をかけた。

燃え広がる炎を逃れて、外に飛び
出した者は、矢の餌食となる。
矢に驚いて、炎上する家に戻った
者は、そのまま焼け死んだ。

坂東に移住して以来、苦労を重ねて貯えた
国香の富は、ほんの一時の炎のため、
全てが灰となっていく。

ついに国香の館も、炎に包まれた。
「お館さま! ここを捨て、落ちのびてください!」
「いや… お前たち、逃げい。ワシは残る」
「なんですと!?」

もはや、これまで…
全てが終わったことを、国香は悟ったのだ。
「鬼王の奴、まさかここまでやるとは…」
棟が焼け落ちて、火と煙に包まれ、
国香の姿は見えなくなった。


この日、将門は将頼・将平だけでなく、まだ若い3番目
と4番目の弟・将為(まさため )、将武(まさたけ)まで
動員し、国香の領土全て、さらに源護の本拠地・大串
(下妻市)をも急襲、焼き滅ぼす。
500軒以上の家屋を焼き払い、その高く立ち昇った煙は、
常陸の国庁からも目撃できるほどだったという。

「今こそ、お父上の仇を取る時です!」
と、辰子に煽られまくって発奮した将門は、
兵たちを集めると、

「俺たちは単なる兵(つわもの)ではない、
この坂東を治めるため、天より選ばれた
『武士』という誇り高き存在なのだ!」
などと演説をぶってしまい、その昂ぶりに身をゆだね、
一気に国香と護を叩いてしまったのだ。

この時点で、将門の軍勢の半数近くが、「日本刀」と
いう「武士のシンボル」を手にしていた点も、大いに
士気を高めるポイントとなった。

源三兄弟を刀で討ち取ったとはいえ、
あくまでも合戦の主役は弓と馬… 
それは、誰もが常識としてわかっている。
が、それでも日本刀は、「武士」という集団を、単なる
「兵」と区別化する、不思議な魔力があった。
「ジェダイの騎士」にとっての、ライトセイバーのように…

「日本刀を使いこなす者=武士」
なんて書くと、歴史の授業で赤点をもらって
しまいそうだが、「武士」と「日本刀」が同時
に誕生したのは、ただの偶然ではあるまい。


そういう次第で、大勝利を収めた将門であったが、
興奮が去ってみると、己の行為に愕然とした。
(向こうが先に仕掛けてきたとはいえ… 
血のつながる叔父を死なせてしまった… 
それに、これだけ大規模な戦があったとなると、
朝廷にも報告が行く… なんと弁解しよう…)

脳裏をかすめるのは、比叡山でのこと。
「俺とあんたで、都を攻め落とそうよ… 謀反(むほん)を
起こして、この国を奪っちまおうぜ…」
いやいや、今回のことは、単なる身内の争い。
都とも朝廷とも、いっさい関係ない。

「ま、それにしたって申し開きは考えて
おかないと… あーやだやだ、なんで
こんなことになってしまったんだ…」

騎馬部隊の先頭に立って戦う、男らしい将門の裏に、
ウジウジして優柔不断なダメ男の顔があった。
こういう夜は辰子ではなく、優しい
桔梗に慰めてもらいたい。


「今夜もまた、1人か…」
昼の間は、将門といっしょにいる機会の多い辰子。
領地の経営について話し合ったり、ともに兵たちを
慰撫して回ったり… 頼りにされている妻だった。

「だけど夜は…」
圧倒的に、桔梗の離れへ通う回数が多い。
女として最も愛されているのは、桔梗にちがいなかった。
「私は、あの人の姉… いや、同志みたいなものかな…」

他の女に嫉妬するなんて、あさましいことは性に合わない。
だが、さすがに寂しさを隠せない辰子だった。
「ああ、でも… あの人はもっと寂しいだろうな…」
正妻である「君の御前」は、今やほとんど存在感がなく、
単なる将門と真樹を結ぶパイプにすぎなかったのだ。



都から馬を飛ばして、国香の嫡男・貞盛が帰国した。
実家の悲劇を手紙で知るや、ただちに
暇をもらい、都を発ったのだ。
つき合いのある人々は貞盛の
心中を思い、涙したという。

「財産というのは、1人の主人のもとに留まらない
ものなので、これを失うのは仕方ない… 
悲しいのは父が黄泉(よみ)の国(=死後の世界)へ
旅立ってしまったこと… そして母が1人で野山を
さまよっているということ… 
父母のことを思うと、胸が張り裂けそうです」

