ぷりぷり将門記





4、 太刀(たち)




将門は今、主に3つの仕事に従事している。
1、朝廷より任命された、相馬御厨の管理。
2、鬼怒川流域の鎌輪の開拓。
3、義父にあたる平真樹の領地(新治郡)の警備を
支援すること、および真樹配下の兵たちの訓練。

3つ目は特に最近、比重が大きくなっている。
源護の手下による、土地の境界侵犯や嫌がらせが、
日に日に露骨になってきて、まさに一触即発。
いつ大規模な戦闘が起こっても、
おかしくない状況だからだ。

「いいかげんにしてくれないと、都まで使者を送って、
左大臣に訴えますが、よろしいか?」
叔父の国香を通じて、源護には何度も抗議文を送った。
(国香は、源護の娘婿)

「あの忌々しい小僧… 左大臣とつながりが
あるうちは、うかつに手が出せん…」
百戦錬磨の老戦士・源護も、これ以上の
強硬手段には二の足を踏んでいる状況だ。

「もうしばらく、待っておくれやす。うちの倅(せがれ)が、
都で着実に出世してまっさかい、もうじき奴が訴えても、
握りつぶせるくらいになりますわ…」
国香の嫡男・貞盛は、将門が去った後の平安京で、
着実にポイントを稼ぎつつある。

「急いでくれや。うちの倅(せがれ)どもが、鬼王を
ブッ殺したくてウズウズしとるんだわ… 
父子2代で俺の邪魔しくさって」
将門さえ亡き者にすれば、平真樹の領地は力ずくで
どうにでもなる… と、護はふんでいた。



翌年の承平3年(西暦933年)、
将門を訪ねてきた客があった。
「天国… 鍛冶師の天国ではないか!!」

我が目を疑う将門であった。
あれが、終生の別れと思っていたのに…
片目片足の男が杖をつきながら、都から遥か
坂東まで、わざわざ会いに来てくれようとは…

涙がこみ上げ、思わず、この異形の男を抱きしめる。
「友よ… よく来てくれた…」
「将門さま、ご立派になられましたな」
「もしかして… できたのか? 夢の刀が」

申し訳なさそうに、天国はうつむいた。
「いや、それがまだ… しかし、ここに来れば…
坂東の地に行けば、運命が待っていると…
ある人が教えてくれたのです」


将門は小屋を1軒、天国のために用意して、
鞴(ふいご)や炉も備えつけた。
「しばらく、ここに滞在してくれ。注文したい仕事も
あるし… 武器が大量に必要になりそうでな」

この時代の戦においては、武器と言えば、まず弓。
刀など、あくまでも護身用の役目しかないのだが…
役割以上の存在感が、刀にはあった。
現代のプロの兵士にとって、ハンドガンが単なる
予備兵器以上の物であるように… 
刀もまた、武人にとっては、己の魂の分身と
でも言うべき存在であろう。

「折れず曲がらず、切れ味は鋭く… 
それはまさしく地上最強の刀となるでしょう… 
しかし、それだけでは夢の刀とは言えない」
将門と酒を酌み交わしながら、
珍しく饒舌に、天国は語った。
「あと何が足りないのだ?」

「死… 夢の刀は、死界への門… 
黄泉比良坂(よもつひらさか)で
なければならないのです」

黄泉比良坂、それは出雲神話に登場する、
この世とあの世の境界を表す言葉で、
「坂」の字は「境」を意味するらしい。

「それはつまり… その刀は、敵に
絶対の死を与えるということか」
「まあ、そんなところですが… 夢の刀は、死後の
世界が、まるですぐそこにあるかのように感じ
させる霊気を放っていて… なんというか」

イメージにぴったりの言葉を探し、
天国はしばらく悩んでいたが、
「死は美しい… そう、夢の刀は美しく
あらねばならない… 死界の美を、
まとっていなければならないのです」

