将門記(二)
9、 馬の尻からこんにちわ
翌年、元慶7年(西暦883年)。
1月26日、渤海使の入京を前に、京都府・滋賀県・
福井県エリアに、官舎や道路・橋の修理、及び道に
捨ててある死体などを処理するよう、命令が出る。
2月9日、千葉県の市原エリアで先住民の暴動。
5月2日、ついに渤海使が都に入り、朝貢す。
接待役は菅原道真、渤海の使者と漢詩を交換したりする。
三善清行も37才で、やっと国家公務員試験に合格。
都の北方、岩尾山。
辟邪(へきじゃ)の4人は、この地に姿を現した。
渤海使一行とともに都に到着して早々、
霊感の鋭い乾闥婆(けんだつば)が
「北の方で、怪しい霊気のざわめきを感じる…」
と、つぶやいたからだ。
長旅の後だが、休む間もなく4人は出立し…
歩き回る4人の前に、若い修行僧が立ちはだかる。
「誰だ、お前たちは! ここは鳴神上人の
修行の地であるぞ! 立ち去れ!」
「待て、白雲坊… 見れば、この方たちも唐国の
道士のようだ… もしかして、上人さまの知己の
方々やもしれぬ。ご案内つかまつろう」
年長の弟子・黒雲坊が、4人を小さなお堂へと導いた。
「ほう、これはこれは! よういらした…
道を同じくする方々は、いつでも歓迎じゃ」
上機嫌の鳴神に歓待され、4人は拍子抜けした。
「つかぬことを伺いますが… よもや、あなたはこの国に
災いをもたらそうと、お考えではあるまいな?」
「災い? なぜ私が? この国の帝のため、
子授けの祈祷をし、みごと懐妊させたのだ!
その見返りとして、戒壇(かいだん)のある
寺院を寄進していただくことになっておる。
我が権勢を打ちたてようとしている国に
災いをもたらして、どうするというのだ」
「なるほど… 実は我々、スサノオと
いう疫病神を探しておりましてな」
「スサノオ? この国の神話に出てくる神ではないか…
探していると…? まさかスサノオが実在するとでも
いうのか? あいや、待たれよ… スサノオではないが、
頬に大きなコブのある異形の神を、私も捜し求めておる。
我が憎き仇でな… スサノオとちがって神話に出てくる
わけでもなく、知る者とていない謎の神じゃ…
もし、あなた方の旅の途中で目や耳に
することあらば、ぜひ知らせてほしい」
この日はお堂に泊めてもらい、
翌朝早くに4人は旅立った。
スサノオを求め、日本中を
さすらう、あてどない旅に…
「あの鳴神という男、どう見る?
邪悪な霊気を感じるが…」
「だが、相当な道士だ。唐においても、1・2を争う」
「そうであっても、我ら4人で仕掛ければ、
殺すのはたやすいこと… ぐふふ」
リーダー格の鍾馗が、結論を下す。
「奴に時を与えよう。もし将来、世に災いを
もたらすなら… 滅殺するまでよ」
「そうだな。まずはスサノオだ」
「うむ」
8月となった。
大和から京の都へと向かう、荷馬車の一団がある。
積んでいるのは、甘瓜(あまうり)…
現在でいう、マクワウリである。
メロンより甘みが劣るが、この時代の
貴重な高級フルーツだ。
宇治のあたりで休憩タイムとなり、男たちは
瓜を1つ切り分け、食べ始めた。
残暑の厳しい日で、ジューシイな果肉に
しゃぶりつく様が、なんとも美味そうだ。
そこへ、どこからともなく杖をついた老人が現れ…
じっと、男たちを見ている。
その頬から、大きなコブが重そうに垂れ下がっていた。
「もし… 暑いのう…」
「ああ。暑いな、じいさん」
「この年寄りにも、その美味そうな
瓜を一切れ、恵んでくださらぬか」
「悪いが、じいさん。俺たちは、この瓜の持ち主じゃねえ。
ただ都へ運んでるだけだ。今食べてるのは特別に、
休憩時間に皆で食べなさいと、いただいた分なんだ」
老人は、ため息をつくと、
「人情の薄い方々じゃ… 仕方ない、
自分で瓜を育てて食うとしよう」
杖の先で、地面を掘ると、
「この種、もらいますぞ…」
男たちの吐き捨てた瓜の種を、ちょいちょい…
と、杖の先で集め、穴に入れる。
上から土をかぶせると、何やら呪文を唱え始めた。
「なんだ、このジジイ… ボケてやがる」
男たちが笑っていると…
土からニョキッと、芽が出てきたではないか。
芽は双葉となり、不気味に
のたうつようにグングンと伸びる。
「おおっ!?」
「なんじゃ、こりゃあ!?」
まるで宇宙生物の触手のように、蔓が
蠢きながら、あたり一面に増殖していく。
たちまち花を咲かせ、小さな実が成り…
すっかり熟した大きな瓜が、無数に実っていた。
「どうれ、味見をするか」
老人は1つ取って、小刀で割くと、
シャクシャクかぶりつく。
「うむ、よう熟れておる… 夏は甘瓜に限るな!
