将門記(二)





15、 竜巻作戦




延喜(えんぎ)3年(西暦903年)、
第60代・醍醐(だいご)天皇の御世。

天国は、大和の唐笠山山麓に移り
住んで、最初の正月を迎えた。
ここは古代出雲の民が移り住んだ地で、
タタラ製鉄の跡が現在も残る。

出雲の子孫たちは、天国を
とりあえず受け入れてくれた。
ある者はその異形の姿に恐怖し、ある者は
「天目一箇神(あめのまひとつのかみ)」の
化身として畏れ敬い… 
ともかく、鍛冶仕事をする小屋を与えてくれた。

だが、この古代遺跡の多い異様な霊気の
漂う地に移っても、仕事は相変わらず。
農具の作製、及びメンテナンスである。

(大和朝廷を滅ぼし、出雲王国を再興する… 
といっても、実際何をすればいいのか?)

出雲の田舎に引っこんでいては何もできぬ… 
と考え、とにかく出雲と木の国(紀の国)の中継
地点である、唐笠山まで来てみたのだが…

(野望を実現するため、俺は何か
行動しなければならない…
だが、日々の仕事をこなさなければ、
メシが食えない…)

場所を変えただけでは、人生は変わらない… 
人間自身が変わらなくては…
(そういえば、あの異様な男は… 何者なんだろう…)


昨年、山で出会った、筋肉の節くれ
だった乞食のような大男…
「待ってたぜ… 来るのがもう少し遅かったら、
こっちから行ってやろうと思ってたとこだ」
「待ってた? 私が何者か、知ってるのか?」
「お前は自分が何者か、知ってるのか?」

「私は…」
零落した大ナムチ、すなわち天目一箇神の化身… 
なんて非常識なことは言えない。
「私は鍛冶師だ… 鋤(すき)や鍬(くわ)、
鎌を作る… でも1番作りたいのは刀だ」
「そうかい… じゃあ、仕事に打ちこんで、腕を磨きなよ」

でも、それだけじゃ… 
俺は、何かをしなければならないんだ!
そんなもどかしい気持ちを見透かす
かのように、大男は天国を見下ろす。

「どんな仕事だろうと極限まで極めれば、
神にも魔にもなる。それに…
お前はまだ、完全体じゃない」
「え?」

「いつか、お前の残り半分と出会う時も来るだろう… 
その日まで、ボーッと過ごして、時の砂をムダにするん
じゃねーぞ。神でも魔でもなれるよう、腕を磨いとけ…
さてと、俺はその辺でボーッとしてくるかなwwww」

大男は、行ってしまった。
(なんだったんだろう…???)



2月25日に菅原道真が没し、怨霊と
なった経緯は、天神記(三)に記した。
魔風大師と猿丸に導かれ、霊体となった
道真が唐笠山に到着した後…
続々と怪しい人影が、この地に集まってくる。

まずは、不気味な修行僧たちを
引き連れたメタボな法師…
「魔風大師さま… 大宰府よりの
長き旅路、ご無事で何より」
「大僧正、この辺りの警備を頼むぞ。
これから大事な会合があるでな」

「ほう、ここですか… 武塔神さま(スサノオ)の、
畿内における拠点は」
商人風の小ざっぱりした姿の
蘇民将来(そみん しょうらい)と、

「なんだか心細い… みちのくを離れて、
こんな遠くまで来るの初めてなんだもの…」
馬の背に揺られる童女… 
座敷わらし・槐(えんじゅ)である。

久遠の民・九星は、この2人を
除いて全滅したのである。
平安のアジテーター・弓削部虎麻呂は、
円仁に地獄に落とされ…
天空の巨腕を操る玄ム(げんぼう)は、
手長足長の蹴りを食らって昇天…
陰陽道を日本にもたらした吉備真備は
辟邪四神・天刑星に屈し…
反骨の男・小野篁(たかむら)は、
「俺は人間だ!!」と叫んで散り…
謎の女は、対馬の波に消え…
謎の老婆は、太岐口田島の浮舟(うきふね)の
秘剣によって斬られた。

だが、この度の会合において、新しい
7人のメンバーが集結したのだ。

「この9人が一同に顔をそろえるのは、
今回が初めてとなりますか…
まずは私、九星の筆頭・一白水星
(いっぱくすいせい)でございます。
「久遠の民」は本名を用いないのが
通例ですが、今回に限り…
私が人間であった時の名は、蘇民将来… 
もう何百年生きているのか、忘れました(笑)」