「死界の美か…」
「それは花や鳥の美しさとはちがう… 
生命の美とは対極にあるもの… 
もっと冷たく、荘厳な…」

「月… 月はどうだ」
「おお、そうですね! 月の美しさは、私が
想像しているものに近い… 昔から、死んだ
人間の魂は、月の都へ帰ると言うし」


そんな風に意気投合して語り合っている姿は、
辰子にとって、陰と陽に分かれた、ひとつの
魂であるかのように見えた。
が、桔梗は天国の発する、なんとも異様な霊気、
それこそ死界から漂うような霊気が不気味だった。

「決して、かたわ者だから不気味、という
わけではないのです… あの目が… 
ただ1つの目が放つ光が…」
従者たちも多くは、桔梗と同じ反応を示したが、中には
「アラハバキさまの化身じゃ…」
と、ありがたく拝む者もあったようだ。


ある時、天国は俘囚のもっている
刀に目をとめ、興味をもった。
それは蕨手(わらびて)と呼ばれる湾曲した刀で、柄の
頭には、蕨のように巻いた形の装飾がついている。
さらに、それを改良し、柄に透かしを入れて握り
やすくした「毛抜形蕨手」というのもあった。

「ふうむ、これは突き刺す機能は捨てて、切り払うことに
特化している… 馬上では、この方が使いやすいのか」
この刀身を、もっと長くして太刀にしたらどうだろう…
強度の問題は… 自然な反り具合を得るには…



年が明け、承平4年(西暦934年)。

伊予掾として赴任した藤原純友が、任期が
明けたというのに、都に帰還しない。
しばらくして、驚くべき報告が届いた。
「純友が部下たちとともに、伊予に住み着いてしまったと?」

海賊の平定に、多大な功績を上げた純友であった。
上司の制止も聞かず、単身海賊のアジトに乗りこんでは、
魔法のようにうまく丸めこんで、投降させてしまう。
実は、大麻と背中の産毛が、その秘密だった。

独自に品種改良した大麻は、鎮静作用が数倍と
なり、瀬戸内の波の音をBGMに1発キメると、
まるで竜宮城にいるような気分になってしまう。
これを海賊のアジトで、誰かれかまわず与えたのである。

まったりとした快感に、海の男たちの瞳が
トロンとする頃、純友は装束を脱ぎ、
背中の「たてがみ」を見せつける。

「我は竜宮より来た竜王の化身なり。悪いよう
にはせん、我に従え。必ずや、この瀬戸内に
お前たちの王国を築き上げよう…」

天性のアジテーター・純友は、こうして海賊たちを
扇動し、裏取引をして、己の配下としたのである。
海賊だけではない、純友の部下として配属された、
武芸に秀でた若い官人たちもまた、純友に心酔し、
忠誠を誓っていた。

その純友軍団が、愛媛県の 三津に
拠点を構え、土着した。
「何を考えているのか、あの男… 
使者を送って、帰還を促せ」
朝廷は、変人の気まぐれ程度にしか考えていない。
海賊王・純友の誕生に、まだ気づかないのであった。



その頃、常陸の国・鎌輪の鍛冶小屋では…
歴史的瞬間が近づきつつあった。
片目片足の死に魅入られた刀鍛冶は、蝦夷の血を引く
2人の助手とともに、これまで何度も失敗した、非常に
難しい技術的革命に挑んでいた。

炭素量の少ない軟らかい鉄を芯にして、炭素量の多い
硬い鉄をもってくるむ… これが天国のたどり着いた、
「折れず曲がらず、切れ味は鋭い」夢の刀を実現する
ための、究極のアイデア。

種類の異なる鋼材を重ね、槌で叩いていく。
師と弟子が、交互にリズミカルに槌を打つ様は、
「相槌を打つ」という言葉の語源である。
この時のため精進潔斎し、水垢離で身を清めた。
無心になり、全身全霊ただ槌をふるう。

次に、延ばした刀身に、「焼入れ」のための土を置く。
(「ヤキを入れる」という言葉の語源)
「土を厚く盛る部分」と「薄く均等に置く部分」とに分けること
によって、火床で加熱後に水槽に入れ一気に冷やした際、
温度差が生じ… 温度差は、容積の膨張率の差を生じさせ、
最終的に、スーッと自然に沿った湾曲刀身となった。

