ぷりぷり将門記
3、 女論
年が明け、承平(じょうへい)元年(西暦931年)。
「親父の土地は、必ず取り戻してみせる」
と誓いつつ、さらに自分と身内の力だけで、
新たな土地の開拓に挑む将門。
鬼怒川のほとりの鎌輪(かまわ)が、
将門の新たな希望の大地だ。
しばしば水害に悩まされるが、
肥沃な黒土が広がっている。
現在の結城郡千代川村、鎌庭のあたりと思われる。
すっかり陽射しが春めいてきたある日、
1人の女が、館を訪ねてきた。
右目だけ、深い群青色の不思議な眼差し…
「おう、そなたは」
辰子に仕える侍女、桔梗であった。
「お願いでございます! おひいさまを助けて…
このままでは、扶(たすく)さまの妻にされてしまう…」
「なんと!? 源家の嫡男と?」
涙をためて訴える桔梗を前に、
将門は腕を組んで、沈黙した。
「源(みなもと)」といっても、都の皇族から臣下に
降った源氏と関連があるのかどうか、定かではない。
将門の祖父・平高望が坂東に定住した時、
すでに彼らは近隣で広大な農場を経営する、
地元のボス的存在だった。
惣領は源護(みなもと の まもる)という男で、彼の
3人の娘は、国香、良兼、良正に嫁いでいた。
つまり将門のライバル・貞盛や、婚約者・辰子は、
彼の血を引いてることになる。
護は、高望の子らの、皇室に連なる高貴な血統を
目当てに近づき、国香と良兼は、源護の軍事力を
頼りにして、両家はべったりと癒着する関係となった。
坂東での暮らしが長い護の一族は、日に焼け
土と埃にまみれ、精悍で野生的な、恐るべき
戦士たちへ進化していたのだ。
国香の館を警備していたのも、彼らである。
中でも護の長男の扶(たすく)、次男・隆(たかし)、
三男・繁(しげる)は、「黒鬼三兄弟」と呼ばれ、
坂東の住人が恐怖する存在だった。
その扶が、姪っ子にあたる辰子を、少女時代
から優しく見守り、秘かに想い続けてきた
というのだから、びっくりな話だ。
「これまで扶さまは、おひいさまのことを、
あきらめようとしていました。
だって、おひいさま、将門さまに首ったけで、
ひとすじでしたから…
高貴な血筋で、お父さまが広大な領地を治める
将門さまは、まさに坂東の貴公子。
扶さまが勝てるわけありませんから…」
「そうか… 今の俺なら、土地を失い、後ろ盾を
失い、都での出世もままならず…
今こそ辰子を奪う時、というわけだ」
「今回の領地の分配のこと、おひいさま、とても気に
しておられます! 将門さまに合わす顔がないと…
どうか、信じてください! 今も昔も、
おひいさまは、あなたのことだけを…」
将門は優しく、桔梗を抱きしめた。
「ありがとう… 辰子のために、そこまでしてくれて…」
この不思議な目をもつ侍女は、主人の
幸せを一途に思い、危険を冒して、1人
この鎌輪まで、やって来たのだ…
皮肉なことに、この桔梗の行為は、
将門の心に愛を目覚めさせた…
辰子ではなく、桔梗を愛しく思う気持ちを。
決して辰子も嫌いではない、だが幼い頃より、
いつも尻に敷かれてきたし… どんなに美しくなっても、
恋の相手として見るのは難しかった。
(そうだ… 辰子を妻にすれば、侍女の
桔梗もずっと、俺のそばに…)
愛馬・昴号にまたがり、2人の弟を連れて、
良兼の本拠地である羽鳥(現在の真壁郡
真壁市)へと乗りこむ。
「叔父さん! 辰子を妻にもらおうか」
「う… お前、今ごろ… なぜ、もっと早くに…」
良兼が気まずそうな顔をするのも、無理はない。
客として、源護と3人の息子たちが、
その場にいたのである。
「なあ、坊主… 親父から口の聞き方を
習わなかったのか?」
なめし革のような肌に、坂東の大地が刻んだ年輪…
老いてはいるが、貫禄あふれる源護の顔。
長い髪を後ろに束ね、頬に傷のある扶(たすく)は、
殺気のこもった目で将門を射る。
まもなく50に手が届こうという年齢だ。
弟の隆(たかし)・繁(しげる)、いずれも
苦み走ったヒゲ面の中年男たち。
「帰りな… ここは、おめえの来る場所じゃねえ」
「俺は辰子の許婚(いいなずけ)、親も認めた仲だ」
良兼は、困りきって頭をかかえてしまう。
(うーん… 辰子は鬼王といっしょになりたいだろうし…