それ、お前さんたちにも、分けてやろ」
腰を抜かしている荷車の男たちに、瓜を投げ与える。
通行人たちが、何事かと集まってきた。
「おい、こんなところに瓜が成ってるぞ!」
「さあさあ、皆の衆。甘瓜の宴じゃ、
好きなだけ食べていってくれい」
気前のいい老人の、超大盤ぶるまいである。
「腰抜かしてる場合じゃねえ! せっかく
下さるっていうんだ、食いまくろうぜ!」
「うおおおおっ 一度、飽きるほど
瓜を食ってみたかったんだ!」
「瓜ウマ----------」
無数にあったかに見えた瓜も、大勢で
食べれば、たちまちなくなる。
この場に居合わせたラッキーな人々は一様に、
幸福な満足感に包まれていた。
「(´∀`;)フゥー クッタクッタ」
老人の姿は、いつの間にか消えていた。
荷車の男たちも、ふと我に返り…
「アーッ 瓜がねえええええええええええっ」
荷車の上には、籠が散乱しているだけで、
中身の瓜は1つ残らず消えていた…
「それじゃ… 今、みんなで食ってた瓜は…」
男たち、涙目プギャー、である。
「なんという目くらましの妖術…
俺たちの瓜を、皆にふるまっていたのか…」
この光景を見ていた、4人の旅人がいた。
たまたま通りかかった、辟邪チームである。
近畿一帯をサクッと回った後、本格的な長旅の
準備のため、都に戻る途中であった。
「見たか、今の幻術…」
「うむ、あれだけの人数を1度に惑わすとは、大したもの」
「年寄りに冷たくするから、報いを
受けたのだ… いい気味だ」
「連中、腰が抜けて、立ち上がる気力もないようだぜ…
へへっ この神虫(じんちゅう)さまが、
もっと驚くものを見せてやる」
背の低い、もっさりしたブ男が進み出た。
「これはこれは皆の衆! 大変な目におうたようじゃ。
だがな、まあ元気を出せ。景気づけに一発、
わしが面白い芸を見せてやるわ」
荷車につながれた馬のかたわらに立ち、
ぽんぽんと尻をたたく。
「健康でいい馬じゃ! どうれ、見ておれ」
ぺっと両手に唾を吐くと… 優しく、馬の
肛門のあたりを愛撫し始めたではないか。
「な、なんだ、こいつ… 何をする気だ!?」
荷車の男たちは、あまりに異常な光景に肝を潰している。
やがて… 神虫は、柔らかくなった肛門に、
頭頂部をあてがい、少しずつ…
「ひいいいっ こいつ…
馬の尻に、頭を突っこんどるッ!!」
頭だけではない… 体をひねり、ゆすり、ねじり…
小柄な体躯とはいえ、ついには全身がスッポリと、
馬の体内に潜りこんでしまった!
まさに、悪夢である。
馬は苦痛を感じないのか、ゲップを立て続けに
吐いただけで、大人しくしている。
だが、まちがいなく腹部は大きく膨らみ、
不気味に蠢いているのだ…
やがて馬がのけぞり、大きく口を開けた。
「おお〜、日の光や〜 皆さま、こんにちわ〜」
馬の口から声が漏れ…
やがて、ニュラアアアッと、小柄な男を吐き出した。
「またお会いしましたなあ〜」
見ていた者たちは、あまりにグロテスクさに
嘔吐したり、泣き出したり…
異臭を発する、粘液と汚物まみれの
神虫に目を向ける者は、誰もいない。
「神虫の奴、また悪ノリしおって…」
「あの匂いで近くによられたら、かなわん…
天刑星! 後で、酢をブッかけて消毒してやってくれ」
辟邪チーム残りの3人は、神虫と
距離を置きつつ、その場を去った。
魔風大師は、心ゆくまで瓜を満喫
した後、大和を目指していた。
だが、後方から追ってくる者たちが…
荷馬車の連中が、仕返しのため追ってきた…
わけではないようだ。
姿を現したのは、異国風の4人の道士。
「老師どの! 先ほどは見事であったな!