「なんとか形になったな… 見ろ、今度はこんな模様が」
土の置き方のムラのより、刀身には波のような
霞のような、不思議な模様が浮き出ていた。
ずっと後に、この「刃文(はもん)」を意図的に出すように
なるが、最初は偶然の結果、生じたものであろう。

「あとは研ぎだ… 反りの合う鞘も作らないと」
この時代、研ぎも鍛冶師自身でやっていたようだ。
刀と形状がマッチしない鞘は、「ソリが合わない」
という言葉の語源である。

100%満足とはいかないが、
とりあえず第1作はできた…
後世「日本刀」と呼ばれる、世界に類を見ない
刃物が、産声を上げた瞬間であった。
天国もまた、歴史に名を残す最初の刀工となる。


3本ほど作られた試作品は、将門を興奮させたが、
「お館さまの、お腰に佩(は)くに
ふさわしい物ではない」
として、引渡しを拒む天国。

4本目の「小烏丸(こがらすまる)」と名づけ
られた作品は、ようやく納得がいったようで、
将門の物となった。

刀身の半ばより先が両刃になっているという、
黎明期ならではの、珍しい形状の日本刀だ。
「美しい… この刀身の描く曲線も良いが、
側面に浮き出た不可思議な文様が、
またなんとも言えぬ…」

刀を「芸術品」として鑑賞する時代が
来るのは、ずっと先のこと。
だが、すでに将門は、この刀に
実用性以上の特別な力を…
まるで自分が、天に選ばれた特別な戦士で
あるかのような、そんな自負心を引き起こす
力を、感じ取っていた。

「ついに夢の刀を完成させたな。
お前はすごい刀工だよ、天国…
長年にわたり俺の夢想につき合ってくれて、
心から礼を言う。だが、これからも… 
まだまだ、お前の助けが必要なんだ。
こういう刀を、もっと作ってくれないか。
俺の配下の全員には無理でも、弟たちや、
特に腕の立つ者たちに持たせたいのだ」

天国は心から快諾した。
さらに将門は、地元の鍛冶師らにも製法を
伝授してほしい、できるだけ多く、この刀を
揃えたいから… と、リクエスト。
「試作品も、もったいないから使わせてもらうよ」
「ようございます… お館さまの望むことなら、なんなりと」

なぜ天国は、そこまで自分に尽くしてくれるのか…
この異形の鍛冶師を、己の分身のように感じている
将門の心には、なんの疑問も浮かばなかった。
天国は俺と出会うため、仕える
ために生まれてきたのだ…



以前より続けてきた「野馬追い」と呼ばれる
大規模な戦闘訓練に加え、刀工を総動員
しての「日本刀」の生産。
さらには現在の坂東市岩井に、「石井(いわい)営所」
と呼ばれる、新しい軍事基地の建設に取りかかる。

こうした将門の動きは、源護の耳にも入っていた。
「あの小僧… 戦の準備を進めてやがるな…」
昨年は比較的平穏な状態が保たれていたが、今年に
入ってから小競り合いが頻発、死傷者も出ていた。

そうした情勢に対処して、将門は軍事力の
増強に力を入れているのだろうが… 
このまま手をこまねいていては、こちらが不利に
なるばかり… 老戦士は、苦々しげに髭をなでる。
「いっちょ、やるか…」

都では平貞盛が現在、「左馬允(さめのじょう)
=左馬寮(さめりょう)の判官」という地位にあり、
来年は「助(すけ)=次官」への昇進も固いという
話なので、政治的な工作は任せておけるだろう。

「それに… 俺も、いつまで生きられるかわからん…」
今のような不安定な情勢のまま、息子たちに
領地を継がせるわけにはいかない… 
決着をつけてやらねば。

護は、長男の扶を呼ぶと、いくつか指示を与えた。
配下の中から、腕の立つ者を選んで、
精鋭部隊を編成すること。
戦の開始まで、平真樹の兵と一切の争いを禁じること。
将門の行動を入念に調べ上げること。