かといって、扶の方も、今さら断りづらいし…)
「よーし、わかった。ここは坂東、欲しい物は力で奪え」
護老人が良兼に代わり、決定を下す。
「お前たち、勝負だ。勝った方が、お嬢さんを妻とする」
扶はニヤリとして、
「何の勝負をするね? お前が決めていいぜ」
将門は、「打毬(うちまり)」での決着を申し出た。
「蹴毬(けまり)」という伝統競技がある。
今日、我々の知る蹴鞠とは、プレーヤーが輪に
なって、毬を高く打ち上げ、地面に落とさないよう
パスを何回つなげるか、を競うものだが、これは
日本で独自に進化したルールだ。
中国で発生した蹴毬は、元来サッカーのようなスポーツ
だったといわれ、それが唐の終わり頃には、センターに
ネットを置いて打ち合う、いわば足で打つバレーボール
へと変化した。(東南アジアで現在も行われる
セパタクローは、この流れをくむという。)
日本には、仏教の伝来と同時期に伝わったというから、
その時点では確かにサッカーだったはずだ。
どんなルールで、どんな技があったのか、考えるだけで
ワクワクしてしまうが、同じ頃輸入されたもう1つの
競技がポロ、馬に乗って、小槌のようなスティックで
ボールを打ち合う「打毬(うちまり)」である。
こちらは現在では宮内庁と、東北地方のごく
限られた神社にのみ伝わっているらしい。
名馬の産地である東北や、牧場の多かった関東では、
ポピュラーな競技だったにちがいない。
こうして日を改め、良兼の所有する牧場にて、
辰子を賭け、将門チームVS源扶チームの
試合が行われることとなった。
両陣営とも、総勢20騎。
源軍主将の扶は、絶対的な自信を
もって、馬上から敵を見下す。
「毒龍だ…」
「やはり扶さんは毒龍できたか…」
「それにしても、でけェ…」
「あれが馬かよ…」
ポニーサイズが標準の国産馬の中にあって、その黒い
山のような巨体は、圧倒的存在感を放っていた。
扶だけが操ることのできる巨大な青毛
(あおげ=黒馬)の怪物、毒龍。
でかいだけでなく、性格も凶暴で興奮しやすく、
ある時、世話をしていた馬丁の両肩に前足を
かけ、大きな口で頭にかぶりつき、そのまま
首ごと引き抜いてしまったという。
隆と繁の馬も、扶ほどでないにしろ、かなりの大型だ。
「黒鬼三兄弟」と呼ばれるだけあって、3人とも
黒い青毛、黒い装束で統一。
「馬を駆っての勝負なら、絶対に負けない」
という顔つきだ。
一方の将門軍は、栗毛の昴を駆る主将・将門と2人の弟、
それ以外のメンバーは、毛色のちがう顔立ちをしている。
父の代から大事にしている、「俘囚(ふしゅう)」の
血を引く従者たちだ。
俘囚とは、朝廷に帰順した先住民=蝦夷(えみし)のこと。
坂東の地を、馬を知り尽くした人々だ。
彼らの起用は、精悍で野生的な源軍に対抗するための、
将門が練り上げた作戦のひとつだった。
良兼がボールをフィールドに投げ入れ、試合開始。
もうもうたる砂塵を巻き上げ、40騎の馬と
男たちが怒声を上げ、いななきを上げ、
激しくぶつかり合う。
「賞品」である辰子も、桔梗とともに牛車の中から、
ハラハラしながら見守っている。
「オラオラオラ踏み潰されたくない者は道を空けろッ」
巨獣・毒龍に触れた馬は、ボーリングのピンのように、
軽々となぎ倒される… が、これはポロである。
小柄ながらも素早い動きの将門チームは、いち早く
ボールを奪い、たくみにパスをつなげる。
「兄さん! こいつを決めてくれ!」
トップ下で待ち受ける将門に、中盤底の
将頼からパスが通った。
「もらった!」
「させるかーッ!!」
巨大な黒い影が、一気に迫ってきた。
シュートは無理と判断した将門は、
とっさにパスに切り替える。
それも馬の右サイドから、腹の下を通して左サイドに
抜けるという、高度なスルーパス…
これが前線に飛び出した将平へ。
だが、毒龍はそのままチャージ、
将門の乗った昴を弾き飛ばす。
(将平… 俺にかまわず、そのまま
毬門(きゅうもん)に打ちこめ…)
投げ出された将門は、グラウンドに全身を
強く打ちつけ、意識が朦朧と…
そこへ、獣の臭いと、黒いか影が覆いかぶさる。
(うっ!?)