どよめきが上がった。
「蘇民将来だと… 子孫ではなく、本人
なのですか? まさか、ありえん…」
暑苦しい冒険家タイプの男が、愕然としている… 

山へこもって行方不明となっていた、
都良香(みやこ の よしか)であった。
「フ… 二黒土星(じこくどせい)、あなた自身
老いることなく、世間から消えた時の姿のまま
だというのに… 何を今さら、驚いていますか」

「やはりそうだ! どこかで見たと思ったが… 
二黒土星、あなたは良香先生ではありませんか!? 
私はあの頃、陽成帝の侍読を勤めていた、
藤原佐世(すけよ)です!」
六白金星(ろっぱくきんせい)の称号
をもつ、学者風の男が叫ぶ。

「すまん、君のこと覚えてない…」
と返され、がっくりとする佐世は、「阿衡
(あこう)事件」を引き起こした張本人。
基経の没後は冷遇され、朝廷への
恨みを残して死んだはずだったが…

「順番が前後しますが、私が三碧木星
(さんぺきもくせい)、源融(とおる)です」

「お恥ずかしいが、藤原梶長… 
五黄土星(ごおうどせい)である。
出羽の乱における、私の恥ずかしい
負けっぷりを覚えてる方もあろうな…」
「陸奥の虎、だっけ? くすくす…」

笑いを漏らしたのは、女よりも美しい
目を見張るような美青年。
その隣には、これまた美しい女が艶やかに
座り、妖しい二連星をなしている。

「元慶(がんぎょう)の乱」で屈辱的な
敗北を喫した梶長は、カチンときて、
「良香先生に佐世どの、融左大臣、それに
私は、一応は名の知れた存在…
だが、あなた方は一体なんだ? それに、
そこの子供… それから、9人目…」

9人目の席の人物は、頭からすっぽり
筵(むしろ)を被っている。

子供呼ばわりされた槐(えんじゅ)は、
「こらこら、年長者は敬いなさい。私は四緑木星
(しろくもくせい)の槐(えんじゅ)、
この中では筆頭さんに次ぐ古株だから」

美男美女のカップルに目を向け、皆に紹介する。
「七赤金星(しちせききんせい)は、
男の姿をした女。女だけど女が好き。
八白土星(はっぱくどせい)は、女の姿をした男。
ちんちんがついてる。
そして、九紫火星(きゅうしかせい)… 姿を見せなさい」

筵の下から現れた姿に、一同は再度どよめく…
1つ目・1本足の異形の姿が、そこにはあった。
「私はただの鍛冶屋です… なぜここに
いるのか、まったくわからない…」
ただうつむくだけの天国。

「さて… 皆さま方、ご静粛に。ここで筆頭の
私より、これより遂行する計画の説明を」
蘇民将来が、一同を見回す。
「菅原道真公が、この洞窟の奥に眠っておられます」
「な… 大宰府で没した菅公が!?」
「道真だとッ!?」
ひときわ激しく反応したのは、道真と仲違いした都良香。

「よっしー、冷静にならないと… 灰になっても知らないよ」
「二黒土星、私怨は捨てなさい… あなたには私の
右腕となって、この計画を取り仕切ってもらうのだから。
道真公は魔神となって、生まれ変わる予定です。
都を恐怖のどん底に陥れるでしょう」

道子は、高子のことを思い出していた。
(都が魔神に襲われる… 高子さま…)
師匠の仇を取るため、スサノオの力を借りた道子だった。
その代償に、「九星」のメンバーとなる
約束をしてしまったのだが…

「ミチ… 都に誰か、心配な人でもいるのかい?」
小声で尋ねる恋夜は、すでに過去の記憶がない。
「あなたはいないの? レンヤ…」
「別に… この世界がどうなろうとも関係ないね」

蘇民将来の口から、さらに衝撃の発言が。
「しかし、道真公は囮(おとり)にすぎません」
「なんと!?」
「朝廷を倒す、本命となる人物は… 
先月、下総の佐倉で生まれました…
我ら「久遠の民」が、誕生を待ち望んでいたお方です」