そしてついに、運命の承平5年(西暦935年)が来た。

1月、石井営所が完成。
将門は部下や妻たちとともに、そちらへ移る。
現在の国王神社の近く、島広山あたりらしい。
「おお、壮観だな…」

大きな居館が立ち並び、それを郎党たちの
小屋に馬屋、倉庫などが囲んでいる。
数千人は暮らせそうな、軍事都市だった。
全ては、盟友である平真樹の資金援助によるもの。
「いつか、ここが兵でいっぱいになるくらいの軍勢をもつ」
そして必ず、失った父の領地を取り戻すのだ…

そんな夢に暗い影を差すのは、
都での平貞盛の存在だった。
順調に出世を重ねるあの男が、いつしか
将軍職に就き、坂東に乗りこんで、
俺から全てを奪うのでないか…
それに逆らえば、謀反人と
されてしまうのではないか…

だからと言って、俺が都に上って
身を立てるなど、問題外。
ここを離れれば、残された土地も、
禿げ鷹どもに奪われる。
そもそも始めから、都になど
行くべきではなかった…
あの時、辰子が俺をそそのかさなければ…

つい恨み言を漏らしてしまうが、社交的で
才覚のある辰子は、将門にとって今や
欠かせないパートナーとなっていた。
この石井営所にしても、そうだ。

本妻の「君の御前」と姉妹のように仲良くなった
辰子は、彼女を通して父である平真樹と交渉し、
営所を築くため協力することに同意させたのだ。

口下手で人付き合いが苦手で、人を利用するという
発想のない将門が掛け合っていたら、ここまで
大規模な営所にはならなかったはずだ。

将門もじゅうぶんその点を承知しているので、
このサバサバして男のようなところもある
「妾」には、頭が上がらない。

兵たち、馬の世話をする俘囚たち、相馬御厨や
鎌輪開拓地の農民たち、いずれも辰子を敬愛し、
まるで将門の本妻であるかのように、
「大奥さま」と呼んでいる。

そんなかつての主人を、今や侍女ではなく
対等の「妾」の身分となった桔梗は、誇ら
しげに、惚れ惚れと見つめるのであった。



2月のある日、将門はわずかな兵を伴い、平真樹
との会合のため、石井営所を出発、北上した。
真樹の居館は、現在の大和村大国玉にある。
途中には、源護の本拠地(下妻)があるので、
ルートは慎重に選ばなくてはならない。

そこで、下妻からほど近い、筑波山東麓石田にある
叔父・国香の本拠地を訪問するようなふりをして、
サッと方向を変え、両者の本拠地に挟まれた道を、
一挙に北に駆け上がる。
「連れてる兵も少ないし、最近は小競り合いもないし、
あちらさんも気にしないで通してくれるだろう」

昨年まで鎌輪の居館で暮らしていた将門は、真樹を
訪ねる際、なるべく護の土地に近づかないよう、
筑波山西麓、真樹の領地である新治郡を回って
いったので、安全に行き来できていた。
が、今いる石井は鎌輪よりかなり南で、移動距離も長い。
遠回りしてると、かなり時間も食うし、危険を冒しても
近道することに決めたのだが… これが裏目に出た。

「ようし… 俺たちを邪魔する者は
誰もおらん… 一気に行くぞ!」
叔父・国香の領地を右手に見ながら、
坂東の大地を駆け上る。
しばらく行くと… 右手の方から、騎馬の一団が
移動してきて、将門たちの進路をふさいだ。
「ん? 伯父の軍勢か?」

左方向の護の領地にばかり気を配っていたので、
この待ち伏せにまったく気がつかなかったが…
先頭に立つ黒い巨大な馬は、まさしく毒龍…
護の息子たち、黒鬼三兄弟だ!
「あいつら… なぜ叔父の領地から…」

あれこれ考えている余裕はない。
ウォークライ、すなわち鬨(とき)の声を上げ、ドラを
打ち鳴らし、敵は一気に押し寄せ、矢を放ってきた。
敵にとって追い風、将門にとって向かい風。
しかも相手が多勢!