毒龍の巨大な蹄が、頭部めがけてハンマーのように
振り下ろされるのを、とっさに転がり、間一髪かわす。
同時に、将平の打ったボールが毬門を通過、得点を示す
幡が立てられ、にぎやかな奏楽が奏でられた。
「鬼王、わりいわりい。怪我なかったか?」
しらじらしく手を伸ばしてくる扶を無視、
将門は愛馬の背に戻った。
(扶… やはり、得点より俺への殺意を優先したな…
まさに狙い通り。この1点が、命取りになるんだ…
これから毬門に、「鍵」をかけるッ!)
将門はディフェンスを固め、1点を守り抜く作戦に出た。
巨体を利して突っこんでくる三兄弟、
だが馬体が大きいということはすなわち、
騎手とボールの距離があるということ。
俊敏な将門軍にボールをさらわれ、何度も
カウンター攻撃を受けるはめに…
そして、2点目のゴールを奪われた。
「もうこの試合、もらったも同然だな!」
歓喜に沸く将門軍を尻目に、黒い三兄弟は、
秘かにうなずき合う。
(潰しにいくぞ…)
プレー再開と同時に、源軍の目の色が変わった。
ボールを無視して、小兵の将門軍プレイヤーに、
激しいタックルをかます戦法に出る三兄弟…
たちまち、将門軍は怪我人続出。
倒れたまま起き上がれない馬、
骨折して苦痛にのたうつ騎手…
フィールドは地獄と化した。
「卑怯です! こんなの打毬じゃない!」
辰子も思わず、いきり立ってしまうが、どうしようもない。
主審の良兼も、苦々しく思ってはいるものの、
止めようとはしない。
三兄弟の父・護は、ニンマリと
息子たちの暴れっぷりを見守る。
将門も左右を隆と繁に固められ、両側から
スティックで執拗に攻撃され…
それを防ぐのに、手一杯の有様。
「お前ら… 反則だぞ!」
ついに側頭部に強烈な一撃を食らい、落馬してしまう。
と同時に、扶がフルスイングでゴールを奪った。
「よーし、このまま2点目、3点目と行くぞ!
相手は怪我人ばかりだ、あせる必要はねえ」
檄を飛ばす扶を、すさまじい形相で
睨みつけ、将門が立ち上がる。
頭から流れる血で、顔は真っ赤になっている。
「後悔させてやるぞ、扶… 鬼哭(きこく)の陣!!」
きえええええ〜 と、奇怪な叫びを上げる将門、
同時にハイピッチで手拍子を打つ。
将門軍の選手たちは、馬上の者も倒れている者も、
同じ奇声と手拍子をもって、これに唱和する。
「なんだ… こいつら、狂ったのか?」
あっけに取られる三兄弟、しかし奇声と手拍子の
渦は、劇的な変化を試合場にもたらした。
将門軍の全ての馬が怯えだし、不安そうに
いななき、暴れ始めたのだ…
(我が軍の馬は全て、「鬼哭の法」をもって、調教してある。
叫びを発し、手を打ち鳴らしつつ、燃える松明を馬に近づけ、
軽く火傷をさせるのだ… これを7日間続けると、松明なしで
叫びと手拍子だけで、馬は苦痛を感じ、怯えるようになる。
馬には実にかわいそうなことだな、許しておくれ…)
馬とは、実に臆病な動物である。
そして1匹の感じる恐怖は、他の馬にも感染する。
将門軍の馬から、源軍の馬へ…
ウイルスのように、恐怖は感染した。
今や、敵味方関係なく、フィールドにいる馬すべてが、
狂ったように走り回り、もはや試合どころではない。
特にひどいのが、毒龍…
この馬の凶暴さは、恐怖の裏返し…
実は人一倍、いや馬一倍、臆病だったのだ。
暴走列車のように突進する毒龍は、扶を振り落とし、
味方さえも弾き飛ばし、踏み潰し…
修羅場は最高潮に達した。
「もはや、試合はここまでだな…」
主審の良兼が合図をして、全員に
フィールドからの退避を指示。
「2対1、将門軍の勝ちとする!」
取り囲んだ源護の配下の武者たちから、
ブーイングが湧き起こる。
それを無視して、牛車まで迎えに行く
将門に、辰子が飛びついた。
「鬼王さま… うれしい!」
その後ろで桔梗も、オッドアイに