こんな殊勝な言葉を残してきた貞盛だが、
その胸の内には、当然のことながら、
将門への怒りの炎が燃え盛っていた。

実は、将門からも書状を受け取っていた。
事件の経過を淡々と記して、
「このような結果となり、残念に思う」
と、結んである。

(人の父親を殺しておいて、残念だ、もないものだ…
だが親父も愚かな真似をした… そもそも、良将の叔父
を殺さずとも、いずれ俺が将軍となれば、あの父子の
土地など、思うまま取り上げてやったのに…)

源護と将門、どっちにもいい顔をして、要領よく
立ち回っておればいいものを… 
いい年をして、なぜそれができない?
父に対する敬慕よりも、軽蔑が先に立つ貞盛であった。
今、都を離れるということは、俺の将来にも
差し障りがあるのだぞ…


とりあえず帰ってきた貞盛は、焼け跡から
父の遺体を掘り出し、近隣の岩山に
隠れていた母と妻を救出する。
(鬼王… 家族への愛情は薄い俺ではあるが、
この仇はいつか必ず討つからな…)

だが父の葬儀の後、貞盛の行動は、周囲を驚愕させた。
将門と対面し、和平協定を結んだのである。
「この男、平将門は従兄弟であって、真の敵ではない…
あくまで自衛のため、戦ったに過ぎない。
我が父・国香は、源氏との縁があったため、土地争いの
巻き添えになってしまったが、これ以上の争いは不要だ」

「おお、夜叉… いや失礼、貞盛… 
そんな風に言ってくれるか。ありがとう… 
俺は、ずっとお前を誤解していた…」
「身内同士のイザコザが、これ以上大事になれば、
私もあなたも、失うものあっても得るものはない」

生き延びた国香の兵や領民たちは、これを聞いて、
「信じられねえ! 殺されたのは、自分の父親なのに…」
だが貞盛は、冷徹に命じるのだった。
「母を仏門に入れ、子供は誰か養ってくれ。
田畑の面倒も頼む。私は、都でのお役目が
あるので、戻らねばならない」

さっさと帰途につく、若い後継ぎの後姿に
向かい、誰かが唾を吐いた。
「なんて冷たいお人だ…」
「人間じゃねえよ、あれは」



その頃、国香の弟にして辰子の父・良兼は、
上総介(かずさ の すけ)として千葉県中部
上総の国にいたので、だいぶ遅くなってから
知らせを聞いたうえに、任地から動くことは、
ままならなかった。
そこで、さらに下の弟・良正に白羽の矢が立った。

都に生まれ育ち、役人としては大成しそうにないので、
兄たちを追って坂東に来た男、良正。
ヤクザっぽい遊び人だが、武芸に腕が立つと評判だ。
兄たちと同様、源護の妻を娶り、常陸の
水守(みもり)を本拠地とする。
護は、この男を呼び出し、涙ながらに援軍を頼んだ。

「舅(しゅうと)どの、私に任せてくださいよ!
鬼王のガキなんか、目じゃァありません」
あの時、殴られた恨みもあるしな…

良正もまた、血のつながりのある将門より、地元の
実力者である護との結びつきを選んでしまった。
さっそく国中を回って、各地に散った
国香の敗残兵を集めて回る。

これは、軽率な行動であったと言える。
貞盛が将門と手打ちをした時点で、
いったんことは収まっていたのだし、
「これ以上身内同士の争いを大きくしたくない」
という貞盛の気持ちを、踏みにじるものだった。

兄たちに遅れて坂東に移ってきた良正は
領地も小さく、ここで武功を立て、己の
存在感をアピールしかたったのかもしれない。
だが、その動きは将門に筒抜けだった。



6月には、将門の嫡男となる男子が生まれた。
母は「君の御前」。
元服後は、良門(よしかど)と名乗る。
なぜか後世、「妖怪辞典」などに名前が
載ってしまうキャラクターだ。

と同時に、妻子を石井に残し、良正との
決戦に備え、敵地に近い鬼怒川の
ほとり、鎌輪(かまわ)の居館に移る。

「良正の伯父貴か… 実にくだらない人物、しかも
コソ泥のように父の領地を掠め取った男… 
決着をつけてやるぞ」



10月21日、ついに軍勢を整えた良正は、
将門を討つべく南下する… だが。
「あれれえ〜?」
その頬が、引きつった。
今度は逆に、将門が待ち伏せの陣を敷いていたのだ。