唸りを上げ飛来する矢を受け、たちまち将門側の
2名が落馬、1名は喉頭を貫かれ死亡。
「逃げましょう!」
浮き足立った部下が叫ぶ。

(絶対に勝ち目がない…)
将門もそう思っていたが、無意識に右手が、
腰に佩いた天国作の「小烏丸」に触れ…
不思議な感覚が湧き上がってきた。
陶酔感、根拠のない自信、誇り、怒り…

「俺たちは武士だ!! 絶対に退かぬッ
風上に回りこむぞ!」
真横右に走り出す将門、部下たちもそれに続く。

「武人」ではなく、「武士」と言ったな…
皆、初めて聞く言葉であったが、
直感的に意味は理解できた。
彼らもまた、天国の鍛えた刀を持っていたからだ。

後に「野本合戦」と呼ばれる、この戦闘の
現場は、現在の筑西市赤浜と思われるが、
八千代町野爪という説もある。
老獪な源護は、将門がいつ真樹を訪ねるか、
どのルートを取るかを見通して、
この待ち伏せを仕掛けたのだ。

「俺が右へ、おびき出す。お前たちは
左から、駆け上がれ!」
将門は単騎、右へと走る。
「鬼王の首は、俺が取るぜ!」
毒龍を駆る扶がそれを追い、2人の弟も後に続く。

将門さえ亡き者にすれば、後は総崩れ…
辰子を奪われた恨み、打毬で敗北を喫した屈辱…
全ては今日、この地で晴らす!
執念のこもった扶の大弓から放たれた矢が、
将門の烏帽子(えぼし)を飛ばす。

「はうっ」
頭にかすっただけだが、その威力は将門を昏倒させ…
落馬して、大地に転がった。
「毒龍!! 奴の首を食いちぎれ!!」
迫り来る巨大な獣が、クワッと口を開いた時、
かろうじて将門の意識は戻った。

考えている余裕はなかった、ただ防御本能の
命じるまま、腰の刀を抜き払い… 
そのあまりに非力に見える細い刃で、
獣の首を薙ぎ払う…
防ぎきれるわけがない、やられた… 
そう思っていた。

だが、馬の首は飛んで、宙を舞っていた。
鮮血を噴き出す太い切断面を
見せたまま、巨獣は倒れる…
扶を下敷きにして。
「……!?」

一瞬、何が起きたのか理解できない将門。
血塗られた刃を見、身動きの取れない扶を見る。
(斬ったのか…? この刀が…!?)
「小烏丸」を握った手首を、クンとひねると、
今度は扶の首が、転がった。

「兄者ーッ」
駆けつける2人の弟、隆と繁は、ボールのように
転がってくる物が、兄の頭部だと気がついた時、
パニックに陥った。
首を踏まないよう馬の姿勢をあわてて直した結果、
2騎は接触して、将棋倒しに倒れた。

馬と扶の鮮血で全身朱に染まった鬼神のような将門が
飛び出し、大根でも切るように、2人の首を刎ねる。
「この刀は… この切れ味は… 
人の世のものではない!」
肩で息をしながら、恐るべき武器を、畏怖の目で見る。

はるか彼方で、部下たちが風上に回れず苦戦している
のが目に入ると、刀を鞘に納め、愛馬の背に戻る。
単身、敵兵の背後に回ると、次々と矢を放った。
何しろ敵は風下である、矢を射ること風に流るるが如く、
狙ったところに面白いように当たる。

突然の後方からの攻撃に、混乱する源軍の兵たち。
その隙をついて風上に出た将門軍の、
もはや敵ではなかった。
ある者は国香の領地へ、他の者は護の館へ、
散り散りに逃げ去る。
「深追いはするな! 俺たちもいったん、石井に戻るぞ」


勝利したものの、将門側も被害は大きい。
ついに、これほどの戦となったか…
石井の営所は、一気に緊張に包まれた。
「お館さま、よくぞご無事で…」

弟の将頼・将平以上に、辰子の怒りがすさまじかった。
「国香の叔父さま… 同じ一族である将門さまを、
そこまで目の敵にまさるのか… 
そこまでして、源氏の機嫌をお取りに
なりたいのですか… あさましい…」

身内である国香が、今回の襲撃に加担していることは
明白であり、そのことが将門の気分を滅入らせていた。
(なんかもう… 何もかも、イヤになってきた…)
そこへ、辰子が現れた。

「お館さま… 取りますよ」
「え?」
「叔父さまの首を」
「ええええ〜っ」