涙を浮かべ、感激していた。
扶は気を失っていたが、目覚めた時は、
猛り狂うにちがいない。
こうして、辰子は将門の妻となった。
まあ、よかろう… と、父の良兼は思う。
良将の遺領をめぐり、あの甥っ子とは
ギクシャクしてしまったが…
辰子にとって、これが一番幸せな結婚だったのだろう。
「それにしてもあいつ、軍略は大したものだ…
それ以外のことは、バカなのに」
ところが、良兼の顔を曇らせる事態が発生した。
この時代、夫が妻の実家へ通う「通い婚」が
普通なのに、辰子は鎌輪にある将門の館に、
住みついてしまったのだ。
侍女の桔梗だけを連れて…
「まあ確かに、都の偉い人や金持ちは、妻を
自分の家に住まわせるがな…
母屋の北に妻の住む離れを作るから、正妻の
ことを「北の方」なんていうわけだが…
鬼王の奴、まだそんな立派な身分でもないだろうに」
さらに、とんでもない情報が届いて、良兼は激怒した。
「なん… だと… 辰子が正妻ではないだと!?」
実は将門、辰子よりも先に、妻を娶っていたのだ。
「一体どこの女だッ」
「新治郡領主、平真樹(たいら の
まさき)が娘でございます」
平真樹… そうであったか…
そういえばあの男、良将と親しくしていたっけな…
それに気づかず、娘をやってしまうとは、不覚…
「平」という姓ではあっても、真樹は将門たち
一族とは無関係、別系統の「平さん」であり、
坂東の住人として先輩に当たる。
新治郡は源護の領地と隣接しているため、土地の
境界をめぐりイザコザが絶えず、将門の父・良将に
調停を依頼することしばしばであったという。
そして将門が良将の残した土地の大部分を失った時、
真っ先に彼を支援したのが真樹だった。
そういう経緯があって、「君の御前」と呼ばれる
真樹の娘を、正妻として迎えたわけである。
つまり辰子はあくまでも2号さん、妾(めかけ)の立場だ。
「人の大事な娘を妾にするとはッ 出てこいッ鬼王!!」
配下の兵を引き連れ、良兼は鎌輪に怒鳴りこむ。
これに対し、将門は冷たく言い放った。
「親父の土地を奪った男の娘を、正妻になどできるか」
「貴様…ッ」
鋭く対立する両者の間に、辰子が割りこんだ。
「お父さま、お帰りください。辰子は妾でじゅうぶんです」
「お前… こいつは女房がいることを隠して、お前に…」
「もとはといえば、お父さまのせいでしょう!」
「………」
「お父さまが、国香の叔父さまや夜叉王たちと計り、
卑劣な手段で鬼王さまの相続すべき土地を奪った、
ちがいますか!?」
「断じてちがう! 計りごとなど、何もない!」
父の弁解を無視して、娘はまくし立てる。
「本来なら、私は鬼王さまに嫌われても、仕方の
ないところ。それなのに、あのような命がけの
試合をなさってまで… 私を迎えに来て
下さったのです… 辰子は幸せです。
本妻の方とも、仲良くやっております。
それに家を出たのも、私の意志…
これ以上、お父さまの顔を見たくなかったから」
しばらくの不気味な沈黙の後、良兼は口を開いた。
「よかろう、俺には娘などいなかった…
好きにするがいい」
将門に、目を向ける。
禿げ上がった額の下の小さな目が、
凄まじい敵意を放っていた。
「俺を甘く見るなよ、小僧… この顔に泥を
塗ってくれた礼は、いつか必ずする…
血の涙を流して後悔するだろうよ」
こう言い残して、良兼は去って行った。
一族の中で、最も智謀に富む男、良兼。
油断のならない相手だ…
今さらながら、手強い相手を敵に
回したことを、将門は悟った。
もちろん、敵は良兼だけではない。
源扶は怒りのあまり、弟の胸ぐらをつかんでしまった。
「辰子を妾扱いだと… ブチ殺すぞ!!」
「く、苦しいよ… 俺はただ、そういう噂を…」
「やめろよ、兄貴! 繁を殺す気か?」
老獪な父の護が、逆上する息子を抑え、
「鬼王に手を出すことはならんぞ、扶!