この地は川曲村と呼ばれ、八千代町野爪から下妻市
赤須にかけての、鬼怒川沿岸地域である。
兵力が少ない上に奇襲を受け、
良正の軍は壊滅状態に…
矢で射殺された者、60名以上という。
軽率な叔父は、泣きながら敗走した。

「まあ都では世話になったし、命だけは助けてやる…
ただし今回限りだぞ、伯父貴」
これまでのところ、将門の軍略の才が、辰子のサポート
によって花開いた形で、快勝続きである。



みじめな敗北を喫した良正は、兄の良兼に
書状を送り、助けを乞うた。

禿げた額に気難しい皺を刻み、良兼は舌打ちする。
「良正の奴、恥をさらしおって… 鬼王の武名を上げた
だけではないか。しかし、このままにはしておけぬ」

長兄の国香を死に追いやり、末弟の良正をも
恥辱の底に突き落とした、憎き甥っ子・将門…
そして愛娘の辰子を奪い取り、妾の地位に貶めた娘婿…
「鬼王… 許さない… 絶対にだ」

今や、良兼が一族の長である。
鬼っ子である将門を、排除する義務があった。
そこでまず、都に帰った貞盛に、書状を送る。
将門と和睦したことを批判し、坂東に戻って
ともに戦うよう説得するためだ。



その頃、瀬戸内では。
伊予の国(愛媛県)、日振島(ひぶりしま)を
根拠地とする、新手の海賊団が出現。
朝廷に税として収める貯蔵米の倉庫を、
たびたび襲撃していた。
千艘以上の船を 擁する勢力だったという。

朝廷では協議を重ね、翌承平6年(西暦936年)3月、
都へ帰還せず現地に土着してしまった前の伊予掾・
藤原純友に協力を求める。
というより、「海賊を捕らえよ」と命を下したわけだが。

純友は、本拠地である三津の館で、大笑いをしていた。
海賊を裏で操っている黒幕は、彼なのだ…
「間抜けどもめ… この海で風雲が急を告げ、そして
坂東では雷雲が鳴動しているのに気づかぬとは」


宇和島沖の日振島には、海賊が築いた
秘密の城砦がある。
わずかな護衛のみを連れ、そこへ乗りこむ純友。

「やあ、兄貴… 俺たちを退治に来たか?」
片目がつぶれ、ヒゲをみっちりたくわえた首領格の
男から、荒っぽいハグを受け、歓迎される。

その人物は純友の弟、都では右衛門佐(うえもん
の すけ)まで出世した優秀な武人、藤原純乗
(ふじわら の すみのり)その人であった。

「よお、若竜。もうじき、都から偉い人が来るぞ」
「若竜」とは、純乗の海賊としての呼び名、
パイレーツ・ネームだ。

「そうしたら、みんなで降伏するんだ… ところで、
この城の堀は、海水を引いてるんだったよな? 
あそこで泳いでる、デカい魚は何よ?」
眼下の堀の水面を、不気味なヒレが横切っていく。

「鱶(フカ)だよ… 裏切り者や捕虜を、ここで処刑する」
「ほう。それじゃ、お前らを売り渡す俺が、
真っ先に餌にされるかな(笑)」

不敵な笑みを浮かべる純友の、その言葉が現実と
なるのは、5月26日に海賊追捕の命を受け、
伊予守に就任した紀淑人(き の よしと)が、
伊予国府に到着した時のこと。


古今和歌集の序文を執筆した紀淑望(き の よしもち)を
兄にもつ文人肌の淑人は、かなりビクつきながら任地に
上陸したのだが、いきなり鎖につながれた30名ほどの
海賊と、彼らを服従させる怪人物・純友の歓迎を受けた。

「ここに捕えた者どもの他にも、全ての海賊は降伏し、
田畑を耕すなど、まっどうな生業についております」
実際に船で沿岸地域を案内して、海賊たちが
働いている姿を、淑人に見せる。

「全ては、私と我が郎党たちの働きによるもの。
どうか都の偉い人たちに、その点を
よろしくお伝えください…」
自己アピールする純友に、淑人は請け負った。
「うむ、わかった、確かに、そなたの手柄である」