「坂東か… 武士か、蝦夷(えみし)か?」
「そいつが無事に成長するまで、道真が
朝廷の注意を引きつけておくわけだね。
で、その本命というのは何者なんだ?」

「平良将の三男・鬼王丸… 
出雲の大ナムチさまの転生です」
最大級の衝撃が、この場を貫いた。

天国はひたすら身を固くして、うつむいている。
大ナムチの生まれ変わりは、俺じゃなかったのか… 
当たり前だ、俺がそんな大物であってたまるか… 
俺はただの、片輪の鍛冶職人…

「ところで… 先ほどから、あそこで
寝転がってる御仁は何者か?
部外者なら話を聞かれてはまずいし、
仲間だとしたら不真面目すぎる」
良香の指さす先には、うたた寝をしている乞食の姿が。

「ああ、あれは我らの大将です」
蘇民将来は首をねじ曲げ、
乞食に向かって声をかける。
「武塔神さま! せっかく新しい顔ぶれが
そろったのですから、何かお言葉を」

「大将だと…? 卑しい浮浪者にしか見えないが…」
「道士… 修行僧… いや、武士… 
いずれともちがう…」
新メンバーのさわめきの中、おっくうそうに
スサノオは立ち上がった。

「うわ、こっち来る…」
「なんだ、この獣じみた匂い… 
人というより野獣ではないか…」

「お前ら…」
足元に転がってる石くれを、なにげなく拾って
「こいつは祭りだ… この国を
おもちゃにして遊ぼうぜwwww」

グッと石を握りしめると… 
たちまち真っ赤に焼けて、蒸気が立ち昇った。
「素手で石を焼くとは… いかなる妖術か?」
オカルトに詳しい良香が、瞠目する。

「術なんかじゃねえよ… 俺の血が… たぎってるんだ」

長く伸びたゴワゴワの髪に隠れ… スサノオの不敵で
不遜な瞳には、気の遠くなるほど長い時を経て、歴史の
闇を見つめてきた者の、想像を絶する暗黒が宿り…
暗黒の中で激しく、狂気の舞いを踊る炎が揺らめいていた。

「年なんか取ってる場合じゃねえぞ、お前ら…」

朝廷を倒す…
日本史上、何者も為し得なかった野望を、
ゲーム感覚で為してしまおうという、
信じ難い傲岸不遜さに、一同は湧き
上がるような悪の快感を覚えた。

蘇民将来がメンバーを見回し、
「この作戦計画の暗号名は… 竜巻作戦とします」


こうして9つの魔星は、各地に散っていった… 
「将門記」の舞台を整えるために…

三碧木星(=源融)は都に潜伏、情報収集。
五黄土星(=藤原梶長)と六白金星(=藤原佐世)は、
四緑木星(=槐)の指揮のもと、
屈辱と苦渋を味わった陸奥へと…

一白水星(=蘇民将来)と二黒土星(=都良香)は、
最も重要な舞台となる坂東に。
七赤金星(=恋夜)と八白土星(=道子)は、
都周辺に待機、坂東との連絡役。
最後の九紫火星(=天国)は、
唐笠山に残って修行することに。



醍醐帝は19才であるが、すでに「早く皇子を」
というプレッシャーにさらされている。
なかなか生まれないので、高僧の聖宝(しょうぼう)
に祈祷を依頼し、子宝を授かる秘法・
求児法(ぐじほう)を修してもらう。
聖宝のパワーが効いたのか、次々と
男児を授かることとなった。

まず、克明(よしあきら)親王… 
母が藤原氏でないので、皇太子になれない。
「陰陽師シリーズ」での安倍晴明の親友キャラ、
源博雅(ひろまさ)の父である。

続いて、11月20日に本命の藤原穏子(基経の娘、
時平や温子の妹)が男子を出産。
第2皇子・保明(やすあきら)親王、
もちろん皇太子となるが…
後に道真の祟り(?)によって、病死してしまう。

そしてもう1人、公式の記録には残っていないが…
保明親王の前に、「本当の第2皇子」が存在したらしい。
恐らく、母親の身分が許されないほど低かったのだろう。
この子は皇子とは認められず、御所の
外で育てられ… 後に出家する。
都人から「市聖(いちのひじり)」と
呼ばれる、空也(くうや)上人…
「口から小さい人を吐き出してる像」で有名ですね。


この年、熊野の真砂集落では、庄司の
家が葬式を出すことになった。
奥方が、原因不明の高熱で死んだらしい。

「ご愁傷さまです…」
1人の旅の巫女が、庄司の邸を通り過ぎていった。
市女笠(いちめがさ)の下に、邪悪な笑みを隠しながら…