ちと、お尋ねしたいことが…」
4人とも、魔風からすれば若造といっていい年の頃で、
知識も経験も、それにもちろん術も神通力も…
魔風の足元にも及ぶまい。
にも関わらず、何かとてつもない
不気味さを4人から感じる。
「おや? ご老人… あなたの頬の、そのコブ…」
初めに気づいたのは、天刑星であった。
乾闥婆も、底の知れない邪悪なオーラを、
老人から感じとっている。
「ふうむ、そのコブ… 体の方と、
ちがう経文がかかれておるな…」
ギョロッとした目で老人を観察していた、
鍾馗(しょうき)がつぶやいた。
全ての生きとし生けるもの、人間も鳥も獣も
虫も草木も、疫病(ウイルス、菌)でさえ…
全ての生命は、無数の経文で成り立っている…
子供の頃から鍾馗は知っていた。
なぜなら、生まれつき「生命の経文」が見えたから…
生命の種類によって少しずつ経文の内容は
ちがっているが、大筋はいっしょだ。
そして「経文」には、虫よりも小さな「和尚」が
セットになっており、「和尚」が経文を唱える
ことによって、生命の活動が営まれている…
例えば食物を消化して栄養に変えたり、
体を成長させたり、空気を吸ったり吐いたり…
全ては、小さな「和尚」が「経文」を唱える
ことによって生じる現象であった。
「経文」とは、すなわち生命の設計図・DNAのこと。
DNA(デオキシリボ核酸)とは、4種類の
塩基によって記述されたプログラム。
生命とは、DNAに記述されたプログラムが実体化したもの。
まあ要するに、鍾馗は肉眼によってDNAの
パターンを認識できるという、とんでもない
能力を、遺伝によって受け継いでいるのだ。
「そのコブは、もしや… もともと、ついていたものでなく…
他人のコブが、くっついたものではないですか?」
「ほう… そのようなことまで、わかり
ますかな… 大した眼力だ」
そんな素振りはまったく見せないが、
魔風の背筋を冷たいものが走る。
強敵… 100年に1度、出会うかどうかの…
だが、さすがの鍾馗も、コブの方が
実体とは気がつかない。
「さしでがましいようですが… もし、そのコブでお悩みなら、
コブだけを、うまく焼き払うこともできますよ」
「いやいや、このコブは幸運を呼ぶ、縁起のいいコブ。
わざわざ人から奪ったものです」
「鳴神という道士が、あなたを探してますよ。
都の北の、岩尾山に住む…」
天刑星が、口をはさむ。
「はて? 鳴神とは… 心当たりはないが…」
「憎き仇と、言っていたが… もしや、
その幸運のコブを奪われた御仁では?」
「ほほほ… もしそうなら、そろそろ
返してやらないといけませんな」
乾闥婆が、進み出る。
「お尋ねしたかったのは、スサノオのことです。
スサノオと名乗る、疫病をふりまく能力を
もった術士を、ご存知あるまいか?」
「神話に出てくるスサノオなら、存じておるが…
疫病をふりまく? もしや、それは牛頭天王のことか…
その神を祀った社なら、えーと、播磨であったか…」
「牛頭天王! それだ…
スサノオは、その神と同体なのだ…」
「で、牛頭天王に会って、どうなさるのじゃ?
疫病封じが希望か?」
「フフフ… 疫病封じは、我らが仕事…
疫病の源であるスサノオを、殺すのですよ」
「ほう… スサノオを… 殺すと…」
「スサノオだけではない。この世に
災いをもたらす者は、全て滅ぼす…
ご老人… あなたからも、先ほどから
邪悪な気を感じるのですが…」
乾闥婆の鋭い視線が、魔風を貫く。
辟邪四神に囲まれ魔風大師、
絶体絶命のピンチである。