まがりなりにも、奴は御厨の下司…
殺せば、朝廷に対する反逆になる。
時を待つんだ… いずれ、決着をつける時が来る」
史書によると、承平元年に将門は、叔父の良兼と「女論」
すなわち女をめぐる口論で、不和になったという。
それはまさに、上記のようなものだった… かもしれない。
将門をめぐる運命の輪は、ゆっくりと廻り始めた。
その頃、瀬戸内海では…
都へ租税を運ぶ船が、海賊に襲撃される
事件が相次いでいた。
小舟で船団を組み、海流に乗って巧みに
獲物へ近づき、ハイジャックするのである。
翌年、承平2年(西暦932年)。
1人の中級貴族が、伊予掾(いよ の じょう)に
任命され、瀬戸内へと向かう。
伊予の国(愛媛県)国府の掾=三等官という意味の役職。
「根回しが、ようやくきいたな…」
難波津を出航した船の甲板で、男は大麻を吸いながら、
上半身裸になって、潮風を浴びていた。
竜王丸こと藤原純友(ふじわら の すみとも)、この年39才。
伊予守(いよ の かみ=伊予国司)を務める藤原元名は、
純友の父・良範の従兄弟なのだが、血縁だけでは
じゅうぶんでなく、賄賂を贈ったり、女をつかって
篭絡したり、さまざまな工作の結果、ようやく
純友は、元名から伊予掾の推薦を取った。
「ついに来たぜ… 俺の海だ…」
海賊どもの正体は、わかっている。
彼らはもともと租税の運搬を請け負っていた、
豪族階級出身の若くて荒っぽい、武術の
腕の立つ舎人(とねり)たちだ。
地方で租税を集め、都へ運ぶ仕事は、かつては
豪族の役割であり、権限だった。
だが朝廷は、地方に対する支配力を強めるため、都から
派遣する国司がそれを行うよう、法改正した。
豪族は徴税の権限を失った…
ということは、税を上乗せして、甘い汁を吸う
機会をも失ったわけで、不満タラタラである。
表では朝廷の決めたルールに従う素振りを見せながらも、
裏では海賊団を操って、税を奪っていたのだ。
「その海賊どもを」
必ずや平定してみせると、純友は
朝廷に対し宣言していた。
都では、純友の評判は決して良くはない。
「はったり屋」「大ぼら吹き」と、陰口を叩かれている。
「おい、あれ…」
船員たちが奇異の目で、純友の裸の背中を見ていた。
そこには背骨に沿って、まるでたてがみのように、
濃い産毛が生えていたからだ。
「まるで、竜宮城の竜王だぜ…」
「お館さま、いけません… 辰子さまに知られたら…」
「辰子には明日、俺から話す」
2人は、ついに結ばれた。
たくましい青年に成長した将門のしなやかな筋肉が、
桔梗の白い肌を押し潰し、朱に変える。
(もう知ってるって…)
辰子は1人、寝床で夜具の裾を噛んでいた。
子供の頃から夢であった将門の妻に、父親と
縁を切ってまでなったというのに…
でも、いい… 桔梗なら許す。
そんなことは気にしないと、決めたのだ。
私が鬼王さま、いや将門さまを盛り立て、必ずや
日本一の武人にしてみせる…
その時こそ、あの人にとって、私が一番
大切な女となるだろう…