どうやら、戦にはなりそうもない… 
ひと安心した淑人は冷静さを取り戻し、
報告書を書きながら、考えてみる。

「あの純友という男、この瀬戸内で相当の力を
もった人物のようだが… どのようにして、
海の荒くれ者たちを服従させたか…」
考えれば考えるほど、裏のありそうな男だ。

「あのような者を海賊鎮圧の功労者とするのは、
いかがなものか… それに私が何の仕事も
してません、なんて報告はできないしな… 
ようし、こうなったら」

この淑人が海賊たちに、投降すれば田畑を与えると説いた
ところ、2500人以上も罪を悔いて、自首しましたー
なんて報告をでっち上げ、都に送る。


当然、いくら待っても純友やその郎党に、褒賞はない。
「な、お前たち。俺の言った通りだったろう… 
俺たちがどんなに朝廷に忠誠を誓い、犬のように
従順に従っても、報われることはない… 
全ての美味しいところは、都の貴族どもがもっていく」

海賊から寝返って純友の郎党となっていた男たちは、
頭領の言葉が真実だったと悟った。
この先、朝廷のため、いくら危険な任務を遂行しても…
租税を運ぶ船を守って、海の略奪者どもと戦おうとも…
それに見合う栄光と報酬は得られない。

「貴族から見れば、俺たちは単なる消耗品…
使い捨ての兵隊にすぎないんだ。
それがイヤなら、都を打倒し、俺たちの国を打ち
建てるほかない… 覚悟を決めろ、お前ら」

これまでも都に刃向かい、税を奪って
きたアウトローたちだが…
さすがに国家を転覆するとなると、そら恐ろしくなる。
「だが、やるしかない…」
反乱への決意が、しだいにみなぎってきた。



兄・良兼より、援軍の承諾を得た良正は、
「今度は勝てる!」
前回の敗北も忘れて、舞い上がっていた。
「地を覆うほどの軍勢が、この水守に集結する。
将門を討って武名を上げるのは、今しかない!」

良正の大ボラに釣られて、川曲村でさんざんな
目に会った敗残兵たちも、再び集結する。
リベンジを狙う男たちの目は、野獣の
ようにギラギラとしていた。


一方、良兼は上総の地で、兵馬を
集めていたが、国庁より
「戦の準備を整えるのは、どのようなつもりか?
そなたはまだ任期中の身、上総の国を
出ることを禁ずる」
と通達され、苦しい立場となった。

(想定はしていたことだ… 
だが、鬼王は討たねばならぬ)
役人として、まっとうに勤め上げるという人生もあった。
が、一族の長として、兄弟たちの屈辱を晴らすため…
娘の恥辱を晴らすため、戦うことを選んだのだ。

(皮肉なものだ… かつては、坂東への移住を、
一番渋っていたこの俺が… いつの間にか、
坂東の空気に染まりきっていたようだ… 
戦を前にして、体内の血が沸き立っておるわい)

冷徹な男・良兼が、静かに燃えていた。
「鬼王… 貴様に血みどろの勝負を挑むぞッ!!」


「舅(=源護)が重病らしいので、見舞いに行く」
と、国庁には届出を出し、秘かに裏道を使い
関を抜け、良兼軍は出陣する。(6月26日)
夜の闇に乗じて一気に駆け抜け、27日早朝に
良正の本陣・水守へと到着。

「おお、兄上! お待ちしておりました」
「良正よ、稚拙な戦をしたな。これからは、
俺が全軍の指揮を取る」
「ぐぬぬ… それはさておき、夜叉王も参っております」
「なに、貞盛が…」

涼しげな顔立ちの青年が進み出て、両手をつく。
「ご無沙汰しております、叔父さま。
貞盛、参上いたしました」

「父上のこと、無念であろう… だが貞盛よ。
仇である将門と和議を結ぶとは何事だ。
武人の意地も誇りも捨てたか?」

ほら、来た… 
こういう説教が来るのは、わかっていた。
(この坂東の田舎者が…)
と思いながらも、殊勝な態度で

「これ以上、身内の争いを大きくして、朝廷からの追求が
あった場合、叔父さま方にも迷惑が及ぶと思い…
涙を飲んで、憎き敵と講和したのでございます… が」

顔を上げた時、貞盛の目には冷たい炎が燃えていた。
「いまだ将門による騒乱が収まらず、良正の叔父さまに
まで牙をむくとは… こうなっては仕方ない。
竹馬の友として、心許した時代もありましたが… 
今はただ、将門を滅ぼすのみ、でございます」